00194_チエのマネジメント(14)_20150120

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「チエ」
すなわち、情報、技術、ブランドといったソフト資産全般の経営資源マネジメント(知的財産マネジメント)の14回目です。

立法・司法・行政という国家三権とその機能分担(三権分立)の話に広がりましたが、前回あたりから、話が無事に、知的財産権、いわゆる
「チザイ」
へと戻ってまいりました。

前回
「審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチをくらうような形で裁判所から突然
「特許無効」
と宣言され、最後に泣きを見る、という事例が出てくるようになった、との前置きをさせていただきましたが、今回は、この事件のお話をさせていただきます。

(20)枝豆特許をめぐる冷食業界の仁義なき抗争

1998年、日本水産(ニッスイ)は、冷凍の塩味茹枝豆に関する特許を取得しました。

特許といっても、製法や材料や味や保存期間等の画期的技術についてではなく、枝豆の塩分濃度や解凍後の枝豆の硬さなど、性質や機能を数値で表現したものに特許権が与えられたものでした。

ニッスイは、特許取得後、同じく冷凍塩味茹枝豆を販売しているニチロ、ニチレイ、マルハなどに特許使用料を要求する交渉を開始しましたが、各社はこれに猛反発。

2002年2月にニチロが特許庁にニッスイの特許の無効審判請求をしたことから、ニッスイ側は、この対抗措置として、自社の特許権を侵害したとして、ニチロの冷凍塩味茹枝豆の販売差止などを求めて、東京地裁に提訴しました。

結果は、東京地裁が
「ニッスイの特許技術に進歩性はない」
と判断し、ニッスイ側の完全敗訴となりました。

ニッスイ側は、控訴も断念し、ここに冷凍塩味茹枝豆の特許をめぐる冷凍食品業界の仁義なき抗争が終結しました。

特許が成立するのは、それまで冷凍食品業界においてまったくなかったような高度な発明で、かつ従来技術からは思いもつかないような進歩的な発明でなければなりません。

人間の
「食」
に対する意識は結構保守的で、変わった食品や変わった製法の食品を敬遠する向きも多く、その意味で、一般に
「食品業界では特許が成立しにくい」
などと言われます。

というか、仮に
「見た目はカレーで、味はイチゴのデザート」
なんて食べ物があったとしますと、この食べ物は、斬新であり、進歩的なもので、ひょっとしたら特許が取れるような発明かもしれませんが、そんなグロテスクな食べ物、日本人のほとんどはあっても食べたいとは思わないでしょう。

そして、事件になったニッスイの特許は、そんな革命的なものというわけではなく、前述のとおり、フツーの食べ物に関する、ちょっと便利な技術に関するものでした。

すなわちニッスイに特許権があり、特許庁長官発行のお免状があるからといっても、
「下駄をはかせてもらい、インチキで取得した『なんちゃって特許』とも言うべき代物」
にすぎないというのが実体であり、ニチロもその
「なんちゃって」
ぶりはきっちりお見通しでした。

にもかかわらず、ニッスイは、そんな、武器にもならない
「おもちゃのチャンバラ道具」
のような権利を使って、
「喧嘩上等」
と言わんばかりに強気になってしまい、訴訟提起をしちゃったところが、運の尽きだったようです。

結局、ニチロから無効審判請求の申立てや、特許法104条の3の抗弁(キルビー抗弁)といった、ガチのカウンターパンチが繰り出され、
「特許庁、すなわち行政という奉行所(権力機関)」
とは別の、
「裁判所、すなわち司法府という別の奉行所(権力機関)」
によって、鵜の目鷹の目で徹底的に調べ上げられ、あっけなく
「その方が有しておる権利とやらは、まがい物の、なんちゃって権利であり、無効なり! そのような権利を振り回すその方の振る舞いこそが不逞千万である!」
と宣言させられたのです。

裁判で負けたら、販売差止に失敗するだけではありません。

もし、ニッスイが、この特許を製造委託先や他社に使用許諾(ライセンス)して、特許使用料(ロイヤルティ)でも取っていようものなら、今度はライセンスしている会社からも
「ガセ特許をネタに高いロイヤルティをふんだくりやがって、この野郎!特許が無効になった以上、これまでインチキで払わされたロイヤルティを全部返せ!」
ということを言われる可能性もあります。

ニッスイも、三権分立をきっちり理解して、
「特許庁、すなわち行政府という権力機関によって、お情け半分で特別に認めてもらった権利が、裁判所という冷厳な別の権力機関でばっさり否定されるかもしれない」
という保守的な前提認識をもち、物騒な展開にせず、大人の話し合いで、なるべく早く双方にとって体面が保てる幕引きをし、
「なんちゃって特許」
が化けの皮を剥がされないようにすれば、よかったのかもしれません。

こうやってみると、
「特許権という、三権分立制度の間に漂う権利を扱う際には、日本の国家制度を本質から理解しておく必要がある」
ということにつながることが理解いただけると思います。

このような
「三権分立制度の間に漂う権利や法律関係」
は、チザイにとどまりません。

税務争訟関係(税務当局と裁判所)、金融商品取引法事件(金融庁、証券取引所、証券取引等監視委員会と裁判所)、独禁法事件(公正取引委員会と裁判所)などなど、ビジネスと法律が交錯する多くの分野で、行政と司法が顔を出します。

無論、多くの場合、結論だけでみると司法判断と行政判断には一致がみられます。つぶさに観察すると、権利や法律関係の扱い方やアングルが相当異なることがわかりますし、
「同じ日 本の権力機関だから、一緒だ」
という安易な考えは早計といえます。

「チザイ」
の扱い方のお話に際して、長々と三権分立の話をさせていただいたのは、こういう背景からなのです。

これまで
「チザイ」
として、特許や著作権や意匠権といった正式な権利となるものを見てまいりました。

もちろん、一般に
「チザイ」
と言えば、これら正式な権利となるようなものが代表選手ですが、ビジネスの世界においては、これらとは別に、
「正式な権利」
にはならない
「企業秘密」
という知的財産領域があります。

そして、現実には、この
「企業秘密」
と言われるものの方が、ボリュームとしても膨大であり、かつ、企業にとって重要性を有しています。

次回は、この
「企業秘密」
のお話をさせていただききたいと思います。

連載が長くなっておりますが、もうしばらくお付き合いください。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.089、「ポリスマガジン」誌、2015年1月号(2014年12月20日発売)