00164_ヒトのマネジメント(4)_20120720

連載シリーズ
「仕事のお作法」
ですが、前回から、
「お仕事・各論編」
として、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話しております。

今回は、
「ヒトのマネジメント」
というお仕事の解説の最後として、解雇の仕方を解説します。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)従業員のクビを切る

ア 採用は自由だが、解雇は不自由

労働法の世界では、解雇権濫用の法理といわれるルールがあるほか、解雇予告制度や即時解雇の際の事前認定制度等、労働者保護の建前の下、どんなに労働者に非違性があっても、解雇が容易に実施できないようなさまざまな仕組が存在します。

映画やドラマで町工場の経営者が、娘と交際した勤労青年に対して
「ウチの娘に手ぇ出しやがって。お前なんか今すぐクビだ、ここから出てけ!」
なんていう科白を言う場面がありますが、こんなことは労働法上到底許されない蛮行です。

そもそも、解雇権濫用法理(使用者の解雇権の行使は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することが出来ない場合には、解雇権の濫用として無効になる)からすれば、代表取締役の娘と従業員が交際した事実を解雇理由とすることは濫用の典型事例であり、解雇は明らかに無効です。

仮に解雇理由があっても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定を取らない限り、解雇は1カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払って即時解雇することしかできません。

したがって、上記のような解雇は、理由もなければ手続上も違法なものであり、法的効力は一切ありません。

婚姻関係が
「婚姻は自由だが、離婚は不自由」
と言われるのと同様、従業員雇用も
「採用は自由だが、解雇は不自由」
とも言うべき原則が働きますので、解雇は
「勢い」
でするのではなく、法的環境を冷静に認識した上で、慎重かつ合理的に行うべき必要があります。

イ 裁判所は、ダメ社員の味方

経営感覚と裁判例の大きなギャップを示す事件として、高知放送事件というものが挙げられます。

同事件(最判昭和52年1月31日)では、
「2週間の間に2度、宿直勤務の際に寝過ごし、定時ラジオニュースの放送事故を起こし、放送が10分間ないし5分間中断されることとなり、2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告を提出した際に、事実と異なる報告をしたアナウンサー」
に対する普通解雇について、
「解雇をもってのぞむことはいささか過酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない」
として解雇を無効としています。

「無断遅刻・無断欠勤などした従業員は解雇が当然」
と考えておられる経営者も多いかと存じますが、最高裁に言わせれば、
「無断遅刻無断欠勤くらいで、解雇だの、懲戒だの、とかガタガタ言うな。その程度で解雇なんぞするのは、不合理で、反社会的だ」
ということになってしまうようです。

 恋愛関係も雇用関係も、キレイに関係を清算するには、フるのではなく、フられるようにもっていく

では、スマートにクビを切るにはどのようにするか、というと、従業員側から退職届を出してもらうことに尽きます。

さまざまな規制が及ぶ
「解雇」
とは、あくまで
「嫌がる従業員を無視して、会社の一方的意思表示により雇用関係を消滅させること」
を意味します。

すなわち、会社の一方的都合でラディカルな行為が行われるから、さまざまな解雇の法規制が働くのです。

他方、従業員が自主的に雇用関係を消滅させることはまったく自由であり、そのような形での雇用関係の解消に法は介入しません。

男女の交際関係を上手に解消する手段として、
「こちらからフるのではなく、相手に愛想を尽かせて相手からフらせるようにもっていけ」
なんて方法が推奨されることがありますが、雇用関係の解消もこれと同様に進めれば、カドをたてず所定の目的を達成できる、ということになります。

(5)ヒトのマネジメント・まとめ

以上、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
というお仕事の作法を見て参りましたが、この種のお仕事の作法の基本は、ヒトという経営資源の特性をきちんと把握して、良い物を安く買い、買ったものをうまく使い倒し、不要になったら、モメないように綺麗に処分する、ということに尽きます。

そして、
「ヒトとモノの区別をきっちり付けないと、有益な資産を買ったつもりが、捨てるにあたってとんでもないトラブルを背負い込むになる」
ということも、マネジメントにあたって、頭に叩きこんでおく必要があります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.059、「ポリスマガジン」誌、2012年7月号(2012年6月20日発売)

00163_ヒトのマネジメント(3)_20120620

連載シリーズ
「仕事のお作法」
ですが、前回から、
「お仕事・各論編」
として、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話しております。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(3)採用した人間を如何にうまく使うか

 組織が末期になると、精神論で乗り切ろうとする

前回は、
「人の採用」
がテーマでしたが、今回は、
「採用した人をいかにうまく使うか」
というテーマについて述べてみます。

当たり前の話ですが、ヒトという経営資源を運用するには、
「どのようにして事業を展開すべきか」
という課題を達成するための合理的手段を、科学的な方法で組み立て、これを現実的な行動計画に落とし込み、現場の人間が判別可能な戦術を与えていくことが必要です。

ここで、いきなり歴史のお話をさせていただきます。

第二次世界大戦末期、旧日本軍は、魚雷に兵士を搭乗させてそのまま敵艦に突っ込ませて爆破させる攻撃方法(人間魚雷)や、航空機をそのまま敵艦に衝突させて爆破させる攻撃方法(特攻)を実施させたり、国民には、
「気合があれば、竹槍でB29を落とせる」
等と激を飛ばし、竹槍を扱う訓練をさせたり、と愚にもつかないことを行っていたそうです。

しかし、これは笑い事ではありません。

「ヒトを使う」
という点において、旧日本軍と同じようなことをやっている企業が、現代においても少なからず存在します。

すなわち、日本の多くの中小企業や、業績が低迷している上場企業においては、終戦末期の日本軍のように、科学的方法や合理的・現実的計画に基づかず、気合や根性や精神論で、従業員にできもしないノルマを与えるようなところが見受けられます。

イ 気合による営業が効果的だった時代

とはいえ、日本の戦後産業社会において、
「気合があれば、竹槍でB29を落とせる」
のと同じような激を飛ばし、気合や根性や精神論で従業員に営業活動を行わせることで
「何とかなった」
という時代も、あるにはありました。

