00269_相続_「法は家庭に入らず」_お金より大切なものを、人はいつ気づくのか

相続というのは、不思議な魔法をかけます。

昨日まで仲良く食卓を囲んでいた家族が、一枚の遺言状をめぐって、まるで別人のように険しい顔をする。

「たかがお金のことで」
と思う人もいるでしょう。

でも実際には、お金そのものより、
「自分だけ軽く扱われた」
という感覚が、人の心を変えてしまうのです。

弁護士に依頼したけれど、途中でやめた——それって「負け」なの?

あるご家族の話をしましょう。

お母様の相続をめぐって、ある方(ここでは仮にAさんとします)が弁護士に依頼しました。法的には、もう少し粘れば一定の財産を取り戻せる、そういう段階まで話は進んでいました。

でも、Aさんはある日、こう気づきます。

「この金額のために、家族全員が憎しみ合うのは、割に合わない」

ご主人とも話し合い、ふたりの出した結論は
「財産放棄に同意する」
でした。

弁護士から見れば、法的・経済的には明らかに不利な選択です。

着手金も戻ってきません。

では、これは
「負け」
でしょうか?

「法は家庭に入らず」——この諺が教える、もうひとつの論理

日本には
「法は家庭に入らず」
という言葉があります。

法律は、赤の他人同士のトラブルを解決するためのルールです。

契約、証拠、権利と義務——そういう冷たい言葉で人間関係を整理します。

それは必要なことですし、社会の秩序を守るために欠かせません。

でも家族の間には、法律とはまったく別の論理が流れています。

「情宜(じょうぎ)」
という少し古い言葉があります。

情けと義理、といえばわかりやすいでしょうか。

数字で測れないもの、証拠として出せないもの、でも確かにそこにある、人と人をつなぐ何か。

法律はそこには踏み込めない。

踏み込むべきでもない。

Aさんが選んだのは、法律の論理ではなく、情宜の論理でした。

弁護士の「あと一歩」と、依頼人の「もういい」のあいだ

ここで少し、意地悪な問いを立ててみましょう。

弁護士は
「あと一歩で利益を実現できる段階だった」
と言います。

依頼人は
「やめる」
と言いました。

この二者の判断は、どちらが正しいのでしょうか?

答えは——どちらも正しい、です。

弁護士は、法律と経済の論理で生きています。

「取れるものは取れる状況だ」
というのは、プロとして正しい判断です。

一方で、依頼人は、家族関係という法律の外側にある論理で生きています。

「金銭的利益より、家族の平和のほうが自分には価値がある」
というのも、人間として判断です。

問題は、この2つの論理を同じ秤で量ろうとすることにあります。

弁護士は法律の専門家ですが、その人の家族関係の専門家ではありません。

「法的に損」

「人生で損」
は、まったく別の話なのです。

賢い撤退には、ちゃんと作法がある

Aさんのケースで、もうひとつ注目したいことがあります。

弁護士は辞任に際して、
「みなし報酬金(途中解約の場合に本来発生する費用)は免除する」
と言いました。

これは当たり前のことのように見えて、実はそうではありません。

すでに事件に着手し、利益実現まであと一歩という状況まで交渉レベルが到達しているのであれば、依頼人が
「やっぱりやめます」
という
「クライアントによる一方的都合による辞任要請」
の場合、弁護士はみなし報酬金という形で成功報酬相当額を請求することになります。

ただし、このケースにおいては、弁護士は
「これまでの経緯を考え、(着手金の返還はできないけれど)みなし報酬金の請求はしない」
と、免除した。

つまり——撤退にも、人間関係の作法があるということです。

Aさんは感謝の気持ちを伝え、弁護士は相手の事情を酌んで費用を免除した。

法律の話を、人間の話として着地させた。

これは、双方がきちんと
「情宜」
を持って動いた結果です。

「少ない金額で憎しみ合うのは割に合わない」——これ、実はすごく鋭い計算です

最後に、少し視点を変えてみましょう。

Aさんは感情的に諦めたのではありません。

むしろ、非常に冷静な損得計算をしています。

得られるお金の額(小さい)と、家族関係が壊れるコスト(計り知れない)を天秤にかけて、
「割に合わない」
と判断した。

これは経営でいえば、
「撤退コスト」
の計算です。

ビジネスでも、傷が浅いうちに撤退することは、長期的には正しい選択であることが多い。

意地になって戦い続けることで、もっと大きなものを失うことがある。

家族の縁は、お金で買い直せません。

Aさんが守ったのは、目先の財産ではなく、取り返しのつかないものを失わない権利だったのかもしれません。

「法は家庭に入らず」
——これは、法律を軽く見ろという意味ではありません。

法律には法律の出番があり、情宜には情宜の出番がある。

その区別ができる人が、最終的には、人生を上手に生きていけるのだと思います。

著:畑中鐵丸