00150_取締役の悲劇(3)_20100720

「取締役の悲劇」
の連載第3回目です。

前回
「取締役が知ったかぶりでどんどん状況を悪化させ、しかも本人はそのことにまったく気がつかず、気がついたら、三途の川を渡河し、地獄の底に到達していた」
という話がビジネス社会には実に多く存在する、と申し上げましたが、今回はそのような話の一例をご紹介します。

ここに一人、会社を経営している
「取締役」さん(実際の肩書は代表取締役)
がいらっしゃいました。

会社法の教科書等をみると、世間知らずの学者の方は、
「取締役は、経営の専門家である」
等と持ち上げていますが、この
「取締役」さん
は、経営の専門教育はおろか、まともな高等教育も受けた形跡はなく、会計も法律もほとんど無知。

パソコンも使えず、手紙やファックスをみても誤字脱字・当て字のオンパレードで、しかも文書をみても意味が通じない。

ところが、どういうわけかお金だけはあるみたいで、会社の
「取締役」
になれた。

会社の
「取締役」
になる、
といっても、これまで述べてきました通り、学歴も資格も試験も不要で、司法書士の方にカネを払えば誰でも
「取締役」
になれてしまう。

そして、この
「取締役」さん
は、
「取締役」
という肩書がついた瞬間から勘違いが始まりました。

「オレはエラい」
「なんつったって取締役」
「世間からは社長と呼ばれる身分」
「オフィスは立派で、部下もいるし、秘書もいる」
「ゴルフ会員権も、クレジット会社のホニャララカードも持っているし、移動はグリーン車かビジネスクラス」
「銀行の支店長とサシで話し、弁護士や税理士をアゴで使う」
「銀座のクラブでも丁重に扱われるし、行きつけのホテルや高級レストランでは名前を覚えてもらっている」
なんて具合でした。

このくらいの勘違いはまあ、かわいいもんでしょう。

ですが、その勘違いが、あるはずもない自分の能力や知識にまで及んでしまったことから悲劇が始まりました。

あるとき、
「取締役」さん
の取引先が経営危機となり、売掛債権が焦げつきそうになりました。

結構大きな額で、会社の資金繰りにも影響しかねない状況です。

「取締役」さん
は、取引先の社長を呼びつけ、
「どうしてくれるんだ!」
と詰問しました。

納入した商品は、取引先からさらに先の問屋さんのところにすでに納品されてしまっており、商品引き揚げは難しい状況です。

平伏する取引先の社長は、カバンから一枚の手形を差し出しました。

そして、
「私どもの取引先でやはりつぶれそうになっていたところから、少し前、こういう手形を振り出させました。額面は焦げついた金額よりはるかに大きな金額ですが、取り立てできるかどうかわかりませんから、すべて差し上げますので、これで、どうかご勘弁ください」
と言います。

この
「取締役」さん
は、手形取引の仕組についてはほとんどわかっていない状況で、手形の知識は専業主婦レベルでした。

しかし、
「取締役」さん
の目には、
「ご大層な金額がチェックライターで打刻してあり、見るからに価値のありそうで、仰々しい手形」
は、それなりの価値があるように見えました。

「これ以上潰れそうな会社を相手に押し問答したところで、どうしようもない」
と判断した
「取締役」さん
は、売掛額の倍額以上にもなる額面の手形を受け取り、
「まぁ、これで幾ばくかのカネになるだろう」
と考えました。

しかし、銀行との折衝を担当している経理部長に聞いたところ、
「こんな手形を銀行に持っていったところで、割り引いてくれませんよ」
等というつれない返事です。

「手形? 割り引き?」
ということ自体あまり意味がわかりませんが、そこは知ったかぶりで対応しておき、
「とにかく銀行に行って話をしてみてくれ。換金する方法があるはずだ」
と指示しました。

しかし、結果は経理部長が予想したとおりで、銀行は換金に協力してくれませんでした。

「莫大な金額が記載してあり、大手都市銀行の名前も入っている、見るからに価値のありそうな手形が換金できない?」

「取締役」さんの乏しい知識や経験からはまったく理解できない状況です。

「そんなバカな話があるか。もう、経理部長や銀行はアテにできない。こういうときは行動あるのみ。よし、金券ショップだ。」

「取締役」さん
は、自らの信念に基づき、行動を開始しました。

この悲劇の続きについては、次回、お話したいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.035、「ポリスマガジン」誌、2010年7月号(2010年6月20日発売)