30年ほど前までは米ソが冷戦真っ最中で、日本は、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な所業国家として、
「世界の工場」
の地位を築き上げました。

当時、経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

現在のように、マーケティングだの営業戦略だの細かいことをグダグダ考えなくても、気合を入れれば、なんとか需要家がみつかり、あとは押しの一手で在庫を持ってもらうことができる、そんな時代だったのです。

そういう時代においては、能書をたれるよりも、行動こそが重要で、まさしく
「営業は気合」
だったのです。

しかし、冷戦が終了し、世界市場が単一化し、供給が過剰になりはじめました。

東欧諸国や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で「世界の工場」という地位を日本から奪取しにかかります。

加えて、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

ウ もはや、気合だけでは売れない時代

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
というのは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国」
に簡単に負けることを意味するような時代になったのです。

この時代の到来とともに、日本の産業社会は、フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーに会社が生き残れない時代になったのです。

また、消費者規制が強化されるようになり、気合で売ろうとすると、逆に特定商取引法違反で逮捕される。

そんな時代になったのです。

その意味で、
「気合、根性、精神論で営業を展開する企業は、すでに20ないし30年ほど時代遅れの経営を行っているか、特定商取引法に無視ないし経営した経営を指向しているか、のいずれかまたは双方である」
と言えます。

エ ビジネスは気合からサイエンスに

低成長でデフレーションが顕著な現代においては、営業は、データと科学で緻密に戦略をたて、
「細かいことにこだわる戦術」
によって行うことが求められます。

一例を申しあげますと、
「売り上げ=潜在客数×来店率×成約率×客単価(+潜在客数×リピート率×成約率×リピート単価)」
と因数分解されます。

売り上げを伸ばすには、潜在客数を増やすか、来店率を上げるか、成約率を上げるか、客単価を上げるか、のいずれかの方法によるしかありません。

すなわち、売り上げが低迷している場合、
(ア)単価が減少しているのか、
(イ)成約率が悪いのか、
(ウ)来店率が悪いのか、
(エ)リピート率が下がっているのか、
(オ)潜在客数が減少しているのか、
(カ)そもそも市場自体が構造的に縮小傾向にあるのか、
を分析した上で有効な手を打つべきなのです。

科学的なアプローチを行って合理的な手順段取りで進めていかない限り、いたずらに
「気合」
「根性」
と叫んだところで、営業はまともに機能しません。

オ 人を動かすためには、指示は具体的に行うべし

かつて山本五十六は、
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
と言ったそうです。

海軍のような指揮命令系統が整備されていて、最終目標が
「純軍事上、敵に勝つ」
という単純明確な組織ですら、このような状況です。

「人にモノを買わせる」
という複雑で難しいミッションを有する企業においては、なおさら、現場への指示は、合理的で、細かく、具体的で、再現性がないと組織は動きません。

ハウステンボスを建て直したHISの澤田社長は、建て直しを行う際、
「『10%売り上げを上げろ』『利益を5%上げてこい』等という指示を出しても、現場には理解できない。現場への指示は明快で具体的であるべきだ。そこで『移動であれ、会議であれ、作業するのであれ、話をまとめるのであれ、すべて10%スピードアップをしてくれ』という指示を出したら、組織運営が効率的になった」
ということを言っておられました。

このように、ヒトという経営資源を効率的に活用する上では、精神論、根性論ではなく、
「現場に対して確実に伝わる、現実的で合理的な指示」
を行うことが重要なのです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.058、「ポリスマガジン」誌、2012年6月号(2012年5月20日発売)

00162_ヒトのマネジメント(2)_20120520

連載シリーズ「仕事のお作法」
は、前回から、
「お仕事・各論編」
の中で、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話しております。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(2)どんな人間を採用すべきか

前回
「従業員を採用するということは、約3億2000万円の買い物をするのと、同じである」
というお話をしました。

買い物と同様、採用も、
「安くていい買い物ができる」
こともあれば、
「使えない物を高値掴みさせられる」
ということもあります。

そこで、今回は、
「企業として、どんな人間を採用することが発展につながるか」
ということをみていきたいと思います。

成長を続けるような企業は、採用の際、どのような点を意識しているのでしょうか。

皆様御存知のリクルートという企業があります。

1960年創業の同社は、就職情報サービス大手として成長し、現在、就職情報に限らず総合情報サービス産業として発展・成長を続けていますが、若手社員でも自由に事業を起こすことができる開放的な社風で有名な企業です。

同時に、起業家を輩出する企業としても有名で、多くの新興企業のトップや幹部にリクルート出身者が存在します。

「リクルートがこのように人材豊富な企業であり続けるのは、同社の採用方針に秘密があるのではないか」
と思い、ある酒席の場でリクルート出身の方に
「リクルートにおいて、採用の秘訣のようなものがあるのか」
と聞いたことがあります。

そのリクルートOBの方曰く
「リクルートとして、“このプロファイルの学生が来たら、絶対採用する”というスペックがある」
ということでした。

そして、その“絶対採用する学生のスペック”なるものを聞いたところ、
「まず、一番が、東大ボート部出身者。次が、東大陸上部で長距離をやっていた人間。これがリクルートの求める最高スペック」
というお話でした。

その理由を聞いたところ、
「企業でやっていくにはある程度アタマの良さは必要。ただ、大学生のアタマの良さなんて言ってもタカが知れているし、そんなものを振り回しても企業ではやっていけない。アタマの良さ、プラスアルファがいる。その意味では、難しい試験クリアして東大に入ったにもかかわらず、ボート部に入ったり、長距離走やっている連中って、『地アタマがいいのに、単純作業の繰り返しもできる』という、ある意味、すごい才能を持っている。こういう”振り幅の大きい人間”こそ、リクルートは求めている」
とのこと。

この方ご自身は随分前にリクルートをお辞めになっており、したがって、今でも同社において上記のような採用基準があるかどうかはわかりませんが、話自体は、なるほど、と思わせる内容です。

