<事例/質問>
いつかは自分の店を持ちたいと思っていて、今はその準備期間として、コツコツと起業資金を貯めています。
ただ、ずっと気になっていることがあります。
20代の頃、生活費が足りなくなるたびに消費者金融やカードローンを使っていた時期が、5年ほどありました。
金利がかなり高かったことは薄々わかっていましたが、当時はそれどころではなく、とにかく借りては返す、を繰り返していました。
数年前にようやく完済したのですが、最近になって過払い金のことを知り、
「もしかして自分も?」
と思い始めました。
もし取り戻せるなら、起業資金の足しにもなります。
ただ、2つの点で諦めかけています。
1つは、当時の契約書も明細書も、すべて処分してしまったこと。
手元に何も残っていません。
もう1つは、完済の少し前に、業者から
「これでお互い貸し借りなし」
という趣旨の和解書を差し出され、よくわからないままサインしてしまった記憶があることです。
資料もなく、和解書にもサインしてしまった。さすがにもう無理でしょうか?
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
結論を先に言えば、記憶と直感しか残っていない状況でも、法律上の手段は残っています。
1 資料がなくても、取引履歴は業者側に存在する
まず
「手元に資料がない」
という点ですが、これは致命的な障害にはなりません。
金融取引において、情報は圧倒的に業者側に偏っています。
これを
「情報の非対称性」
といいます。
これに対し、最高裁判所は
「貸金業者は、借り手から請求があれば、過去の取引の全履歴を開示すべき義務がある」
という解釈を確定させています。
こちらが資料を処分していても、業者側のシステムには、借入と返済の履歴が厳然として残っています。
弁護士を通じて開示請求を行えば、業者はその履歴を提出せざるを得ません。
資料がなくても、相手の手元にある情報を引き出すことは十分に可能です。
2 「目隠しをされた状態で押したハンコ」は無効にできる可能性がある
最大の難関と思われる和解書についても、無条件に有効とはなりません。
和解とは
「お互いに譲り合って紛争を終結させる契約」
ですから、一度署名した以上、原則として後からの異議申し立ては制限されます。
しかし、もしその署名が、重要な事実を隠された状態でなされたものだとしたらどうでしょうか。
業者が、実際には過払い状態にあった——「借金どころか、お金が戻ってくる状態」にあった——にもかかわらず、取引履歴を開示せず、
「まだ残債がある」
と告げて和解を誘導した場合、署名した側は
「借金が残っている」
という誤った前提のもとで判断したことになります。
これは民法上の
「錯誤」
に該当し得るものであり、
「前提となる重要な事実に勘違いがあった」
として、和解契約そのものを無効(最初からなかったもの)とできる余地が生じます。
業者が取引の実態を隠したまま署名させた和解書は、法的に覆せる可能性があります。
3 唯一、取り返しのつかないのは「時間の経過」だけ
ただし、看過できない制約が1つあります。
時効です。
過払い金返還請求権は、最後の取引(完済日)から10年が経過すると、消滅時効によって失われます(*)。
5年、10年と長期にわたって取引していた場合、途中で一度完済し、再び借り入れた時期があると、
「最後の取引」
をどこに置くかという技術的な論点も生じます。
いずれにせよ、時間が経てば経つほど選択肢は狭まります。
まとめると、
「資料がない」
については相手に開示させる手段があり、
「和解書がある」
については錯誤を理由に覆せる余地があります。
どうにもならないのは
「時効による権利の消滅」
だけです。
若い頃の借金が、これから始める新しい一歩の資金に化けるかもしれない。
まず取引履歴の開示請求から着手し、時効が完成する前に動くことが、過去に向き合う最初の一手です。
(*)
2020年4月1日施行の改正民法以降は、
「権利を行使できることを知った時から5年」
という時効期間も問題となるため、取引時期や経過措置によっては注意が必要です。
※本記事は、一般的な過払い金返還請求等の法解釈を解説したものであり、個別の事案における成否を保証するものではありません。
著:畑中鐵丸