「急ぎで全部やっておいて!」。
余裕のない担当者が放つこの無茶振りは、外部の専門家に最も嫌われる三流の依頼法です。
一流のビジネスマンは、困難なプロジェクトを自ら分解し、専門家にあえて
「未完成での納品」
を許容することで、確実にプロジェクトを前進させます。
本記事では、週末に発生した緊急の契約書翻訳案件を題材に、外部リソースを
「中継ぎ投手」
として機能させるためのシャープな要件定義と、プロのプライドを満たす
「特急料金」
の提示法について解説します。
<事例/質問>
先生、外部の専門家への緊急依頼の作法についてご指南ください。
産業機械メーカーの法務部でマネージャーをしております。
金曜日の夕方になり、海外の重要顧客との間で緊急の追加契約が発生しました。
日本時間の火曜日の夜までに、ネイティブチェックと現地の弁護士による法務確認を経た、完成版の英文契約書を提出しなければなりません。
しかし、当社の法務部員だけでは手が足りません。
また、以前、私の部下が、いつも頼りにしている外部の専門翻訳家(仮称:H先生)に対して連携不足で不愉快な思いをさせてしまい、少し関係がギクシャクしています。
この絶望的なスケジュールの中、H先生に特急で下訳をお願いしたいのですが、
「週末に急に言われても困る」
「そんな短納期で完璧なものは出せない」
と断られそうです。
どのように依頼のメールを書けば、プロフェッショナルである先生に気持ちよく動いていただけるでしょうか?
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
法務マネージャー様、胃の痛くなるような週末ですね。
お察しいたします。
しかし、ここで
「とにかく火曜の夜までに完璧な英訳を仕上げてください!お願いします!」
と丸投げの懇願をするのは、下策中の下策です。
そんな
「玉砕前提の突撃命令」
を出せば、優秀なプロほど
「自分の品質を担保できない」
として依頼を即座に拒絶します。
結論から申し上げましょう。
「プロジェクトを切り刻み、あえて『未完成で構わない』という免罪符を与え、その代わり『特急料金』という名の最高の敬意を払って、中継ぎ投手を任せるのです」
外部のプロフェッショナルを有事に使い倒すための、したたかで美しい
「依頼の流儀」
について解説しましょう。
1 過去の非礼は冒頭で「トップ」が被って謝罪する
まず、部下がH先生に不愉快な思いをさせた件ですが、これは絶対にスルーしてはいけません。
メールの冒頭で、
「先般は部下に対する管理が不足しており、ご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでした」
と、マネージャーであるあなたが潔く、かつ単刀直入に謝罪してください。
「部下が勝手にやった」
という見苦しい言い訳は不要です。
トップが全責任を被る姿勢を見せることで、プロの溜飲を下げさせ、わだかまりをリセットします。
2 プロに「未完成」を許容する要件定義(中継ぎの起用)
最大のポイントはここです。
金曜夜に依頼して火曜夜に
「完璧な完成品(ネイティブチェック・弁護士確認済み)」
を丸抱えで要求するのは、物理的にも構造的にも不可能です。
そこで、あなたはプロジェクトの工程を分解し、H先生には
「第1走者(あるいは中継ぎ投手)」
としての役割だけをピンポイントでお願いするのです。
「月曜朝10時までに、可能な範囲での英訳をお願いします。未完成でも差し支えございません。その後は、別の翻訳チームと弁護士に引き継ぎます」
この
「未完成でも差し支えない」
「あとは別のチームが引き継ぐ」
という一文が、魔法の言葉になります。
プロは
「不完全なものを自分の名前で出すこと」
を極端に嫌います。
しかし、
「あなたはあくまで中継ぎ(下ごしらえ)であり、最終的な仕上げと責任は別のチームが負う」
と明言されることで、精神的なハードルと品質責任のプレッシャーから解放され、
「それならば、自分の空き時間を使って、できるところまでやってみよう」
と腰を上げてくれるのです。
3 「敬意」は言葉ではなく「カネ(特急料金)」で示す
そして、最も重要なのが
「兵糧(カネ)」
の提示です。
「お忙しいところ恐縮ですが」
「どうか助けてください」
といった涙ながらの美辞麗句は、プロにとっては一文の足しにもならないノイズです。
プロを動かすのは
「明確な条件」
と
「相応の対価」
です。
「費用ですが、ラッシュチャージ(特急料金)込みで1ページあたり〇万円ということで差し支えございません。先生に対し、決して失礼にならない費用をお支払いするということで、すでに社内の決裁は得ております」
このように、こちらから気前よく、具体的な特急料金を提示してください。
「いくらになりますか?」
と相手に相見積もりを考えさせる隙を与えてはいけません。
プロフェッショナルに対して、
「あなたの特急の仕事には、これだけの高い価値がある」
と金額で示すことこそが、最高の
「敬意(リスペクト)」
の表現なのです。
結論
「全部やってくれ」
という丸投げは、相手への甘えであり、プロへの冒涜です。
自社でプロジェクトの全体像(設計図)を描き、
「この過酷なスケジュールのうち、ここからここまでを、この特急料金で、未完成のままでいいから納品してほしい」
と、役割と条件をシビれるくらいシャープに切り出せる人間だけが、有事において一流の外部専門家を自在に動かすことができるのです。
さあ、今すぐこのロジックでメールを書き、H先生に送信して、週末の夜をご機嫌にお過ごしください。
著:畑中鐵丸