00171_モノのマネジメント(7)_20130220

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しております。

前回から、製造現場や委託先の管理をどのように遂行していくか、という点について述べております。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)現場や製造委託先との関係構築について ~続

今回も、前回の続き賞味期限改憲事故を乗り越え再生に成功したある和菓子、製造メーカーの、性悪説及びリスク・アプローチを徹底した事故予防マネジメントのモデルを具体的に見て参りたいと思います。

第1 製造管理におけるコンプライアンス(承前)

賞味期限を越えて売れ残り、回収された不良在庫は、安全上・衛生上、本来廃棄されるべきものである。
しかし、製造現場に回収品廃棄をもゆだねると、操業効率を安全・衛生より優先させてしまい、廃棄品の再利用につながる危険がある。
そこで、このような事態を防ぐため、指揮系統や処分実施責任を製造現場から分離し、独自のラインで処理させる。
・未出荷品・店頭回収品の廃棄品の処分と処分管理は、製造部門ではなく、経営管理部門のライン下の廃棄品管理部が実施。
・廃棄品管理は、外部委託とし、製造現場の手に触れさせない。
・廃棄委託者(外部)から廃棄証明を提出させる。

このルールも、現場を一切信頼せず、リスクアプローチを徹底させています。

「食品を作っている責任者にゴミを吸わせると、責任者は、食品とゴミを区別せず、目先の納品要求に応えようとして。廃棄されるべきゴミを、ついつい食品として詰め込んでしまう」
という、人間の弱さ・卑劣さを直視した上で、
「食品を扱う人間には、ゴを扱わせない」
という単純なルールを作ることによって、この問題を解決しています。

そして、食品製造のラインから、廃棄作業を切り離し、外部委託するとともに、マニフェスト(廃棄証明)まで微求する、という徹底ぶりも見事です。

第2 製造日付管理

各パッケージ毎に適正な製造日付を刻印する。
菓子の場合、パッケージが、
・商品そのもの、
・折り箱、
・折り箱を包装した外装、
という形で重層化されている。
この際、
「折り箱を包装した外装のみ」

に賞味期限を刻印すると、古くに製造された商品が、新しい賞味期限を表示した外装に混在しても顧客には判別できなくなる。
そこで、以上の3つすべて、日付押印するものとする。
また、日付は、製造日付押印とし、各包装完了日に押印することを徹底する。

この管理の徹底ぶりも参考になります。

「個包装部分に製造日付を刻印せずに、外装や折り箱だけに日付刻印をすると、賞味期限が到来して”ゴミ”になったものを、ついつい詰め込んで帳尻をあわそうとする」、
という現場の心理を完全に把握し、これをコントロールしようとしています。

また、顧客へのさりげないアピールも注目すべきポイントです。

顧客としても、個包装部部分に製造日付や賞味期限が刻印されている状況をみると、
「これはゴミか食い物か」
「大丈夫か」
という疑心暗鬼が解消され、安心して食べることができます。

第3 有害設備の廃棄

回収品の保管・分解・再利用の事故につながる、冷凍設備、解凍設備、関連操業品をすべて廃棄する。

前提として、
「生の和菓子を作る工場において、冷凍設備、解凍設備、関連操業品があった」
というのも衝撃的ですが、実際、そういう事実があった以上、この会社はこれを正面から見据えて、対策を取りました。

冷凍設備、解凍設備、関連操業品は、さぞや高価なもので、おそらく減価償却も未了で、
「もったいない」
という気持ちはあったでしょう。

しかし、
「こういうものがあるから、現場はこれを使ってしまうんだ。ここは潔く廃棄してしまえ」
という果断な行動に踏み切ったのは、コンプライアンスの観点で高く評価されるものです。

以上、賞味期限改竄事を発生させて危機に陥った後、見事に再生を果たした老舗和菓子メーカーのコンプライアンスモデルを優良先行事例として紹介し、コメントして参りましたが、次回は、引き続き、同モデルの紹介と解説を終え、モノ作りのお仕事を総括して参る予定です。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.066、「ポリスマガジン」誌、2013年2月号(2013年1月20日発売)