社会を渡っていくには、もちろん最低限の知性は必要になります。

しかしながら、社会には理不尽なことがそこらじゅうに蔓延しております。

学生時代に獲得した机上の知識など何の役にも立ちません。

そもそも、世の中において本当に重要なことは、本には書いていないことがほとんどであり、やっていくうちに体で覚えるようなことばかりです。

社会の理不尽なことに遭遇する度に、

「いちいち立ち止まって考えてしまう」
という姿勢では、企業という社会に適応できません。

その意味では、
「がむしゃらに勉強して東大に入学しておきながら、大学に入ったら、一転、これとは真逆の、『ひたすらボートを漕ぎ続ける生活』や、『ひたすら長距離を走り続ける生活』にシフトし、これを4年間、嬉々として続けられる」
という連中の柔軟性や適応能力の高さは、尋常ではありません。

その意味では、一見乱暴でいい加減に見える上記のリクルートの採用基準は、企業として採るべき採用戦略の本質を全く外していません。

会社の仕事というものは、企業毎に大きく異なりますし、部署によっても全く違います。

「会社でどういう仕事をするか」
ということは、市販の本をみても書いていませんし、仕事のマニュアルなど整備していない会社もザラにあります。

もちろん大学に行っても、例えば
「三菱商事生活産業グループ繊維本部・仕事概論Ⅰ」
なんて講座はあるはずもなく、学校では仕事のやり方など一切学べません。

その意味では、
「中途半端にアタマがよく、中途半端な知識があり、自分の乏しい経験や狭い常識で、物事を考えてしまう人間」
は、企業にとって有害無益なのです。

むしろ、ある程度の知能と要領があることは前提として、
「どんな環境における、どんな業務であっても、まずはやってみて、体で覚えて行き、しかも、これを楽しく取り組める」
という適応力の高さこそが、企業の仕事を遂行する上で重要な資質となります。

したがって、企業として、人材を採用するにあたっては、
「(最低限の)知能や要領を測定する」
という意味で学歴もそれなりの指標となり得ますが、学歴だけを頼りに採用を決定するのはあまりにも危険であり、適応性・柔軟性こそをきちんと評価すべき、と考えられるのです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.057、「ポリスマガジン」誌、2012年5月号(2012年4月20日発売)

00161_ヒトのマネジメント(1)_20120420

連載シリーズ「仕事のお作法」
は、
「お仕事・各論編」
の中で、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話して参りたいと思います。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(1)採用を慎重に行うべき理由

職場で使用しているパソコンが壊れてしまい、起動すらできない状態となり、修理センターに持ち込んでも、
「修理不可能」
と言われた場合、皆さんはどうなさいますか? 

壊れて使い物にならないパソコンを後生大事に保管しておくでしょうか?

こういう場合、たいていの企業はパソコンをさっさと廃棄処分にするはずです。

では、次に、企業に勤める従業員が、いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した場合はどうでしょうか?

「さっさと」廃棄、いや、解雇処分できるでしょうか?

答えはNOですね。

結婚において
「結婚は自由だが、離婚は不自由」
などと言われるのと同様、法律上、雇用に関しても
「採用は自由だが、解雇は不自由」
というべきルールが存在します(解雇権濫用法理、労働契約法16条)。

上記のような法律の規定に従う限り、
「いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した」
くらいでは解雇はできません。

すなわち、
「モノ」
であるパソコンと違い、
「ヒト」
という経営資源(すなわち労働者・従業員)については、労働契約や労働基準法を筆頭とする労働法制が従業員に対して徹底した法的保護を与えており、企業に対しては
「一旦雇用したら最後、原則として定年で退職いただくまで解雇は不可能」
という、過酷なまでの対応が義務づけられています。

パソコンになぞらえると、
「一度購入したら最後、『壊れて使い物にならない』状態になろうが、年間何百万円というメンテナンスフィーを支払って、後生大事に数十年間保管し続けなければならない」
というのと同様のことが、企業に求められるのです。

平均的な大卒新入社員を例にとって考えます。

企業が、大卒新入社員を、一旦採用すると、23歳で入社し、(入社から定年直前までをざっくりと平均した年間所得としてみて)年間約500万円定年を迎えるまでの間の約40年間、支払続ける羽目になるのです。

さらに、この社員に対しては、机や椅子やパソコンやオフィススペースや諸々用意しなければならず、この費用として、さらに年間300万円ほどかかります。

このように考えると、
「従業員を採用する」
ということは、
「(500万円+300万円)×40年」、
すなわち
「約3億2000万円の買い物をする」
ということと同義であることに気がつきます。

一般に大企業は、新卒社員の採用について、異常なまでの時間とコストとエネルギーをかけます。

すなわち、壊れたパソコンを買い換える場合、適当に調べて1日2日で調達購入します。

他方、新卒採用については、
「3、4億円の高額不動産を購入する」
といった趣で、約1年の時間をかけて、調査し、何度も考え直しながら慎重に判断します。

これは、大企業が、
「従業員の雇用」
という経営資源調達活動が、
「超高額なお買い物である」
ということをきちんと理解しているからです。

他方、中小企業は、実にいい加減に雇用上の意思決定をします。

人手不足になると、すぐ採用数を増やそうとしますし、採用のプロセスもいい加減で適当。

特に、中途採用に至っては、面接して、
「ウン、気に入った。明日からすぐ来れる?」
のような実にイージーに行います。

こうやって、無定見に人を増やした挙げ句、やれ
「こいつは思ったほど使えない」
「受注が減ったので従業員はこんなに一杯要らない」
と言って、使えなくなったパソコンを廃棄するような感覚で、すぐにクビを切ろうとします。

前世紀においては、いまだ労働法における解雇禁止則の世間への認知浸透が不十分であり、
「使えないからクビ」
などと言い渡された従業員側も、あきらめて自主的に退職し、次の就職先を探すため、とっとといなくなってくれました。

ところが、最近は、
「採用は自由だが、企業側からの解雇は原則不可」
というルールの認知が世間に浸透しはじめており、
「能力不足」
などの適当な理由で安易にクビを切ろうとしても、従業員は応じてくれません。

無理に解雇しようとすると、裁判所に労働審判を申し立てられたり、最悪、合同労組に駆け込まれて赤旗が立ち、大きなトラブルに発展します。

ポイントとしては、実に簡単な話です。

同じ経営資源でも、パソコンのような
「モノ」
と、
「ヒト」
とは、廃棄ないし処分のルールに明確な違いがあり、したがって、採用は慎重に行わなければならない、ということです(この点、中小零細企業の経営者は、「ヒト」と「モノ」の区別がついていない、ということが言えます)。

