00158_企業の意思決定(3)_20120120

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(4)内部統制のお仕事

前回、企業組織運営の意思決定に関するお仕事の中で、企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事、すなわち、
「(ア)誰がボスかを決め、(イ)企業を運営する方針を決める」
というお話をさせていただきました。

今回は、内部統制、すなわち
「(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる」
というお仕事についてです。

内部統制と似たもので、最近よく耳にする経営課題としてコンプライアンス(法令遵守)というものがあります。

内部統制もコンプライアンスもほぼ同じ概念なり経営課題として考えていただいて差し支えありません。

内部統制が
「企業の方針」

「企業の実際のオペレーション」
の整合性を確保する活動とすると、コンプライアンスは
「各種法令」

「企業の実際のオペレーション」
の適合性を確保するための活動と整理できます。

とはいえ、企業の方針が法令に適合したものであることが当然求められる以上、内部統制もコンプライアンスも、
「企業の現実の活動を法令及び定款に合致したものにする」
という点において、目指す方向は同じといえます。

内部統制あるいはコンプライアンスを進めるために行うべき具体的タスクとしては、
(ア)教育・研修
(イ)違反の検知
(ウ)違反者の制裁
といったものが挙げられます。

以下、これら各仕事の進め方や作法をみてまいります。

(ア)内部統制・コンプライアンスのための教育・研修

まず教育・研修についてですが、内部統制やコンプライアンスの教育研修は、一般の学校教育とはまったく異なります。

一般の学校教育が知的水準や教養レベルの向上を目的とするものであり、受講者側の知的能力が問題とされるのに対し、内部統制やコンプライアンスの教育研修の目的は、
「(誰でも使える)インフラとしての法制度や仕組」
を理解させることであり、受講者側の知的能力はさして問題になりません。

すなわち、四則演算や微積分や物理法則等といった社会活動と隔絶した自然科学法則を学術的に教える学校教育とは異なり、制度や社会のルールを理解させるための内部統制教育やコンプライアンス研修は、言語と社会常識を理解できる人間であれば、誰でも身につくものです。

ちなみに、法律学や会計学は一応
「学問」
とカテゴライズされており、これらを教える教育機関や教育者も整備されていますが、法律や会計は、たんなる制度あるいは取決めであって、学術性は皆無であり、法律“学”や会計“学”という言い方はやや誤解を招きます。

実際、会計というシステムについては、
「特定の大学の特定の学部でしか学べない学術分野」
というものではなく、商業高校にいる素行にやや問題のある学生でもフツーに勉強していますし、中学しか出ていない方でも仕事で決算を組むことは可能です。

法律についても同様で、ロースクールに通わなくとも、予備校で勉強した学部生が大量に司法試験予備試験(ロースクール卒業資格試験)を取得しています。

おそらく、単なる制度やシステムにすぎない法律や会計が、
「学問分野として整理され、あたかも特定の高等教育機関でしか教えられない学術性の高い領域」
とされているのは、これらの教育に携わる大学関係者へ配慮した結果だと思われます。

話を元に戻しますが、内部統制やコンプライアンスのための教育・研修は、ルールの重要性を理解させることがゴールになります。

ルールの重要性を理解させることがゴールといっても、
「このルールは大切だ」
「このルールはきちんと守れ」
等と大声で連呼したところで、睡眠を誘うだけであり、教育研修の効果は期待できません。

「規則教育」
の最も成功したモデルは、自動車教習所の学科講習です。

自動車教習所には、社会常識と健全な規範意識を有した学生や社会人に加え、反社会性が顕著な非行少年や虞犯(ぐはん)少年も多数訪れます。

後者のような
「常識や規範意識がやや希薄な集団」
に規則教育をするのは至難の業ともいえますが、多くの自動車教習所では相応の教育効果を挙げています。これはどのような方法によるのでしょうか。

学校教育すらなじまないこの種の方々に通り一遍の規則教育したところで誰もまともに聴講するはずがありません。

しかしながら、彼ら・彼女とて、規則違反をした結果として加えられる実害やペナルティには極めて敏感です。

そこで、自動車教習所では、学科講習の際、スピード違反をした結果として発生する悲惨な事故状況を臨場感あふれる形で撮影した写真のスライドをみせたり、道路交通法に違反した場合や業務上過失により他者を死傷させた場合の各種責任(民事責任、刑事責任のほか免許停止や免許取消等の行政上の責任)を強調し、このような
「ルール違反に伴う結果の悲惨さ・重篤さ」
をビビッドに理解させることを通じて、ルールの重要性を理解させています。

学校の授業で教師が話す内容には一切聞く耳をもたないような連中も、
「車やバイクが大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真」
は刮目して見ますし、
「交通刑務所での服役状況の話や、大枚はたいて取得した免許が停止・取消になるような実害を伴う話」
についてはきっちり理解しようと努めるものです。

内部統制教育やコンプライアンス研修も、上記と同様のことがあてはまります。

学術的な内容やルールの社会的背景を解説するタイプのアカデミックなプログラムは目的と完全にずれていますし、個々のルールを詳細に解説したところで、受講者が睡眠し、体のいい休息時間と化すだけです。

内部統制やコンプライアンスに関する教育・研修は、交通教育において
「車が大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真の提示」

「交通刑務所での服役状況・処遇状況の教示」
に対応するようなもの、例えば、
「横領・背任、談合、インサイダー取引等のルール違反をした場合に、どのような過酷な状況に陥るか」
ということを具体的かつリアルに説諭することこそが、ルールの重要性を理解してもらう上でもっとも効率的で合理的な方法といえます。

以上、内部統制・コンプライアンスという課題におけるタスクとして、
「(ア)内部統制・コンプライアンスのための教育・研修」
というお仕事の進め方をみてまいりました。

次回は、この続きとして、
「内部統制・コンプライアンス上のタスクとしての(イ)違反の検知、(ウ)違反者の制裁」
について解説したいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.053、「ポリスマガジン」誌、2012年1月号(2011年12月20日発売)