00170_モノのマネジメント(6)_20130120

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しております。

前回から、製造現場や委託先の管理をどのように遂行していくか、という点について述べております。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)現場や製造委託先との関係構築について ~続~

今回は、前回の続きとして、製造現場の管理を行う上での組織デザインや管理手法の詳細についてお話して参りたいと存じます。

ク 賞味期限改竄事故防止のための性悪説及びリスク・アプローチによるコンプライアンス体制構築例

ここで、賞味期限改竄事故を防止する観点から菓子製造業におけるコンプライアンス体制構築が行われた例を紹介したいと思います。

今から5年ほど前、ある老舗和菓子メーカーで、賞味期限改竄事件が発生しました。

この事件ですが、
「夏場に製造日と消費期限を偽ったことがある」
という内部告発が某保健所に届き、その結果、JAS法(食品の品質表示などを定めた農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)違反容疑で、農水省と保健所による立ち入り調査が行われました。

農水省によると、当該メーカーは出荷の際余った餅を冷凍保存して、解凍した時点を製造年月日に偽装して出荷していた、とのことでした。

偽装は、未出荷のものもあれば、配送車に積んだまま持ち帰ったものもありました。

さらには回収した餅を、餅(もち)と餡(あん)に分けて、それぞれ
「むき餅(もち)」
「むき餡(あん)」
と称して、自社内での材料に再利用させたり、関連会社へ原料として販売していた事実も発覚しました。

偽装品の出荷量は、3年間、約600箱(総出荷量の約18%)に上り、これ以外の期間にも日常的に出荷していたことが判明し、メーカー側も記者会見にて、
「売れ残った商品を、製造日を偽装して再出荷」
したことを認めるに至りました。

圧倒的知名度をもつ人気商品だっただけに、当時社会が受けた衝撃は大きく、連日、事件の詳細が報道されました。

筆者個人としては、この和菓子メーカーは、潰れるか、どこかに買収されてしまうと考えていましたが、コンプライアンス体制構築に成功し、見事、自主再生されました。

その際、当該メーカーが採用したコンプライアンス体制は、性悪説及びリスク・アプローチを徹底した見事な内容であり、今後、自己予防マネジメントの模範となるべきものと考えますので、具体例として紹介して参りたいと存じます。

第1 製造管理におけるコンプライアンス

1 生産能力内の受注の徹底

「営業・販売サイドの強い圧力により、受注能力を超過したものを、回収品の再利用や賞味期限改竄によって納品する可能性」
が事故につながると認識し、このような操業の動機・背景を絶つべく、計画生産・計画受注を徹底し、営業・販売サイドによる受注能力を超過した納品要求をなくす。

この種の不祥事企業においては、原因を曖昧にしたまま、中途半端な改善策に終始し、何度も不祥事を繰り返すところが少なからず存在するようです。

しかしながら、当該メーカーにおいては、営業・販売サイドの圧力によって
「生産能力を超えた受注」
を受けており、これが原因となって無茶な操業がされていた、という原因事実がきちんと把握され、コンプライアンス体制に反映されています。

2 物流数値管理の厳格化

「本来廃棄すべきものが、廃棄されず、再利用されることが大きな問題である」
との認識に立ち、担当各部の物流数値を厳格に管理することにより、回収品再利用の厳しい監視の目を光らせる。

・生産部=生産数と廃棄数の管理・誤差検証の厳格化

・生産管理部=受払数・廃棄品数の管理・誤差検証の厳格化

・販売部=販売数・回収数の管理・誤差検証の厳格化

前回、
「漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっている」
「モノ作りを管理するという仕事に限っては、常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
ということを述べましたが、このような性悪説に立脚した、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制が構築されています。

以上、賞味期限改竄事故防止のための性悪説及びリスク・アプローチによるコンプライアンス体制構築の詳細実務の具体例として、賞味期限改竄事件を発生させた老舗和菓子メーカーのモデルを優良先行事例として一部ご紹介し、コメントして参りました。

