00203_国際進出話(2)_20151020

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」
は、最終項目の
「営業」
というお仕事のお話の、さらに最後の最後の小項目である
「営業不振にあえぐ企業の起死回生の一発逆転策の危険性」
のお話に入っております。

前回、多くの中小企業が、実に“テキトーなノリ”で、いきなり、現地法人を作ってしまい、その結果、自分の首を締め、死期を早めてしまう、という話をさせていただきましたが、今回も、
「営業不振にあえぐ企業の起死回生の一発逆転策の危険性」
の1つ、海外進出話の危うさに関する話を続けて参ります。

(12)営業不振企業が一発逆転を狙って死期を早めるパターンその1・国際進出話【承前】

日本企業のアジア進出ですが、多国籍展開経験のある一部の巨大企業を除き、ほとんどの中堅中小企業は、すべからく残念な結果に終わっているようです。

今から数年前、
「中国進出ブーム」
なるものが日本の全産業界を席捲しました。

その当時の経営者向けのメールマガジン等を見てみますと、

「国連『世界人口白書』によると、世界の総人口が70億人を突破する予定です。そのうちの人口のトップは、約13億人で中国。単純に考えて、世界の5人に1人は中国人という計算です。この国が抱える13億人の一大マーケットは非常に魅力的」
なんてリードがあり、
「今、中国進出しないのはバカです!何もしないと死にます!」
ともとれるような煽り文句が読み取れます。

この種の威勢のいい号令に従う形で、
「日露戦争における203高地への無謀な突撃」
の如く、数多くの中堅中小企業が中国に進出して行きました。

そこから数年経った2015年現在、中国ビジネスに関するもっともホットな経営テーマは、
「中国進出企業の撤退の実務」
だそうです。

曰く、
「外国企業が中国事業から撤退しようとしても、日本での撤退手続のように、必ずしもスムーズにいくわけではない」
「中国では、外国企業の撤退に関する法制度が未だ完全には整備されていないため、手続が煩雑で、多くの時間とコストがかかる」
「また、撤退に際して、政府から許認可等を得る必要がありますが、各地方政府の担当官の裁量により、ケース毎に撤退に関する判断や要求が異なる場合が多くある」
「中国における清算の実務上のポイントを説明し、いくつかの実例を挙げながら、よりスムーズに撤退手続を行うための方策」
なるものを勉強しましょう、といったセミナーが、中国からの撤退を考える中堅中小企業の経営幹部に人気だとか。

こういう状況を冷静に観察すると、
「進出するのか、撤退するのか、どっちやねん!?お前ら(中略)ちゃうか?」
というツッコミを入れたくなります。

日本の中堅中小企業の経営者の多くが、なぜ、こんな無意味で愚劣な行為をするのでしょうか?

「東大卒弁護士」
風情では理解ができない、何か、高度で深淵な意味があるのでしょうか?

私はそう思いません。

「経営者が、多大な時間とコストとエネルギーを注ぎ込んで中国に進出した挙句、数年後、さらに多大な時間とコストとエネルギーを費消して撤退する、という壮大な愚挙を敢行する」
のは、何か深淵で高邁な意味があるわけではなく、単に、
「経営者が愚劣だから」
ということに尽きると思います。

もう少し、別の言い方をすれば、中国進出をやらかす中堅中小企業の経営者は、
「目的が未整理で、頭脳が混乱した状態」
で経営判断しているから、ということだと考えられます。

営利を追求することをメインミッションとする組織である企業の目的設定・経営判断の方向性としては、

  • カネを増やす
  • 出て行くカネを減らす
  • 時間を節約する
  • 手間・労力を節約する

のいずれかに収斂するはずです。

とはいえ、現実的には、
「企業の目的設定・経営判断」
として、

  • (経済的には意味がなくとも)イイカッコをする、世間体や体面を保つ、「すごいですね」「国際企業ですね」とか言われてプライドを充足する、意地を張る、見栄を張る、ナメられないようにする、劣等感を解消する

という、
「経済的には説明できない、というか、合理的理解を超えた、愚劣極まりないもの」
も存在します。

オーナー系中小企業をみていると、本社社屋に、娯楽施設とかフィットネスクラブとか茶室とか業務に関係のない施設も併設されていたりする光景や、社長室が無駄に広く、動物の剥製、著名人とのスナップ写真、有名絵画、高級酒、さらには、銅像や日本刀や兜など、高価というだけで特定の趣味・嗜好・センスが感じられない品々が、一貫性もなく、無秩序に羅列されている光景に遭遇することがあります。

また、素材メーカーや部品メーカーの企業が、突然、イタリアンレストランやブティックの経営に乗り出し、
「素性のよくわからない、社長と親交のある、妙齢の女性」
が当該子会社のトップに抜擢されたり、ということもたまにあります。

以上を整備するのにカネや時間や労力が相当投入されていますが、当該設備への投資は、
「カネを増やす」
「出て行くカネを減らす」
「時間を節約する」
「手間を節約する」
いずれにも無関係であり、これらいずれの目的への貢献もほぼ皆無です(社内外には、相応の説明がなされますが、いずれの説明も、「東大卒弁護士」風情の頭脳では理解できない複雑怪奇な説明であり、案の定、この種の「理解を超越した難解な」新規事業は、いずれも、短い時間に赤字を積み上げ、無残に撤退しているようです)。

目的が合理的でなかったり、現実的でなかったり、計測不能であったり、タイムラインもいい加減であったり、といったものは、形式上の説明如何にかかわらず、要するに
「イイカッコをする、世間体や体面を保つ、プライドを充足する、意地を張る、見栄を張る、ナメられないようにする、劣等感を解消する」
というのが当該経営判断の実体であると推定されます。

そして、
「中国進出ブームに舞い上がって中国進出をやらかしちゃった経営者」
というのは、冷徹で緻密な計算をし尽くすこともせず、要するに、
「我が社は、トレンドに遅れていないぜ!最先端の国際ビジネスをやっているぜ!」
という意地やプライドや主観的満足充足のため、頭脳が混乱した状態で、進出した、という蓋然性が高いと思われます。

だからこそ、
「短期間に赤字を積み上げた揚句、撤退を決定したが、出口戦略をまともに描いていなかったため、撤退すらままならず、のたうち回っている」
という悲惨な現状に直面しているのではないでしょうか。

以上、
「営業不振にあえぐ企業の起死回生の一発逆転策の危険性」
の1つ、海外進出話の危うさについて、愚劣な意思決定をした経営者の心理にも迫る形で解明をしておりますが、次回もさらに、この話を続けたいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.098、「ポリスマガジン」誌、2015年10月号(2015年9月20日発売)