かなりネガティブな話ばかりしましたが、もちろん、もっと前向きな意味もあります。

企業というものは、あくまで人が動かすものであり、
「ヒト」
という経営資源をうまく組み合わせることにより、
「モノ」

「カネ」
のオペレーションの何倍、何十倍もの収益を産み出してくれます。

そこで、次に、
「企業として、どんな人間を採用することが発展につながるか」
という話につながるのですが、誌面の関係で、この点は、次回に譲りたいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.056、「ポリスマガジン」誌、2012年4月号(2012年3月20日発売)

00160_企業の意思決定(5)_20120320

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(4)内部統制のお仕事

内部統制あるいはコンプライアンスを進めるために行うべき3つの具体的タスク、(ア)教育・研修、(イ)違反の検知及び(ウ)違反者の制裁、のうち(ア)と(イ)を前々回前回とお話しさせていただきましたが、今回は、
「(ウ)違反者の制裁」
についてお話します。

(ウ)内部統制・コンプライアンスの実効性を担保する手段としての違反者の制裁

企業であれ軍隊であれPTAであれサークルであれ暴力団であれ、およそ組織というものには、
「ルール」

「ルールの実効性を担保する仕組み」
というものが必要です。

「ルールなき組織」
は組織として維持・継続できません。

ルールがあっても、組織のメンバーが誰もルールを守らなければ、結局は、そのような組織は
「ルールなき組織」
と化し、やはり、組織は瓦解します。

ここで、
「ルールの実効性を担保する仕組」
とは、端的に言いますと、ルール違反者をきっちりと制裁することです。

話は少しそれますが、刑法あるいは刑事政策において
「目的刑論」
という議論があります。

これは、
「刑罰はどういう目的で科せられるのか」
という問題に対するもので、
「刑罰は、犯罪を抑止する目的で作られ、運用されるシステムである」
という考え方です。

少し敷衍(ふえん)して申し上げますと、国家が刑法に違反した者(犯罪者)に刑罰を科すのは、

・「犯罪者に対して実際に処罰を執行することにより、刑罰法規が有効に機能していることをデモンストレートし、このことを通じて、犯罪を計画する者たち(犯罪者予備軍)に対しては直接的な威嚇をなし、一般市民に対しては法への信頼(法確信)を植えつける」目的(一般予防目的)

や、

・「犯罪者に刑罰を科すことを通じて、当該犯罪者を教化して再犯に陥らせないようにするため、あるいは、犯罪傾向が強い者を社会から一定期間隔離することを通じて、一般社会に悪影響が生じないようにする」目的(特別予防目的)

を達成するためである、等と説かれます。

この理屈は、内部統制やコンプライアンスにもあてはまります。

すなわち、内部統制やコンプライアンスを健全に機能させるためには、違反者を厳格に制裁することを通じて、不心得者やその予備軍を教化・威嚇するとともに、真っ当なカタギの社員に
「ウチの会社はしっかりした会社だ」
という安心感を植えつけることが必要である、というわけです。

ところで、日本の多くの企業は、内部統制やコンプライアンスの重要性を説くものの、実際、違反者が出た場合の対応が実にヘタクソです。

企業の中には、やり方がわからないのか、あるいは単に面倒なのか、法令・定款・その他内部諸規程に違反する者が出ても、制裁に躊躇し、そのまま放置してしまうところが少なからず存在します。

こんなことをしていると、ますます箍(たが)が緩んで、同種の違反が再発しますし、ルールを守る真面目な社員もアホらしくなってしまい、組織への信頼感・帰属感を喪失し、やがて組織は瓦解していきます。

また、逆に、違反が生じれば、細かい理由を抜きにして、闇雲かつ拙速に違反者を厳しく制裁してしまおう、という企業もあるようですが、こちらはこちらで問題です。

つい最近、某プロ野球球団のコーチ人事に絡んで、球団社長と球団親会社の実力者が、互いに
「コンプライアンス違反だ」
と罵り合って、訴訟沙汰にまで発展する事件が発生しました。

この事件をみると、
「“コンプライアンス違反”というあいまいな処分理由がいかに捉えどころがなく、扱いが難しいか」
を物語っています。

すなわち、
「コンプライアンス」
という得体の知れない抽象的なものは、それ自体、制裁の根拠足り得ません。

言い方を変えれば、仮にも役員や職員を処分し制裁を加える場合、
「コンプライアンス」
などという人によって定義が異なる曖昧なものではなく、法令なり定款なり就業規則に明記された義務の根拠を特定し、これをもとに議論する必要があるのです。

また、違反者を解雇しようとする場合、解雇するに足る明確な理由(就業規則違反)を特定するとともに、
「違反事実と処分内容の適正なバランス」
が求められます。

ちなみに、内部統制やコンプライアンス上のルール違反者を辞めさせようとしても、現在の判例実務を前提にすると、よほど酷い違反でないと解雇は認められません。

例えば、高知放送事件があります。

ラジオ放送会社が
「2週間の間に2度、宿直勤務の際に寝過ごし、定時ラジオニュースの放送事故を起こし、放送が10分間ないし5分間中断されることとなり、2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告を提出した際に、事実と異なる報告をした」
という“コンプライアンス”上あり得ないアナウンサーに対して普通解雇したことの是非が争われました。

この点、最高裁は
「解雇をもってのぞむことはいささか過酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない」
として解雇を無効とし、非常識極まりないアナウンサーを救済し、処分した会社側を非難しています。

以上をふまえると、
「コンプライアンス違反で解雇だ!」
という世上よく言われる趣旨のことを実施しようとしても、
「解雇理由は明確ではないし、解雇処分も不相当であり、解雇は無効。逆に、解雇した会社の方こそ、重篤な労働基準法コンプライアンス違反だ」
などと言われかねません。