次回は、引き続き、同モデルの紹介と解説をして参ります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.065、「ポリスマガジン」誌、2013年1月号(2012年12月20日発売)

00169_モノのマネジメント(5)_20121220

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しております。

前回は、モノ作りという企業行動についてのトレンドの変化について述べて参りました。

今回は、これを受けて、製造現場や委託先の管理をどのように遂行していくか、という点について述べてみたいと思います。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)現場や製造委託先との関係構築について ~続~

オ 性悪説vs性善説

「モノ作りを管理する」
という仕事を進める上での哲学として、管理の相手方、すなわち、現場や委託先を信頼するか(性善説)常に不審の目を向けるか(性悪説)、という問題があります。

一昔前、二昔前のニッポンにおいては、右肩上がりの成長を謳歌しており、
「作っては売れる」
という市場があり、生産現場には、常に設備や人的資源が投入され、活気がありました。

従業員は、終身雇用というシステムによって雇用された正社員がほとんどで、会社と成長の糧を共有し、モノ作りの現場には高い士気と
「決して、会社や社会を裏切らない」
という忠誠と信頼が満ち満ちていました。

しかしながら、現代においては、終身雇用システムが崩壊し、モノ作りの現場には非正規雇用の労働者が増殖し、成長が見込めない市場において、過酷な価格及び品質競争にさらされています。

さらに言えば、そもそも国内にはモノ作りの現場は存在せず、遠く海を離れた国のどこかの工場で働く言葉の通じない労働者たちにモノ作りを委ねている、という企業も多く存在します。

このような現代のモノ作りの現場において、かつてのように、
「モノ作りの現場には高い士気と『決して、会社や社会を裏切らない』という忠誠と信頼が満ち満ちている」
などという前提がそもそも働かず、漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっています。

したがって、
「モノ作りを管理する」
という仕事に限っては、
「常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
という性悪説に立脚し、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制を構築することが求められます。

 モノ作りの現場においては、「操業優先、規制無視(軽視)」

モノ作りの現場においては、
「製造ラインの効率的稼働」
が最優先課題であり、細かい手続を含めた規制把握や規制遵守は、いわば二の次となってしまいがちです。

例えば、1999年に発生した茨城県東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所の高速増殖炉実験炉「常陽」用の核燃料の製造現場での臨界事故では、放射線被曝者計49人、現場から半径350メートル以内の住民に避難勧告、半径10キロメートル以内の住民に屋内退避を要請、という大事故になりました。

この事故については、転換試験棟において、1991年から現場において承認されたものと異なる工程(本来は、「溶解塔」という装置を使用した手順であったところ、現場がこれを無断で変更し、ステンレス製バケツを使用)が実施されており、その後、1996年にはこのような違反工程が盛り込まれた現場
「裏マニュアル」
が作成され、違法操業が常態化していたことが原因であった、といわれています。

厳格なコンプライアンスが要請される核燃料の製造現場ですらこのような状況ですから、他のモノ作りの現場がどのような状況か、ということはある程度想像できます。

キ モノ作りの管理を実施する上での指揮命令系統デザイン

以上のとおり、
「モノ作りの現場においては、面倒くさい法令遵守より効率性・経済性が優先される危険が常に存在する」
ということを十分認識し、細かい操業の末端に至るまで管理の目を光らせる必要があると言えます。

この点、多くのモノ作りの現場においては、単一の責任者(工場長など)を定め、当該責任者に、操業効率と各種コンプライアンスの全責任を負担させる、といったことが行われています。

確かに、効率的な指揮命令系統の確立という点では、単独の人間に権限と責任を集中させることがもっとも合理的と言えます。

他方、自動車や温風機の欠陥隠蔽問題、食品に関わる原産地表示や賞味期限偽装の問題や廃棄物処理や環境汚染問題等、といったトラブルが発生したモノ作り現場の大半が、上記のような
「単独の者に、操業効率と各種コンプライアンスの全責任を負担させる」
というタイプの組織であったことも事実です。

