00191_チエのマネジメント(11)_20141020

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「チエ」
すなわち、情報、技術、ブランドといったソフト資産全般の経営資源マネジメント(知的財産マネジメント)の11回目です。

話は
「チザイ」、
すなわち知的財産権の話から、立法・司法・行政という国家三権とその機能分担(三権分立)の話に広がり(脱線し)、これがひどくなる一方ですが、あえて空気を読まず、脱線話を続けたいと思います。

前回は、法を執行する二つの国家機関である裁判所と行政機関(いずれも極めて似通った存在ですが)を比較しながら、お話を申し上げましたが、今回、さらに、この話を掘り下げていきます。

(17)違憲立法審査権が通常裁判所に帰属するという意味

前回
「日本は、イギリスやアメリカと同様、通常裁判所に違憲立法審査権を付与しています。このような意味において、裁判所は、通常司法権のほか、『違憲立法審査権という、立法権力や行政権力も凌駕するもっとも強力な国家権力』を保持しており、わが国において『最強の権力集団』ということができるのです」
と言いましたが、これはよく考えてみると、相当特異なシステムといえます。

くだらない民事の揉め事や離婚の話、窃盗や詐欺など刑事事件の面倒をみている国家機関が、国会の立法権限や行政官庁の法執行をぶっ飛ばすようなラディカルな事件を裁いてしまう、ということですから、ある意味無茶苦茶なシステムです。

実際、例えば、東京地裁の例でいうと、民事1部から3部および38部は行政部と呼ばれ、日本国が被告となるような行政事件や立法に絡む事件を専門的・集中的に審理するのですが、当該部においても通常事件も割り当てられますので、
「午前中は、国土交通大臣を被告とする国家賠償請求事件、午後は貸金と契約違反と近隣紛争」
なんて形で、
「国を揺るがすような大事件」

「犬も食わない、ネコもまたぐような民事の揉め事」
が同じ裁判官によって同じ法廷で裁かれていることがあるのです。

いずれにせよ、裁判所が日本国の中でもっとも強力な権力を有することは明らかであり、裁判所の前では、首相だろうが、大臣だろうが、民事トラブルの当事者や泥棒や詐欺師と同様、等しく裁判官にひれ伏し、そのご託宣を仰がなければならないのです。

(18)上司もなく、やりたい放題の裁判官

行政官は、
「法律による行政」
「絶対的上命下服」
の2つの原理で厳しく規律されています。

行政官が仕事に個性を発揮するということは、法律の軽視や指揮命令の混乱につながるため、厳しく禁じられ、ひたすら個性を埋没させ、私情を排して公正・公平な法を実現します。

行政官以上に強大な権力を振るう裁判官は、行政官僚と同様あるいはそれ以上の規律に服すると思うのが素直で自然ですし、
「裁判官は、さぞ規律がしっかりしており、何から何までルールで雁字搦めにされ、個性の発揮は忌避され、人間性が否定された機械のような仕事が求められるのであろう」
というのが一般の方の印象だと思われます。

前回
「行政官と裁判官は、バックグラウンドも出身大学も試験科目も酷似している」
などといいましたが、この点からも、裁判官と行政官の仕事の哲学やスタイルが同じと考えるのが自然です。

しかし、事情はまったく逆で、裁判官は、上司もおらず、個性と私情を発揮して、差し詰め
「やりたい放題」
といったところなのです。

しかも、この
「裁判官が、個性の赴くまま、やりたい放題で仕事してもいい」
という業務指針は、憲法に明記されているのです。

憲法76条3項をみると、
「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」とあります。

裁判官が、その職務権限を行使するにあたっては、外部の権力や裁判所内部の上級者からの指示には一切拘束される必要がない、と憲法で保障されているのです。

例えば、行政官が、
「この法律は、私の良心や憲法解釈に反するので、個人の判断として執行をしません」
とすると大問題となります。

ところが、裁判官は自分の良心と自身の憲法解釈・法律解釈に基づき、気に食わない法律を違憲無効と判断したり、憲法に反するおかしな法律制度を維持したりすることができるのです。

こういう言い方をすると、
「カタくてマジメそうな裁判所がそんないい加減なことをしないでしょう」
という声が聞こえてきそうですが、日本の最高裁は、民主主義について非常識ともいえる判断を長年敢行し続けています。

次回は、この
「裁判官は自分の良心と自身の憲法解釈・法律解釈に基づき、気に食わない法律を違憲無効と判断したり、憲法に反するおかしな法律制度を維持する」
という例を、具体的にお話しいたします。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.086、「ポリスマガジン」誌、2014年10月号(2014年9月20日発売)