00281_酒気帯びで追突された。正義はあなたにある。でも、怒っている間に、切り札は腐っていく。

「正義は勝つ」が、お金は別の話

酒で酔っぱらった運転手に追突される。

信号待ちで止まっていただけなのに、です。

これほど理不尽な話もありません。

しかも相手は酒気帯び。

世間的に見ても、法律的に見ても、完全な
「悪者」
です。

だとすれば、被害者は圧倒的に有利なのでしょうか。

「裁判を起こせば、たんまり取れる」
と思うのは、人情として当然です。
しかし、ここに大きな錯覚が潜んでいます。

世論とお金は、別の口座にある

SNSで叩かれる。

会社に知られる。

家族に知られる。

免許が取り消される。

酒気帯び運転に対する社会の視線は、今の時代、ほんとうに厳しいです。

加害者にとって、
「酒気帯びで事故を起こした」
という事実は、人生を揺るがすスキャンダルになり得ます。

この社会的圧力は、被害者にとっては、たしかに交渉の
「追い風」
になります。

ただし、世論はお金を払いません。

SNSの怒りは、被害者の銀行口座には振り込まれません。

これは冷たい話ではなく、仕組みの話です。

法律は重い。でも、運用は別物

道路交通法の条文を見れば、酒気帯び運転は
「3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」とあります
(ちなみに、酒酔い運転は、「5年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金」です)。

これを重いと見るか、軽いとみるか・・・という話ですが、現実には、法律の
「条文」

「実際の運用」
は、しばしば大きく乖離します。

初犯で、アルコール濃度は中程度、被害者のケガは全治2ヶ月のむち打ちで後遺障害なし——このような条件が重なる場合、弁護実務の経験則として、略式手続による罰金や起訴猶予で終わることも珍しくありません。

「え! そんなに軽いの!」
と思われるかもしれません。

そう感じるのは、ごく自然なことです。

しかし、感情と制度は別の話です。

そしてここに、被害者が知っておくべき
「賞味期限」
が生まれます。

刑事カードの賞味期限

事故を起こした加害者、いちばん怖いのは何だと思いますか。

民事の損害賠償ではありません。

それは、前科です。

捜査が続いている間、処分が確定していない間——この時間帯だけ、加害者には
「示談が成立すれば、ひょっとすると、検察が起訴を見送るかもしれない」
という期待が生まれます。

裏を返せば、被害者が持っている
「示談に応じてやる」
というカードが、最大限に効く瞬間は、この時間帯です。

そして、この時間帯は、永遠には続きません。

罰金を払い終えれば、加害者の心理的な区切りはつきます。

「もう済んだこと」
という感覚が生まれます。

その後で民事訴訟を起こしても、さっきまであったはずの交渉力は、静かに失われています。

裁判で増えるお金は、思ったより少ない

「裁判をすればお金は増える」。

これも、ある意味では正しいです。

示談の提示額より多少は上積みされる可能性はあります。

現実的な目安としては、後遺障害のないむち打ちの慰謝料は、裁判基準でも通院期間にもよりますが、数十万円台になります。

そして、裁判には時間がかかります。

半年、あるいは1年。

その間の手間と精神的なコストを差し引いたとき、純粋に
「割に合うか」
という計算になります。

しかも、相手に任意保険がある場合、実際にお金を払うのは保険会社です。

保険会社は、世論に動じません。

感情にも動じません。

数字と基準で動く組織です。

「正義を取る」か「実利を取る」か

怒りは正当です。

酒気帯びで追突されて、穏やかでいられる人間などいません。

ただ、
「正義を貫く闘い」

「損害を回収する行為」
は、まったく別の話です。

前者を選ぶなら、長期戦を覚悟した上で、裁判という選択肢があります。

後者を選ぶなら、答えはシンプルです。

刑事手続が進行中の、今のうちに、適切な数字で示談としてまとめることです。

「示談に応じてやる」
というカードには、賞味期限があります。

賞味期限内に使うのか、期限が切れてから使うのか・・・ということなのです。

「正義とキャッシュフローは、別の銀行にある」
このことを知っているだけで、判断は変わります。

著:畑中鐵丸