そもそも、
「効率性と低コストを追及した工場操業・製品調達」

「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
の両者の実現を同一人の責任とすることは、
「相反する二つの役割を同一人格に追求させる」
という事と同義であり、その結果発生するのは、
「混乱」

「一方の要請の無視」
です。

多くの場合、過酷な操業効率のノルマを負っている工場現場の責任者は、
「一方の要請の無視」、
すなわち、
「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
という要請を無視するという行動にシフトし、その結果、トラブルが発生することになります。

一人の人間に、ある種矛盾する前記両課題の遂行を命じることは、アクセルとブレーキを同時に踏むことを命じるようなもので、結果的にはJCO東海事業所の裏マニュアルのように、コンプライアンスが無視した操業が行われることにつながりかねません。

したがって、現代においては、製造現場の管理体制のの設計上、
「『操業管理』と『コンプライアンス管理』という相反する課題の達成に関して、権限・責任・指揮命令系統を分断し、後者は操業効率に責任を負わない部署に遂行させるべき」
というスタイルが求められるようになってきています。

すなわち、
「操業責任者とは別の、コンプライアンス管理を担う責任者が、効率性に目を奪われることなく現場の細かいところまで管理の目を光らせることを通じて、操業効率とコンプライアンスという矛盾する両課題の止揚的解決が図られるべき」
という考え方が、製造現場の管理体制設計において採用されるようになってきているのです。

次回は、今回の続きとして、製造現場の管理を行う上での各種手法の詳細についてお話して参りたいと存じます。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.064、「ポリスマガジン」誌、2012年12月号(2012年11月20日発売)

00168_モノのマネジメント(4)_20121120

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しておりますが、今回は、現場や製造委託先の管理のあり方について述べてみたいと思います。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)現場や製造委託先管理のあり方について

ア モノ作りに関するトラブルの増加傾向

自動車や温風機の欠陥隠蔽問題、食品に関わる原産地表示や賞味期限偽装の問題や廃棄物処理や環境汚染問題等、近時、製造現場でのトラブルが頻出しています。

「モノ」
の中でも、消費者の口に届き、人の健康や生命を奪う結果を招来しかねない食品製造に関しては、表示偽装事件が相次いでいます。農林水産省や都道府県が2008年にJAS法に基づいて行った改善指示件数は、前年より34件増加し、合計118件となっていますし、不正競争防止法違反により、逮捕や家宅捜索、さらには有罪判決を受けるケースも増加の一途を辿っています。

また、公益通報者保護法の施行やネット掲示板の普及等の環境の変化もあり、内部告発が一般化し、企業がこれまで内部で隠蔽してきた偽装を隠し通せない状況になってきました。

このように、
「モノ」
に関わる企業にとっては、その姿勢が厳しく問われる時代になってきたといえます。

イ ニッポンのお家芸「モノ作り」の質的変化

ところで、
「モノ」
に関する企業活動は、質的な面で急激に変化しています。

「モノづくりは日本産業のお家芸」
との言葉に代表されるように、これまでの日本企業は、使い勝手がよく、安全・高品質で、値頃感のある
「モノ」
を作り出すことを得意としていました。

そして、日本企業は、
「高度な製造活動のためのインフラである、高い技術力と生産設備操業能力、さらにはこれを担う優秀な人材」
を自ら保持し、育成してきました。

ところが、
「モノづくり」
を得意とした日本企業も、ビジネスの進化に伴い、下請やOEM生産等によるファブレス(工場設備を持たない製造業)化や生産拠点の海外移転等を積極的に行うようになってきました。

このようにして、近年、日本企業において
「モノづくり」
の意味が加速度的に希薄化するようになってきたのです。

ウ 「モノ作り」の質的変化に伴うリスク

以上のような
「モノ」
との関わりの希薄化は、品質面、安全面、規格ないし法令遵守面における企業の管理が行き届かなくなる危険が増幅してきたことも意味します。

例えば、日本国内での工場操業においてはコンプライアンスや製品の品質や安全性に対するこだわりが浸透していても、日本企業が生産を海外に委託する場合における現地委託先企業がそのような観念を欠落している場合、日本企業は大きなリスクを抱えることになります。