以上のとおり、内部統制もコンプライアンスを健全に確立する上では、違反者に対してきっちり制裁しておくべき必要はありますが、他方、違反者処分の実際の現場では、労働基準法等をよく調べた上で慎重に行わないと後で大恥をかいて、組織の規律が却っておかしくなってしまいますので、十分な注意が必要です。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.055、「ポリスマガジン」誌、2012年3月号(2012年2月20日発売)

00159_企業の意思決定(4)_20120220

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(4)内部統制のお仕事

内部統制あるいはコンプライアンスを進めるために行うべき3つの具体的タスク、(ア)教育・研修、(イ)違反の検知及び(ウ)違反者の制裁のうち、前回
「(ア)教育・研修」
についてお話させていただきました。

今回は、
「(イ)違反の検知」
についてお話します。

(イ)内部統制・コンプライアンスを実施するための法令違反の検知

フィリップ・ジンバルドという心理学者が、匿名状態にある人間の行動特性を調べる実験を行ったそうです。

その結果、
「匿名性が保証され、責任が分散されているといった状態におかれた人間は、自己を規制する意識が低くなり、衝動的・非合理的行動が現われ、周囲に感化されやすくなる」
という心理学上の理論が導かれたそうです。

これは経験上も理解できる話です。

ある社会において
「ルール違反をしても、皆見て見ぬふりをするし、誰からも咎められることはない」
という環境を作った場合、その社会はどうなるか。

宗教家の方などは、
「善なる本質を有する人間は、外部の強制規範などなくても、自己を律して行動するので、その社会は健全に発展する」
などという話をするかもしれませんが、現実は、前述の心理学の実験のとおりであり、
「皆、やりたい放題、ルール違反をしだし、その結果、秩序を保てなくなり、社会自体が崩壊する」
ということになります。

かつて、
「終身雇用」
を謳い、企業と従業員は、“擬似家族”の関係を形成していました。

この時代、鎌倉幕府における
「御恩と奉公」
が如く、
「従業員が企業に永遠の忠誠を誓い、企業が死ぬまで従業員の面倒をみる」
という世界的にみても特殊な企業文化が存在していました。

「終身雇用は絶対」
「企業と従業員は家族」
等と言われた牧歌的な時代においては、
「親」
とも言うべき企業を害するような不心得者の従業員は少なく、企業側が口うるさく指導しなくとも、従業員は指揮命令や法令を遵守し、企業という小さな社会は平和で健全でした。

ところが、現代の日本企業社会においては、終身雇用制は崩壊しつつあり、企業と従業員の関係は、労働力とカネを交換するドライな取引関係となってきています。

実際、新人社員は少しでも気に食わないことがあるとすぐに企業を辞めますし、企業側も業績が悪化すれば平然とクビを切ろうとします。

そのような状況において、内部統制・コンプライアンスを推進し、企業という社会を健全に保つためには、
「従業員が相互に監視しており、ルール違反をすると、常にチクられる」
という環境が絶対必要になります。

「密告」

「チクリ」
というと非常にネガティブな印象をもたれがちですが、前述の心理学の理論のとおり、
「ルール違反をしても、皆見て見ぬふりをするし、誰からも咎められることはない」
という状況を放置することの方が企業という社会にとって危険です。

このような前提の下、企業において内部統制・コンプライアンスを推進するため、現在、多くの企業が、内部通報制度を整備・運用し、企業内部の各種規則違反や法令違反行為の検知に努めています。

「内部通報制度の整備・運用をする」
という仕事は、企業という社会が健全性を保って発展していくために極めて重要な仕事ですが、他方、
「密告」

「チクリ」
に関わる仕事という側面もあり、誰もが忌避したがる仕事です。

こういう仕事を進めていく上では、感情を入れず、機械的に行うことが肝要です。

また、内部の人間が行うとバイアス(偏見)が入り込む場合があるので、外注を効果的に使うことも必要です。

それと、内部通報制度を用いるにあたっては、その限界も踏まえておく必要があります。

まず、内部通報制度は、あくまで中管理職の非違行為を、通常のコミュニケーションラインではなく、(通報窓口を通じて)トップに直接知らしめ、内部の膿をあぶり出するものですが、トップマネジメント自身が違法行為をする場合、違法の検知・是正することは困難となります。

最近、光学機器メーカーのオリンパスにおいて、歴代トップが長年にわたって粉飾決算を重ねていたことが明るみになりましたが、内部通報制度がトップマネジメント以外の従業員・中管理職の違法を検知するものである以上、どんなに内部通報制度を充実させようが、トップマネジメント自身の不祥事は検知できませんし、是正は期待できません。

また、内部通報制度は、密告・チクリの類を推奨するものであり、その運用の成果は、密告する側、チクる側の利用モラルに異存します。

すなわち、内部通報制度を整備・運用すると、(特に)人事異動時期が近づくにつれ、嫌がらせの通報が増加する傾向が見られます。

この種の通報は、そもそも通報事由に該当しないような誹謗中傷の場合が多く、この種の
「ナンセンスレポート」
を効果的に排除していく工夫も必要になります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.054、「ポリスマガジン」誌、2012年2月号(2012年1月20日発売)

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2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(4)内部統制のお仕事

前回、企業組織運営の意思決定に関するお仕事の中で、企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事、すなわち、
「(ア)誰がボスかを決め、(イ)企業を運営する方針を決める」
というお話をさせていただきました。

今回は、内部統制、すなわち
「(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる」
というお仕事についてです。

内部統制と似たもので、最近よく耳にする経営課題としてコンプライアンス(法令遵守)というものがあります。

内部統制もコンプライアンスもほぼ同じ概念なり経営課題として考えていただいて差し支えありません。

内部統制が
「企業の方針」

「企業の実際のオペレーション」
の整合性を確保する活動とすると、コンプライアンスは
「各種法令」

「企業の実際のオペレーション」
の適合性を確保するための活動と整理できます。

とはいえ、企業の方針が法令に適合したものであることが当然求められる以上、内部統制もコンプライアンスも、
「企業の現実の活動を法令及び定款に合致したものにする」
という点において、目指す方向は同じといえます。

内部統制あるいはコンプライアンスを進めるために行うべき具体的タスクとしては、
(ア)教育・研修
(イ)違反の検知
(ウ)違反者の制裁
といったものが挙げられます。

