00204_国際進出話(3)_20151120

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」
は、最終項目の
「営業」
というお仕事のお話の、さらに最後の最後の小項目である
「営業不振にあえぐ企業の起死回生の一発逆転策の危険性」
のお話に入っております。

前回、多くの中小企業が、実に“テキトーなノリ”で、いきなり、現地法人を作ってしまい、その結果、自分の首を締め、死期を早めてしまう、という話をさせていただきましたが、今回も、
「営業不振にあえぐ企業の起死回生の一発逆転策の危険性」
の1つ、海外進出話の危うさに関する話を続けて参ります。

(12)営業不振企業が一発逆転を狙って死期を早めるパターンその1・国際進出話【承前】

前回、
「ビジネスの目的設定は

  • カネを増やす
  • 出て行くカネを減らす
  • 時間を節約する
  • 手間・労力を節約する

のいずれかに収斂させ、かつ合理的な目的設計を行うべきであり、そうでないと時間と労力とコストを散々浪費した挙句、無残に失敗し、結果、企業そのものを危険な状況に陥らせる」
というお話をしました。

では、ビジネスの目的自体が、前記のいずれかにあてはまるとして、具体的にどのような形で目的設定することが合理的と言えるのでしょうか?

この点、
「ビジネスの目的が客観性と合理性を維持しているかどうかを検証するテストないし基準」
として、「SMART基準(法則)」が指標として使われることがあります。

「SMART」とは、

“S”pecific(目的が具体的で客観的で明確であること)

“M”easurable(目的が、定量化・数値化されるなど計測可能となっていること)

“A”greed upon(達成を同意しうること。無理難題ではなく、達成可能であること)

“R”ealistic(現実的で、経済合理的な結果を志向したものであること)

“T”imely(期限が明確になっていること)

の頭文字を取ったものです。

ビジネスを真剣に考えないトップがいいかげんなプロジェクトをぶち上げ、その際に適当に設定される
「事業目的」
なるものは、SMART基準を充足しない場合が多いです。

愛人に本業と無関係のブティックや飲食店事業を経営させたりするようなケースにおいて、
「トップによって公式上説明される建前上の事業目的」
なるものを冷静に分析検証しますと、大抵、
「具体的でも客観的でも明確でもなく、定量化・数値化もされず、達成が計測可能となっておらず、達成可能でもなく、現実的で、経済合理的な結果を志向したものとはいえず、達成期限すら明確になっていない」
という代物であることがみてとれます。

要するに、このような
「SMART基準を充足しない経済的に無意味な目的」
の事業は、
「動物の剥製、著名人とのスナップ写真、有名絵画、高級酒、さらには、銅像や日本刀や兜」
と同様、
「(経済的には意味がなくとも)イイカッコをする、世間体や体面を保つ、すごいですねと言われてプライドや自尊心を充足する、意地を張る、見栄を張る、ナメられないようにする、劣等感を解消する」
というのが当該経営判断の実体であろう、との推定が働くのです。

そもそも事業は、常に失敗のリスクや目的の下方修正や保守的変更の可能性を孕んでいます。

事業目的を1つ達成するのも大変な苦労を伴います。

複数の事業目的に明確な優劣をつけないまま、多義的で抽象的な目的を設定したまま、あるいは己の分際をわきまえず、欲張って目的を複数同時達成すべく追求しても、最終的に目的相互間に重篤な矛盾を来たしてしまい、結果、全ての目的が達成できず、時間とカネとエネルギーだけを費消するだけで終わります。

こういう点をふまえて、営業不振にあえぐ企業の起死回生の一発逆転策として挑戦する
「アジア進出」
事業について、その目的の妥当性・合理性を評価検証してみます。

まず、そもそも、なぜ、中国やその他アジア各国に進出するのでしょうか?

その経済的意味はどこにあるのでしょうか?