少し前に発生した中国産食品における毒物混入事件は、
「モノ」
との関わりが希薄化した企業において、上記のようなリスクが現実化した現象といえます。

エ モノ作りの管理に失敗した場合のリスク

輸送機器、建物、食品、薬品、電気製品等、企業から製造される
「モノ」
は何らかの形で消費者や社会に関ってきます。

したがって、消費者や社会は企業が製造する
「モノ」
の品質や安全性に大きな興味と関心を抱きます。

万が一、
「モノ」作り
において、現場管理や委託先管理に失敗し、品質や安全性において問題のある
「モノ」
を流通させた場合、大きな社会問題に発展し、企業に対して回復不可能な損害をもたらすことになります。

「法令遵守より効率優先」
という経営姿勢や製造管理状況に対して消費者や社会一般の厳しい目が向けられるようになっていますし、この種のトラブルは、企業の生命を即座に奪いかねません。

実際、某焼肉店が、O157菌が混入したユッケを提供して死者を出し、その結果、会社が破綻し、また、ユッケ提供そのものを禁止するといった社会情勢をもたらしました。このように、
「モノ」作り
の管理の失敗は、企業へのリスクやトラブルの大きさとしてもさることながら、社会全体に関わる影響をもたらします。

「モノ」
と企業との関わりは歴史的に古く、調達・製造活動は成熟した経営課題といえますが、海外生産委託の動き等の急激な変化もふまえて、日本企業は、今一度、調達・製造に関するマネジメントのあり方を見直す必要に迫られています。

では、企業としては、実際、どのようにモノ作りのマネジメント体制を構築していくべきなのでしょうか。

次回は、
「具体的な仕事として、製造現場や委託先の管理をどのように遂行していくか」
という点についてお話して参ります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.063、「ポリスマガジン」誌、2012年11月号(2012年10月20日発売)

00167_モノのマネジメント(3)_20121020

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しておりますが、今回は、最近、ブームになっている“海外移転”について述べてみたいと思います。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(3)工場の海外移転

ア 海外進出ブーム

 前々回前回と、製造業の環境として、大量かつ安価な労働力を引っさげた新興国が強力な価格競争力で勝負を挑んできており、日本の各メーカーは非常に苦しい立場に置かれている、と述べました。

このように状況下で、国内のメーカーは、安価な労働力を求めて、海外、特に、中国をはじめとするアジア諸国へ製造拠点を移そうという動きが見られます。

「工場の海外移転」
と言うと、事業ロマンをくすぐる魅力的な話に聞こえますし、新聞や雑誌の多くも
「海外移転しなければ日本の将来はない」
などと煽り立てる論調のようですが、果たしてそのとおりでしょうか?

小型自動車メーカーとして優良企業と評価されているスズキがインドに現地法人(マルチ・スズキ)を立ち上げ、北部ハリヤナ州マネサール地区に持つマネサール工場で工場を稼働していたところ、去る2012年7月18日に工場で暴動が起こり、人事担当者が1人死亡し、100人以上のけが人が出て、1ヶ月近く工場閉鎖を余儀なくされました。

人材、資金、ノウハウその他国際的な企業運営ができるだけの十分な基盤がある大企業ですらこういうリスクに直面することがあるのですから、中堅中小企業が、“海外進出ブーム”に乗せられ安易に海外に出ていくと、ヤケドを負い、さらには、企業そのものが破綻するような事態に陥ることも十分あり得ます。

イ 海外進出の負の側面

前述のとおり、マスコミは、盛んに、
「日本は終わった」
「日本は滅びゆく」
「日本に未来はない」
と騒ぎ立てます。

しかしながら、
「平均的労働者の教育レベルが圧倒的に高いばかりでなく、誠実で常識をわきまえており、労使紛争が少なく、物価は安定しており、治安がよく、法律が整備され、かつ法律の運用も公平であり、停電はなく、細かなことをいちいち指示しなくても基本的な約束事が当然のように守られる」
という稀有な国は、世界的にみても日本くらいです。