以下、これら各仕事の進め方や作法をみてまいります。

(ア)内部統制・コンプライアンスのための教育・研修

まず教育・研修についてですが、内部統制やコンプライアンスの教育研修は、一般の学校教育とはまったく異なります。

一般の学校教育が知的水準や教養レベルの向上を目的とするものであり、受講者側の知的能力が問題とされるのに対し、内部統制やコンプライアンスの教育研修の目的は、
「(誰でも使える)インフラとしての法制度や仕組」
を理解させることであり、受講者側の知的能力はさして問題になりません。

すなわち、四則演算や微積分や物理法則等といった社会活動と隔絶した自然科学法則を学術的に教える学校教育とは異なり、制度や社会のルールを理解させるための内部統制教育やコンプライアンス研修は、言語と社会常識を理解できる人間であれば、誰でも身につくものです。

ちなみに、法律学や会計学は一応
「学問」
とカテゴライズされており、これらを教える教育機関や教育者も整備されていますが、法律や会計は、たんなる制度あるいは取決めであって、学術性は皆無であり、法律“学”や会計“学”という言い方はやや誤解を招きます。

実際、会計というシステムについては、
「特定の大学の特定の学部でしか学べない学術分野」
というものではなく、商業高校にいる素行にやや問題のある学生でもフツーに勉強していますし、中学しか出ていない方でも仕事で決算を組むことは可能です。

法律についても同様で、ロースクールに通わなくとも、予備校で勉強した学部生が大量に司法試験予備試験(ロースクール卒業資格試験)を取得しています。

おそらく、単なる制度やシステムにすぎない法律や会計が、
「学問分野として整理され、あたかも特定の高等教育機関でしか教えられない学術性の高い領域」
とされているのは、これらの教育に携わる大学関係者へ配慮した結果だと思われます。

話を元に戻しますが、内部統制やコンプライアンスのための教育・研修は、ルールの重要性を理解させることがゴールになります。

ルールの重要性を理解させることがゴールといっても、
「このルールは大切だ」
「このルールはきちんと守れ」
等と大声で連呼したところで、睡眠を誘うだけであり、教育研修の効果は期待できません。

「規則教育」
の最も成功したモデルは、自動車教習所の学科講習です。

自動車教習所には、社会常識と健全な規範意識を有した学生や社会人に加え、反社会性が顕著な非行少年や虞犯(ぐはん)少年も多数訪れます。

後者のような
「常識や規範意識がやや希薄な集団」
に規則教育をするのは至難の業ともいえますが、多くの自動車教習所では相応の教育効果を挙げています。これはどのような方法によるのでしょうか。

学校教育すらなじまないこの種の方々に通り一遍の規則教育したところで誰もまともに聴講するはずがありません。

しかしながら、彼ら・彼女とて、規則違反をした結果として加えられる実害やペナルティには極めて敏感です。

そこで、自動車教習所では、学科講習の際、スピード違反をした結果として発生する悲惨な事故状況を臨場感あふれる形で撮影した写真のスライドをみせたり、道路交通法に違反した場合や業務上過失により他者を死傷させた場合の各種責任(民事責任、刑事責任のほか免許停止や免許取消等の行政上の責任)を強調し、このような
「ルール違反に伴う結果の悲惨さ・重篤さ」
をビビッドに理解させることを通じて、ルールの重要性を理解させています。

学校の授業で教師が話す内容には一切聞く耳をもたないような連中も、
「車やバイクが大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真」
は刮目して見ますし、
「交通刑務所での服役状況の話や、大枚はたいて取得した免許が停止・取消になるような実害を伴う話」
についてはきっちり理解しようと努めるものです。

内部統制教育やコンプライアンス研修も、上記と同様のことがあてはまります。

学術的な内容やルールの社会的背景を解説するタイプのアカデミックなプログラムは目的と完全にずれていますし、個々のルールを詳細に解説したところで、受講者が睡眠し、体のいい休息時間と化すだけです。

内部統制やコンプライアンスに関する教育・研修は、交通教育において
「車が大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真の提示」

「交通刑務所での服役状況・処遇状況の教示」
に対応するようなもの、例えば、
「横領・背任、談合、インサイダー取引等のルール違反をした場合に、どのような過酷な状況に陥るか」
ということを具体的かつリアルに説諭することこそが、ルールの重要性を理解してもらう上でもっとも効率的で合理的な方法といえます。

以上、内部統制・コンプライアンスという課題におけるタスクとして、
「(ア)内部統制・コンプライアンスのための教育・研修」
というお仕事の進め方をみてまいりました。

次回は、この続きとして、
「内部統制・コンプライアンス上のタスクとしての(イ)違反の検知、(ウ)違反者の制裁」
について解説したいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.053、「ポリスマガジン」誌、2012年1月号(2011年12月20日発売)

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2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(2)企業組織運営上の意思決定に関するお仕事を担う部署

前回、企業組織運営の意思決定に関するお仕事としては、大きく分けて、
(ア)誰がボスかを決め、
(イ)企業を運営する方針を決め、
(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる、
という課題があり、上記(ア)及び(イ)が企業統治(コーポレイトガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、(ウ)が内部統制という呼ばれる経営課題として整理される、と述べました。

株式会社においては、(ア)や(イ)の経営課題が株主総会や取締役会という法定の意思決定機関で行われますので、(ア)や(イ)の仕事としては
「会社法に基づき、株主総会や取締役会を“仕切る”」
というものがその内容となります。

そして、これらの仕事は、総務部や法務部といった部署が担うことになります。

また、(ウ)については、比較的新しい経営課題ですが、法務部や内部監査室といった部署が担っているようです。

(3)企業統治というお仕事

ここで、前記(ア)及び(イ)のお仕事、すなわち企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事のポイントを述べてまいります。

先ほど申し上げたとおり、企業統治のお仕事の実際は、
「会社法に基づき、株主総会や取締役会を“仕切る”」
ということに尽きるのですが、
「“仕切り”が甘かったりすると、ボスが決まらなかったり、会社運営の基本方針が混乱し、会社を揺るがす大きなトラブルに発展する」
という意味で、非常に重大な任務であり、担当者は大きなストレスを抱えるようです。

