週刊誌に事実と異なる内容を書かれた場合、
「名誉毀損」
として法的に争えるのでしょうか。
「嘘を書かれた」
ことと
「名誉を傷つけられた」
ことは、法律の世界では必ずしも同じではありません。
法的に争えるのか、争えないとすれば何ができるのか。
名誉毀損が成立する条件と、裁判によらない実践的な対処法を整理します。
<事例/質問>
週刊誌に、自分のことが書かれました。しかも、事実と違う内容で。
「上級生がやっかんで嫌がらせを繰り返し、彼女は転校に追い込まれた」
こんな一文を、全国に向けてばらまかれました。「これは嘘だ。訂正させたい。謝罪させたい」という気持ちは抑えられません。法的に、相手を訂正・謝罪させることはできるのでしょうか。
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
「嘘を書かれた」と「名誉を傷つけられた」は、別の話である
「名誉毀損」
という言葉を、多くの方はなんとなく
「悪口を書かれること」
だと理解しています。
しかし法律が
「名誉毀損」
と呼ぶのは、もう少し絞り込まれた概念です。
鍵になるのは、
「その人の社会的評価が、下がったかどうか」
という点です。
「あの人はお金を横領した」
と書けば、その人の社会的評価は確実に下がります。
「あの人は不倫をしていた」
と書けば、場合によっては評価を下げるかもしれません。
では
「上級生の嫌がらせが原因で転校した」
という記事は、どうでしょうか。
この記事で評価が下がるのは、嫌がらせをした上級生と、それを放置した顧問です。
当事者本人は、記事の中では
「被害者」
として描かれるでしょう。
しかし、
「嘘だ」
と憤る当事者の感情と、法律の判断は、この点で食い違います。
嘘を書かれた本人の社会的評価は、法律の目には
「下がっていない」
と映るのです。
「嘘を書かれた」
ことと、
「名誉を傷つけられた」
ことは、かならずしも一致しないのです。
強ければ強いほど、傷つく――名誉毀損の、釈然としない逆説
1点だけ、名誉毀損が成立する余地を探すとすれば、次のようなロジックはあります。
仮にその人が、
「精神的にも肉体的にも、オリンピックで金メダルを狙えるほど強い人だ」
という社会的なイメージを持たれていたとしましょう。
そのイメージの上に、
「嫌がらせ程度で転校した」
という話が重なると、世間はこう思うかもしれません。
「そんなに強い人が、それくらいのことで?」
と。
このとき初めて、
「その人の社会的評価が下がった」
という主張が成り立つ余地が生まれます。
しかしここで、見過ごしがたい逆説が浮かび上がります。
普通の人なら名誉毀損にもならない記事が、強さのイメージが強い人ほど、深く刺さる。
「強い」
という評判が高ければ高いほど、
「弱さ」
を示唆する記事のダメージが大きくなる。
強さが、弱点になる。
釈然としない話ですが、これが名誉毀損をめぐる法律の論理です。
そして、この論理を裁判所に認めてもらうのは、非常に難しいのが現実です。
「強さのイメージが傷ついた」
という主張は、証明は難しく、裁判所が認定することは稀です。
「裁判で勝てない」は、「黙っていい」とは違う
「法的には難しいですね」
と言われると、多くの方は肩を落とします。
「では、泣き寝入りするしかないのか」
と。
しかし、
「裁判で強制的に訂正させること」
と、
「相手に訂正を申し入れること」
は、まったく別の話です。
裁判所が訂正を命じることは、たしかに難しい。
しかし、
「この記事は事実と異なります。訂正を求めます」
と文書で申し入れること、これは今日からでもできますし、やるべきです。
週刊誌の編集部というのは、
「面倒な相手だ」
と思ったとき、ひっそりと態度を変えることがあります。
訴えられるかどうかより、
「この人は、黙っていない」
という認識が、彼らの行動を変えるのです。
「無反応」が、書いた側を大胆にする
週刊誌というのは、ある種のギャンブルで動いています。
書いて売れれば儲かる。
クレームが来なければ、それでよし。
この構造の恐ろしいところは、書かれた側の沈黙が、書いた側の行動を後押しすることになる点です。
何も言ってこなかった、ということは、
「この人は怒らない」
「この人は訴えてこない」
というデータが、編集部の中に蓄積されていきます。
「次の記事では、もう少し大胆に書いてみようか」
と。
一方、
「この記事は事実と異なります。訂正を求めます」
と、きちんと文書で申し入れた相手には、編集部内でこういうメモが回ります。
「この人は、動く人だ」
と。
これが牽制になります。
裁判で勝てなくても、
「面倒な人だ」
という評判は、将来の記事を抑止する効果を持ちます。
これは感情論ではなく、冷静なリスク管理の話です。
申し入れは、戦いの準備でもある
もう1つ、地味ながら大切なことがあります。
「事実と異なる。訂正を求める」
と申し入れた場合、相手の編集部は内部で必ず何らかの判断をします。
「放置するか」
「訂正するか」
「謝罪するか」。
「放置する」
という選択をした場合でも、その判断は組織の中に記録として残ります。
仮にその後、法的手続きに進む場面が来たとき、
「申し入れたにもかかわらず、無視された」
という事実は、裁判の中で重い意味を持ちます。
申し入れは、単なる感情の吐き出しではありません。
それは証拠を積み上げる行為であり、将来の交渉の布石であり、相手を萎縮させるカードでもあります。
「黙るかどうか」は、あなたが決められる
ここで、論点を整理しておきましょう。
裁判で
「名誉毀損だ」
と認めさせ、強制的に訂正・謝罪をさせること。
これは、法律上の要件を満たすことが難しく、現実的ではありません。
しかし、
「事実と異なる。訂正を求める」
と相手に伝えること。
これは、今日からでもできますし、やる意味は十分あります。
動くことで生まれる効果は、3つあります。
1つ目は、相手が実際に訂正・謝罪をしてくれる可能性があること。
2つ目は、
「この人は黙っていない」
という認識が相手の中に生まれ、今後の記事を抑止できること。
3つ目は、万一その後に法的手続きに進む際、
「申し入れ済み」
という事実が証拠として機能すること。
「裁判で勝てそうにないから、何もしない」
という選択が、実はいちばんコストの高い選択かもしれません。
週刊誌に書かれたとき、法律の世界で
「名誉が傷ついた」
かどうかは、思ったより繊細な問題です。
しかし
「黙っているかどうか」
は、あなたが決められる問題です。
そして、その選択が、あなたへの扱われ方を、静かに、しかし確実に変えていきます。
著:畑中鐵丸