新興諸国においては、
「労働者の教育レベルは大きなバラつきがあり、遅刻は平気でするし、ウソや言い訳ばかりで、生産に協力する姿勢は皆無」
というところが少なくありません。

また、スズキ・インド例のように、労働条件の不満がすぐにストライキにつながる、というのも世界の常識です。

世界の多くの国では、異常なまでの物価上昇率で、電力供給安定せずかなりの頻度で停電があり、法律がいい加減で賄賂が横行し、総じて社会が不安定で、犯罪発生率もかなりのレベルです。

さらに、契約や取引についても、
「書いてないことは守らなくていいこと」
と言わんばかりに、逐一、細かなことまで定めておかないと、必ずトラブルがついて回る、というところの方が世界ではマジョリティです。

そして、苦労して現地に工場を立ち上げ、稼働させた直後から、技術収奪がはじまり、投資回収に至る前には、類似品が出回り始め、やむなく工場を閉鎖する、という話を聞くこともあります。

ウ 海外進出を検討するにあたって

アジアの某国Xに進出を検討している企業がありました。

この企業は、いわゆる中堅中小のオーナー企業ですが、オーナー社長が、海外進出ブームに乗せられ、X国視察旅行に行ってたいそう気に入り、現地法人を立ち上げよう、という話が急遽進められていました。

そして、この企業の関係者から、海外進出にあたっての注意点をご助言いただきたい、という話がありました。

私としては、この社長は、
「ブームに乗せられて、リアリティのない妄想レベルで海外進出を考えているだけ」
という印象を受けましたので、以下のような助言をさせていただきましたので、ご紹介しておきます。

「X国でビジネスをしたい、ということですが、まず、『儲けよう』ということが動機なら、X国に乗り込むのはやめた方がいいでしょう。
単純に『金を儲ける』というなら、もっとラクな方法がいくらでもありますから。
『苦労したい』
『トラブルに見舞われ、七転八起したい』
『損は覚悟。それでも何か新しいことを始めたい』
ということが動機なら、止めはしませんが、そもそも御社にそんな余裕ってあるんでしょうか。
また、いきなり現地法人を作るのは慎重にした方がいいです。
現地パートナーと代理店契約をしたり、単純な物品輸出でも、同様の効果を達成できる場合がありますから。
生産拠点をX国に、というお話の場合ですと、X国に骨を埋めることになる日本人が少なくとも1名必要になります。
なお、文字通り命がけになります。
日本人ビジネスマンがよく失踪したり、行方不明になったりしています。
社長が行くなら、遺書を書いて行ってください。
部下に行かせるなら、有能で、会社のために命を捧げる覚悟のある、幹部社員をまず探してください。
自分が行くのはイヤだし、命を失う覚悟をもっている幹部社員がいない、というのであれば、そもそも無理ですね。
というより、製造原価を下げたいのであれば、社長も海外にフラフラ遊びに行ってないで、工場に入り浸り、地道に生産効率を見直したらいいじゃないですか。
わざわざ土地勘のないところに行って工場作らなくても、今の工場で、設備を更新したり、生産方法を見直したり、働かない古参社員のクビを切ってヤル気のあるパートのおばさんに入れ替えるとか、もっとやれることがあると思いますけどね」

ともあれ、モノつくり産業が厳しい局面に立たされていることは事実ですが、かといって、安易な海外進出は死期を早める結果になるだけということにもなりかねませんので、注意すべきです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.062、「ポリスマガジン」誌、2012年10月号(2012年9月20日発売)

00166_モノのマネジメント(2)_20120920

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話しております。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(2)これからのモノつくりの方向性

ア 大量生産・大量消費時代の終わり

前回申し上げたとおり、日本においては、
「インフレ経済を前提とした高度成長時代」
から
「デフレ経済を前提としたモノ余り、低成長時代」
に突入し、また、外に目を向ければ、大量かつ安価な労働力を引っさげた新興国が強力な価格競争力で日本に勝負を挑んでいる状況です。