ところで、株主総会や取締役会を仕切る法務部や総務部の責任者がストレスを感じるのは、
「会社法や会社紛争裁判例の知識が不足しており、あるいは紛争処理の経験がないため、異常事態や例外事象に対応できないから」
という事情のようです。

とはいえ、会社法や会社紛争裁判例の知識がなかったり、紛争処理の経験値が乏しい、と感じているのであれば、別に自分たちでウジウジ悩む必要はなく、会社のカネを使って外部から調達すればいいだけです。

「社会人の仕事」

「学生の勉強や試験」
との最大の違いは、社会人が仕事を進める場合、学生の勉強や試験と違って
「カンニングや替え玉受験やレポート代筆等がすべてOK」
という点です。

すなわち、学生時代においては、勉強や調べ物や宿題やレポートはすべて自力でやり遂げるべきものであり、
「家庭教師にカネを払って代わりにやってもらう」
などということは言語道断であり、また、試験でカンニングしたり、替え玉に受験させたりするのは、犯罪行為とされます。

しかしながら、社会人が仕事を進める上では、
「『自分たちだけでやり遂げる』ことにこだわり、ロクに知識もない素人が何ヶ月かけてグズグズ議論する」
という方が給料の無駄であり、会社にとって有害です。

むしろ、迅速かつ適価にて、外部のプロから必要な資源を調達することこそが仕事のあり方として求められます。

法務部や総務部に配属される方は、どちらかというと生真面目な試験秀才タイプが多く、
「“仕事”と“お勉強”の違いがわかっておらず、企業統治という純経営課題を学究課題と勘違いし、時間がかかっても自力で調査する」
という無駄で非効率な方向性に向かいがちです。

無論、自力で正しい解決に辿りつければいいのですが、情報や経験の不足から、方向性を誤り、
「時間をかけた挙句、仕切りをミスって、会社に大きな迷惑を被らせる」
という悲惨なチョンボをしでかすこともままあります。

企業統治というお仕事、すなわち、
「会社法に関する専門的知見に基づき、株主総会や取締役会を上手に仕切る」
という課題処理は、要するに、
「弁護士という“外注業者”をいかに上手に、適価で使い倒すか」
という点がポイントになります。

無論、最終的な社内ジャッジをする際には法務部や総務部の社員プロパーの仕事になるとしても、ジャッジに至るまでの大部分の情報は外注処理で賄えば足りる話です。

バカもハサミも弁護士も使いようです。

「学生時代の勉強のように、カンニングや替え玉受験なしで、自力でなんとかしなければ」
と考えて無駄なストレスを抱え込むことなく、外注業者をうまく使いこなすことにより、ラクに、楽しくこなせる仕事にすることができるのです。

以上、企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事の進め方の要諦をみてまいりました。

次回は、内部統制というお仕事の進め方を述べてまいります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.052、「ポリスマガジン」誌、2011年12月号(2011年11月20日発売)

00156_企業の意思決定(1)_20111120

実際の企業運営現場に即した
「お仕事・各論編」
に入っております。

その前提として、前回前々回と、企業の生態分析を行いました。

今回から、
「企業組織運営上の意思決定に関わる仕事の進め方・段取り」
についてお話ししていきたいと思います。

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(1)企業組織運営上の意思決定に関する課題

組織体である企業には、様々な思惑をもった利害関係者が集まります。

株主は株主としての思惑をもって企業に参加しますし、経営者は経営者なりの考えがあります。

一括りに
「株主」
といっても色々な種類の株主がいます。

株を長期間保有する株主もいれば、
「午前中に株式を購入したら午後3時までにはすべて売っ払って株主でなくなる」
というトレーダーもいます。

「企業の組織運営についての株主の考え」
といっても、その具体的内容は株主ごとに異なります。

というか、そもそも
「株価の動向には関心があるが、企業の組織運営なんぞ全く興味がないし、どうでもいい」
という株主も相当数存在します。

とはいえ、企業も組織である以上、
(ア)誰がボス(トップ)かを決め、
(イ)企業を運営する方針を決め、
(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる、
ということが必要になります。

上記(ア)及び(イ)が企業統治(コーポレイトガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、(ウ)が内部統制と呼ばれる経営課題です。

(ア)のトップの選出については、株主総会で出資口数に比例した多数決(資本的多数決)により取締役を選出します。

そして、取締役会における多数決で、企業のトップ、すなわち代表取締役が選出されます。

企業運営が正常に行われている場合、
「トップは誰か」
という企業組織の根本的な事柄が曖昧になったり、モメたりするようなことはまずありません。

しかしながら、現実の企業社会においては、
「トップは誰か」
という企業組織運営において根本的な事柄をめぐって激しい紛議が生じることがあります。

古くは老舗百貨店三越の社長解任劇(1982年、三越の取締役会において、突如発議された代表取締役解職決議案が満場一致可決成立し、当時のワンマン社長が、取締役全員に裏切られる形で、非常勤取締役に降格させられた事件)が有名です。

また、最近では、総合電機メーカー富士通の“お家騒動”(辞めたはずの前社長が「オレは辞任した覚えも、解任された覚えもない。反社会的勢力と付き合いがあった云々は事実無根の因縁だ」という趣旨の反論を展開し、訴訟沙汰になった)など、企業が
「誰がトップなのか、明確に定まらない」
という異常事態に陥ることがあるのです。

また、(イ)企業の経営方針についても、大きな混乱が生じることがあります。

“ホリエモン”こと堀江貴文氏が率いるライブドアがニッポン放送の株を買い占めて同社筆頭株主に踊り出た際、筆頭株主たるライブドアとニッポン放送経営幹部とで企業経営の基本方針をめぐって重篤な対立が生じ、これがきっかけとなって訴訟沙汰に発展したことは記憶に新しいところです。

また、“モノ言う株主”として名を馳せた村上世彰氏率いる村上ファンドは、多数の株式を取得した会社に対して
「会社を解散し財産を株主に配当せよ」
「会社所有のプロ野球球団を上場したほうがいい」
など、現経営陣の策定した経営方針に強烈に異議を唱え、大きな議論を呼びました。