ここで、倫理や道徳や綺麗事を捨象して、シビれるくらい、シビアに、純経済的に、合理的に目的考察をしてみます。

「アジア進出の動機として、生産拠点を日本からアジアにシフトする、ということを考える企業」
においては、アジア進出のメリットは、ずばり、
「低賃金」
です。

すなわち、
「現地の方を安い給料で、コキ使えるから」
というのが進出の理由として推定されます。

だからこそ、
「最近は中国の人件費が高くなったからベトナムがいいぞ」
「いや、ベトナムも高いから、ミャンマーとかカンボジアだぞ」
といった、話が聞こえてくるのです。

要するに、生産拠点をシフトする形で中国に進出する企業は、別に、中国が好きとか、民間レベルの日中友好を進めたいとか、本場の中国料理が好きとか、中国の方が好きとか、4000年の歴史に敬意を感じたから、といった動機ないし目的ではなく、その真の目的は、
「(日本人とくらべて相対的に)安くて、コキ使える無尽蔵の労働力がある」
と考えて、進出するのです。

だから、中国より安いところがあると、経済的判断において、当該
「さらに安い人件費」
を求めて、進出先を変更したりするのです。

かつて、植民地支配の時代に、欧米列強が、(当時の彼らからみて)劣等民族であった現地人を、奴隷労働力(植民地時代の欧米列強の一般的認識としてです)として廉価に活用できるから、という理由で、アジアアフリカ諸国や中南米において生産活動を行っていたことがありました。

生産拠点を日本からアジアにシフトすることを目的とする企業の進出動機は、
「倫理や綺麗事を捨象した、純経済な観察における目的」
として考察すれば、要するに、これと同様であり、現地の人的資源を経済的に有利な条件において生産資源として活用したい(からアジアに進出する)、というのが、その目的ないし真の動機として捉えられます。

また、別の企業は、進出するアジアの国を、自社の商品を消費してくれる巨大市場とみて、進出するところがあるかもしれません。

この点についても、かつて、植民地支配の時代に、主に商品を販売することを企図した欧米列強の企業がアジア各国に進出したケースと同様、(当時の彼らからみて)文明レベルの劣る民族に対して、
「現地では作れない、現地の方の消費欲求を掻き立てる圧倒的な価値と希少性を有する商品・サービス」
を提供することによって、母国では考えられないほど容易に、市場争奪や市場支配が可能だったからです。

現代の日本で、販売拠点をアジアに設けることを目的とする企業の進出動機も、建前や倫理・道徳を一切捨象して純経済的に突き詰めれば、これと同様、母国とくらべて有利な競争環境を求めて効率的に稼ぎたい(からアジアに進出する)、というのが、その目的ないし真の動機として捉えられます。

無論、アジアに進出する企業は、こんな時代錯誤も甚だしい下劣な言い方で、その動機や目的を語ることはなく、綺麗事や建前やエレガントな進出目的(相互互恵による国際的な協調、対等な真のパートナシップによる相互発展など)を騙り、ディスインフォメーション(情報偽装)します。

「この種の韜晦を、いけしゃあしゃあとカマし、実際の目的ないし動機は、植民地時代の欧米列強の企業のものと同様のものを強固に持ち、これを、SMART基準に落とし込んで、部下に的確な指示を出し、シビアに当該目的を達成する」
という企業は、まず、間違いなく進出に成功します。

他方で、本音と建前がよくわからない状況で頭脳の中でカオスとなっている(さらに言えば、「国際進出をした国際的な企業の国際的な社長さん」とみられたいというくだらない意地や見栄のため、進出自体が自己目的化しているような)企業については、アジア進出の目的を見失い、確実に失敗します。

では、具体的に、アジア進出に成功する企業は、どのようなビヘイビアで、その目的(具体的な言葉にすると、やや問題を生じかねないので、あえて言葉にしませんが、植民地時代の欧米列強諸国の企業の進出目的ないし動機とほぼ近似するようなもの、と述べるにとどめます)を達成するのでしょうか。 この点は、次回に譲りたいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.099、「ポリスマガジン」誌、2015年11月号(2015年10月20日発売)