00169_モノのマネジメント(5)_20121220

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しております。

前回は、モノ作りという企業行動についてのトレンドの変化について述べて参りました。

今回は、これを受けて、製造現場や委託先の管理をどのように遂行していくか、という点について述べてみたいと思います。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)現場や製造委託先との関係構築について ~続~

オ 性悪説vs性善説

「モノ作りを管理する」
という仕事を進める上での哲学として、管理の相手方、すなわち、現場や委託先を信頼するか(性善説)常に不審の目を向けるか(性悪説)、という問題があります。

一昔前、二昔前のニッポンにおいては、右肩上がりの成長を謳歌しており、
「作っては売れる」
という市場があり、生産現場には、常に設備や人的資源が投入され、活気がありました。

従業員は、終身雇用というシステムによって雇用された正社員がほとんどで、会社と成長の糧を共有し、モノ作りの現場には高い士気と
「決して、会社や社会を裏切らない」
という忠誠と信頼が満ち満ちていました。

しかしながら、現代においては、終身雇用システムが崩壊し、モノ作りの現場には非正規雇用の労働者が増殖し、成長が見込めない市場において、過酷な価格及び品質競争にさらされています。

さらに言えば、そもそも国内にはモノ作りの現場は存在せず、遠く海を離れた国のどこかの工場で働く言葉の通じない労働者たちにモノ作りを委ねている、という企業も多く存在します。

このような現代のモノ作りの現場において、かつてのように、
「モノ作りの現場には高い士気と『決して、会社や社会を裏切らない』という忠誠と信頼が満ち満ちている」
などという前提がそもそも働かず、漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっています。

したがって、
「モノ作りを管理する」
という仕事に限っては、
「常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
という性悪説に立脚し、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制を構築することが求められます。

 モノ作りの現場においては、「操業優先、規制無視(軽視)」

モノ作りの現場においては、
「製造ラインの効率的稼働」
が最優先課題であり、細かい手続を含めた規制把握や規制遵守は、いわば二の次となってしまいがちです。

例えば、1999年に発生した茨城県東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所の高速増殖炉実験炉「常陽」用の核燃料の製造現場での臨界事故では、放射線被曝者計49人、現場から半径350メートル以内の住民に避難勧告、半径10キロメートル以内の住民に屋内退避を要請、という大事故になりました。

この事故については、転換試験棟において、1991年から現場において承認されたものと異なる工程(本来は、「溶解塔」という装置を使用した手順であったところ、現場がこれを無断で変更し、ステンレス製バケツを使用)が実施されており、その後、1996年にはこのような違反工程が盛り込まれた現場
「裏マニュアル」
が作成され、違法操業が常態化していたことが原因であった、といわれています。

厳格なコンプライアンスが要請される核燃料の製造現場ですらこのような状況ですから、他のモノ作りの現場がどのような状況か、ということはある程度想像できます。

キ モノ作りの管理を実施する上での指揮命令系統デザイン

以上のとおり、
「モノ作りの現場においては、面倒くさい法令遵守より効率性・経済性が優先される危険が常に存在する」
ということを十分認識し、細かい操業の末端に至るまで管理の目を光らせる必要があると言えます。

この点、多くのモノ作りの現場においては、単一の責任者(工場長など)を定め、当該責任者に、操業効率と各種コンプライアンスの全責任を負担させる、といったことが行われています。

確かに、効率的な指揮命令系統の確立という点では、単独の人間に権限と責任を集中させることがもっとも合理的と言えます。

他方、自動車や温風機の欠陥隠蔽問題、食品に関わる原産地表示や賞味期限偽装の問題や廃棄物処理や環境汚染問題等、といったトラブルが発生したモノ作り現場の大半が、上記のような
「単独の者に、操業効率と各種コンプライアンスの全責任を負担させる」
というタイプの組織であったことも事実です。

そもそも、
「効率性と低コストを追及した工場操業・製品調達」

「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
の両者の実現を同一人の責任とすることは、
「相反する二つの役割を同一人格に追求させる」
という事と同義であり、その結果発生するのは、
「混乱」

「一方の要請の無視」
です。

多くの場合、過酷な操業効率のノルマを負っている工場現場の責任者は、
「一方の要請の無視」、
すなわち、
「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
という要請を無視するという行動にシフトし、その結果、トラブルが発生することになります。

一人の人間に、ある種矛盾する前記両課題の遂行を命じることは、アクセルとブレーキを同時に踏むことを命じるようなもので、結果的にはJCO東海事業所の裏マニュアルのように、コンプライアンスが無視した操業が行われることにつながりかねません。

したがって、現代においては、製造現場の管理体制のの設計上、
「『操業管理』と『コンプライアンス管理』という相反する課題の達成に関して、権限・責任・指揮命令系統を分断し、後者は操業効率に責任を負わない部署に遂行させるべき」
というスタイルが求められるようになってきています。

すなわち、
「操業責任者とは別の、コンプライアンス管理を担う責任者が、効率性に目を奪われることなく現場の細かいところまで管理の目を光らせることを通じて、操業効率とコンプライアンスという矛盾する両課題の止揚的解決が図られるべき」
という考え方が、製造現場の管理体制設計において採用されるようになってきているのです。

次回は、今回の続きとして、製造現場の管理を行う上での各種手法の詳細についてお話して参りたいと存じます。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.064、「ポリスマガジン」誌、2012年12月号(2012年11月20日発売)