このように、企業において
「株主と経営陣の間で紛議が生じ、経営方針が定まらず、混乱する」
ということも起こり得るのです。

(ウ)の内部統制についても同様です。

企業の組織内部が適正に統制されていれば、企業トップが定めた組織運営方針は、組織の末端に至るまで適正に遵守されます。

しかしながら、
「企業トップあるいは上層部が策定した組織運営方針を、現場の従業員が無視あるいは軽視し、法令違反その他の重大な事件や事故に発展する」
という事態がしばしば起こります。

旧大和銀行ニューヨーク支店において現地トレーダーが独断で巨額投資を行って莫大な損失を発生させた事件や、総会屋への利益供与事件や談合やカルテルなど、現場が暴走して、内部統制上のトラブルを惹き起こすケースは枚挙に暇がありません。

以上のとおり、
「企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現」
という基本中の基本といえる企業活動といえども、一筋縄では行かず、コーポレイトガバナンスあるいは内部統制に関する様々な課題に直面することになります。

そして、
「企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現」
に関する各課題を処理し、あるいは対応するため、多くの仕事が発生することになります。

このようにして
「『企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現』に関して、企業においてどのような仕事が存在し、それら仕事を合理的・効率的に処理するためには、どのような作法や段取りで処理していくべきか」
という話につながるのですが、これらの点は次回以降に譲りたいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.051、「ポリスマガジン」誌、2011年11月号(2011年10月20日発売)

00155_企業とは(2)_20111020

前回から実際の企業運営現場に即した仕事のお作法を述べる
「仕事のお作法・各論編」
に入っておりますが、各論・序論として、
「そもそも企業がどのように運営されているか」
ということをザックリと概観しております。

1 仕事を通じて奉仕する対象である「企業」とは

(3)企業の生態その2・経営資源の調達と活用

経営の基本方針やこれを実現する代表者や執行者が決まって、内部統治体制(ガバナンス)が整った企業は、次の段階として、経営資源を調達し、あるいは調達した経営資源を活用する、という活動に移行します。

ここにいう経営資源とは、よく言われる、ヒト(労働力)・モノ(設備や原材料)・カネ(資金)のほか、第4の経営資源と言われるチエ(技術・情報・ブランド)が挙げられます。

すなわち、企業は、資本を募ったり融資を得たりしながら資金を調達し、集めた資金で労働者を雇い入れたり設備や原材料を購入し、これらを活用して製品や商品を作り出したりサービス提供体制を整えたりします。

さらに、研究開発や情報収集を通じ、技術、ノウハウやブランドを創造・確立するとともに、企業経営の様々な局面でこれらを活用していきます。

このように、企業は、さまざまな経営資源を調達・活用しながら、製品・商品やサービス提供体制という形で、企業内部に付加価値を創出し、蓄積していくことになります。

ただ、
「付加価値を創出し、企業内部に蓄積する」
というだけでは企業活動としては不完全といえます。

企業は、次の段階として、自己の内部に蓄積した付加価値をキャッシュに転化させるための活動を行うことになります。

(4)企業の生態その3・営業活動

「自己の内部に蓄積した付加価値をキャッシュに転化させる」
という企業の生態ないし活動は、一般的に営業活動と呼ばれます。

なお、会計の世界では、
「営業活動によって、企業内部で格納されている商品在庫やサービス提供体制が、キャッシュに変わっていくプロセス」

「収益の実現」
と定義したりします。

営業活動によって、
「商品等がカネに転化し、そのカネが再び、経営資源として活用される」
というサイクルが生まれますが、この循環的な生態を繰り返すことにより、企業は継続して発展していくことになるのです。

ところで、営業活動は、営業ターゲットの属性によって、B2BとB2Cの2種に分類されます。

B2Bとは、“Business to Business”の略称であり、企業間取引、あるいはコーポレートセールス(ホールセール)を指します。

これに対して、B2Cとは、“Business to Consumer”の略称であり、消費者向営業、あるいはコンシューマーセールス(リテール)を指します。

このような分類がなされるのは、前記2種の営業は、採用される戦略・戦術も、活動の上で服すべき規制も、まったく異なることに基づきます。

すなわち、B2B営業においては、
「潜在顧客基盤が少ない反面、取引規模は大きく、また緻密で論理的な購買行動を取る顧客に対する活動」
という特徴があり、このような特徴に適合した戦略・戦術が採用されることになります。また、規制面では、B2B営業においては企業間の反競争行為(競争阻害行為)を禁止する独占禁止法が目を光らせることになります。

他方、B2C営業においては、
「低廉な取引価格と、感情的で衝動的な購買決定をする不特定多数の顧客」
を前提とした戦略・戦術(マスマーケティング)が採用され、また、規制面では、消費者契約法や特定商取引法に代表される消費者保護規制が働くことになります。

(5)企業の生態その4・決算、会計報告及び納税

企業は、以上のように、
「ヒト・モノ・カネ・チエという経営資源を調達・活用して商品等といった形で内部に付加価値を創出・蓄積し、これら付加価値を営業活動によってカネに転化させ、さらに転化したカネを再び経営資源として活用する」
という循環的な生態を永遠に続けて成長を遂げていきます。

とはいえ、以上のようなプロセスが
「途切れることなく、ダラダラ続く」
というわけではありません。

企業の活動は一定の期間毎に区切られ、その活動内容が会計的に記録され、整理されていきます(期間損益計算)。

このような計算の結果は、経営成績(P/L)・財政状態(B/S)という二元的切り口で表現されて、投資家や債権者に整理して報告されるとともに、産み出された利益の中から一定割合の税金を税務当局に納める、ということが行われます。

このように、
「一定の期間毎にその活動の成果が整理され、利害関係者(ステークホールダーズ)に報告する」
というのも企業の特徴的な生態といえます。

以上、典型的企業の生態・活動を2回にわたって概観してまいりました。

次回以降、これら企業の生態・活動の各局面において生じる様々な仕事に関し、その内容を解説するとともに、それぞれの仕事において推奨されるべき遂行指針を
「仕事のお作法・各論」
として述べてまいります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.050、「ポリスマガジン」誌、2011年10月号(2010年9月20日発売)