00138_権力と戦うヤツはアホ_20220120

新聞や雑誌やテレビで、
「権力と戦う弁護士」
「権力と戦うジャーナリスト」
「わが政党は、権力と徹底的に戦います」
といった勇ましい言葉を目にすることがあります。

私も、
「自由と正義を実現し、そのためには権力と戦うことを辞さない」
というレーゾン・デートルをもつ弁護士の端くれではありますが、私個人としては、
「権力と戦うヤツはアホ」
と思っています。

権力と真正面から戦ったって勝てるわけはありません。

だいたい、そこら辺の一般人が勝てないほどの力をもっているのが
「権力」
ですから。

また、弁護士といっても、単なる市井の事務屋です。

国家資格を与えられているとはいえ、これも、
「裁判所という国家機関の出入りの業者の免許」
程度の意味合いしかなく、それほど力があるわけではありません。

蜂の一刺しや蚊の一刺しのように、一瞬チクリと刺すくらいはできるかもしれません。

ただ、相手を倒すまで継続的に戦闘を続けるには、時間や労力やお金といった莫大な資源動員が必要になりますし、そのうち行動限界点が訪れます。

行動限界点が過ぎると、相手から反撃を受けます。

相手は、カネも人員も含めた無限の資源をもつ権力です。

最後は歯向かった方が権力に追い詰められ、コテンパンに打ちのめされ、滅ぼされます。

権力側からの反撃から一時的に逃げられても、江戸の仇を長崎で討たれるような形で、死ぬまで延々と嫌がらせを受け続け、やはり、最後にはボロ負けとなります。

具体的に考えてみましょう。

「権力」
の中の最大のものは、国家権力です。

国家とは、当該国土における最大の暴力団です。

殺人を生業とする集団である軍隊ももっていますし、令状を根拠に一般人を誘拐・監禁したり、一般人宅に押し入って必要なものを掻っ攫うことを組織的に行う警察という組織ももっています。みかじめ料を徴収する税務署という地廻り組織ももっています。

暴力組織だけではありません。

東大卒をズラリと並べた情報処理機関である、中央官庁ももっています。

膨大な情報を保有しておりますし、情報を意のままに編集することもできますし、統計操作や情報の廃棄すら可能ですので、やりたい放題です。

こんな強大な組織を相手に真正面から喧嘩をして勝てるわけがありません。

実際、喧嘩をしてもよく負けます。

本当に負けます。

よく知られた数字ですが、税務訴訟を含めた行政訴訟の勝訴率は10%以下ですし、検察という国家機関を相手に喧嘩する刑事事件の勝訴率(無罪率)は数%以下です。

ほぼ確実に負けるとわかっている喧嘩に金をもらって請け負うのは、支払う側からみると、無駄金であり、騙された気持ちになるような話かもしれません。

権力と戦うヤツはアホですが、じゃあ、権力から不当な仕打ちをされたり、不当なことをされそうになっても、何もせず、言いなりになり、泣き寝入りするしかないのでしょうか?

いえ、そうは言っていません。

私は権力とは戦いません。

断固として戦いません。

権力は戦うものではなく、動かすものです。

権力を前向きに動かす場合もあれば、後ろ向きに動かしたり、止めたりすることも含めて、権力を動かします。

すなわち、権力を邪魔し、混乱させ、妨害し、足を引っ張り、困惑させ、ほとほと嫌にさせ、資源動員が成果に見合わぬことを自覚させ、ついには諦めさせることもします。

権力を動かしたり、止めたり、ギブアップさせたりする。

そのような
「権力と真正面から戦うのではなく、権力を動かしたり、転がしたり、止めてみたり、邪魔したり、足を引っ張ったり、嫌がらせをしたりして制御し、権力とうまいこと付き合う」
という知的活動を生業とするのが法律家である、というのが私なりの考えです。

そして、そのためには、
「権力」
が動く空間(権力空間という言い方もできるかもしれません)の構造、秩序、メカニズム、オペレーションロジックやルールを知らなければなりません。

このような情報は、公式情報・形式知として存在するのもありますが、実際は、膨大な、非公式情報や不文律や暗黙知やアノマリーが幅を利かせています。

また、
「『権力』を持ち、『権力』を動かす『権力者』」
についても、よく知らなければなりません。

「権力者」
のことを知るためには、
「権力者」たち
が権力を行使する営みにおいて直面する、現実、課題、欲求、業務実現プロセス、哲学や美意識や人生観や価値観まで把握しておく必要があります。

さらに言えば、
「権力者」たち
の好みや美醜好悪の感受性や偏見や先入観や偏向的修正や認知の限界や弱みや不安や愚劣なところまで理解知悉する必要があります。

もし、制御対象たる
「権力」
が司法権力や捜査権力を振りかざす司法機関(捜査機関)であれば、当該機関の中枢を締める権力者、すなわち司法エスタブリッシュメントと同様の学歴・経歴バックグラウンドをもっていることは、思考環境上の利点を形成します。

したがって、司法エスタブリッシュメントと同様のバックグラウンドであり、東大法学部在学中に司法試験を合格した経歴を有することは、司法権力を動かしたり、転がしたり、止めてみたり、邪魔したり、足を引っ張ったり、嫌がらせをしたりして制御し、権力とうまいこと付き合う上では、大きなアドバンテージとなります。

また、向き合うべき
「権力」
が、行政権力を振りかざす行政機関なら、行政エスタブリッシュメントと同様のバックグラウンドをもつ、東大法学部卒中央官庁の総合職(旧国家公務員Ⅰ種)で、課長まで務めたことのあることがアドバンテージになります。

同様に、
「権力」
がマスコミ権力なら早稲田大学卒の新聞記者、
「権力」
が財界で旧財閥系の非オーナー系企業の場合なら東大卒の企業人、
「権力」
がオーナー系企業の場合なら慶応卒の経営者といったキャリアが、
「権力」
を動かす場合のアドバンテージになります。

権力と向き合うとき、権力と戦ってはいけません。

権力を動かしたり、転がしたり、止めてみたり、邪魔したり、足を引っ張ったり、嫌がらせをしたりして制御し、権力とうまいこと付き合うことこそが、利口な対処です。

そして、そのためには、
「権力」

「権力者」
の手の内から趣味嗜好からすべてを知り尽くした協力者を味方につけて、スマートかつ効果的に対応すべきです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.172、「ポリスマガジン」誌、2022年1月号(2021年12月20日発売)