00027_ビジネス・プロフェッショナルの仕事術(8)~関係構築をする、交渉する~

1 前世紀における関係構築術

前世紀、すなわち西暦2000年ころまで、ビジネスの世界では性善説が優勢で、
「取引相手をとことん信じる」
ということが企業間の関係構築理念として推奨されていました。

前世紀の産業社会は、
「ガイシ系」

「ホリエモン」

「ホニュララファンド」
もおらず、
「顔なじみ」
だけの牧歌的なムラ社会であり、信頼こそがムラ社会の唯一の秩序基盤であり、ムラの長(監督官庁)や庄屋(業界団体の顔役)がムラの秩序に睨みを利かせていました。

ムラの民は、お互いを信頼していれば、楽しく生活ができていたのです。

2 今世紀における企業間関係構築のあり方

ところが、世紀の境目のあたりから、
「インフレ経済を前提とした高度成長時代」
から
「デフレ経済を前提としたモノ余り、低成長時代」
に突入し、日本の産業社会に顕著な変化が訪れました。

従来までの大量消費(販売)を前提とした大量生産が不要となり、効率的大量生産を支えてきた監督官庁の保護育成も業界同士の横のつながりも機能不全に陥りました。

また、規制緩和が行われ、外資や新規ベンチャーの参入が促されます。

産業社会は、品質と価格による能率競争を前提に、縮小しつつあるパイを苛烈に奪い合う競争社会に突入したのです。

加えて、
「監督官庁と企業、あるいは企業同士が、イチャイチャ、ベチャベチャすること」
も公務員倫理法違反あるいは談合と呼ばれるようになり、このような親密な関係が徹底的に排除される時代が到来し、ムラの秩序は崩壊しました。

官僚主導により企業同士が鉄の結束を誇っていた日本の産業界は、
「『阿吽の呼吸』を相手に期待していると、問答無用で斬って捨てられる」
そんな仁義なき競争社会に変わり果て、かくして、
業界「協調」時代

業界「競争」時代
にシフトしていきました。

具体例を挙げますと、かつて
「健全な経済発展のためには必要なもの」
という論調まであった談合(談合の当事者は、「談合」という言葉を忌避し、「業界協調」という言葉を使いますが、言葉を変えたからといって違法性が払拭されるわけではありません)ですが、リーニエンシーという密告奨励制度まで整備され、仲間同士の裏切りが次々に起こり、カルテルや談合の摘発件数は増加の一途を辿っています。

3 産業社会における性善説の終焉

少なくなりつつあるパイを奪い合うために企業として徹底的に現実的思考・行動を追求することが求められる現代、
「性善説」
という前世紀の考え方を維持する企業は、市場から放り出されます。

以上のような時代の変化をふまえますと、企業間の関係構築のあり方としては、性悪説が大前提となります。

すなわち、交渉過程においては、言質を取られない限り、相手方は常に耳に心地よいウソを平然とつく可能性がありますし、最終的な関係構築においても
「契約書に書かれていないことは、すべてやっていいこと」
という品のない法的理屈を前提に、約束を反故にしたり、信頼を裏切る行動に出る危険があります。

したがって、交渉の場面では
「相手が口でペラペラしゃべっていることは文書にしない限り信用しない」、
文書化する際においても
「『やりたくなければ書いておけ。書いてなければ、何をされても文句はいえない』という理屈を前提に、事細かに禁止事項や規制事項を書き連ねる」
ということが必要になってきます。

日本においては、契約書とは、
「良好な関係と輝かしい将来への期待を相互に宣言し、不幸な事態の想定を忌避した儀礼的な文書」
と考えられていた節があります。

これは、言霊思想に基づき、結婚の際に破綻を示唆・暗示するものを
「忌み詞(いみことば)」
として徹底的に排除する考え方に基づくものなのかもしれませんが、このような契約書ではイザというときに、まったく機能しません。

他方、
「Prenup(夫婦財産契約)等結婚前に離婚の際の清算合意書を取り交わす文化」
が存在する欧米においては、契約書とは、関係破綻を視野に入れた、法的危機管理における有効な道具たる法的証拠として
「不愉快な事態がより多く書いてあった方が優れている」
と考えられており、現代の企業社会ではこちらの欧米流の合理的契約文化が主流になりつつあります。

このように、企業間の関係構築や交渉の場においては、
「相互に信頼し合って、良好な関係構築をする」
のではなく、今や、
「良好な関係構築をするために、相手をトコトン信用しないこと」
が求められるようになっています。

「関係構築をする、交渉する」
という仕事を進める上では、以上をきちんとふまえておかなければなりません。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.048、「ポリスマガジン」誌、2011年8月号(2011年7月20日発売)

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