一昔前まで日本のお家芸であった、
「大量消費(販売)を前提とした大量生産」
はまったく機能しなくなりました。

また、
「規制緩和」
という行政システムの大きな変化に伴い監督官庁の保護育成が期待できなくなり、業界同士の横のつながりも、独禁法の運用強化に伴って完全に分断されつつあります。

ここで、日本のメーカーは、大量消費を前提とした大量生産から脱却し、ユニークなデザインや、機能面で特徴を備えた、高付加価値の商品を作り、巻き返しを図ろうとします。

しかしながら、ここにも大きな壁が立ちはだかります。

イ コモディティ化とガラパゴス化

コモディティ化(commoditization)という言葉があります。

これは、
「所定の製品カテゴリー中の製品において、メーカー毎の機能差や品質差が不明瞭化し、総じて均質化していき、消費者の認識上、メーカーの特異性が認識されなくなる」
という現象です。

コモディティ化が起こると、消費者が
「より安い商品」
を求める以上、これが市場原理としてメーカー側により安い商品を投入させる圧力として働き、企業収益を圧迫することになります。

世界が単一市場化し、グローバル競争が恒常化した今日、日本のメーカーは、圧倒的なコスト競争力を有する新興国と勝負しなければならず、しかも、情報が瞬時に世界をかけめげる現代においては、機能差や品質差はあっという間に解消します。

これを敷衍すると、
「現代産業社会においては、すべての商品はコモディティ化する」
という命題が導かれます。

こういったコモディティ化回避の企業戦略としては、多機能化、高付加価値化、ブランド化といった差別化戦略がありますが、
「過剰に機能を追加したり、独自仕様を追求すればそれで問題解決」
というものでもありません。

差別化・独自化も一歩間違えると、ガラパゴス化(Galapagos Syndrome)するリスクが出てきます。

ガラパゴス化とは、進化論におけるガラパゴス諸島の生態系をもじったもので、
「孤立した環境(日本市場)における最適化が仇となって、却ってグローバル仕様との互換性を喪失し、孤立化して進化から取り残され、海外から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)を備えた外来種が侵入してくると、たちまち駆逐され、遂には淘汰されてしまう」
という現象です。

今や
「ガラケー(ガラパゴス携帯電話)」
と一般用語化した“機能てんこ盛り”の携帯電話、一昔前の例で言いますと、パソコンの日本独自機種であるPC-9800シリーズ、さらに、カーナビ、非接触ICカード等、ガラパゴス化によって戦略優位を喪失した日本の事業分野は少なくありません。

ウ 価格とグローバル品質とスピード

以上を前提とすると、今後の企業としてのものつくりの方向性が見えてきます。

キーワードとしては、価格と品質とスピードです。

「能率競争、すなわち、価格と品質の両面における競争力をもたないと、製造業として生き残れない」
ということは、今更言うまでもありません。

ここで注意すべきは、
「価格」

「品質」
は、ローカルで競争力があってもダメで、グローバル市場を想定した競争力がないと生き残れない、という点です。

すなわち、今までは、価格競争力といっても国内のライバルだけを意識しておけばよかったところ、今や、中国やインドから廉価な製品がどんどん流入してきますし、品質についても、ローカルな特異性を追求していると、ガラパゴス化してしまい、ある日突然、グローバル規格に駆逐されてしまいます。

したがって、現代産業社会においては、価格も品質も、常にグローバル市場を意識することが求められます。

加えて、事業展開のスピードが絶対的に必要となります。

前述のとおり、
「すべての商品はコモディティ化する」
という現実があります。

品質において圧倒的優位性ある商品であっても、コモディティ化の脅威には勝てない以上、
「コモディティ化する前に、魅力的で高品質の商品を開発し、圧倒的スピードで提供し続ける」
ということによってしか企業は生き延びられなくなっています。

以上の要素をすべて併せ持つ理想的な企業が、iPhone、iPadで有名なアメリカのアップル社です。

かつてはソニーを模範としてきたアップルですが、グローバル市場で受け入れられる魅力的商品を提供し、かつ、価格に対する主導権を常に持ち続けて、急成長を遂げ、いつの間にかソニーを追い越し、今や、世界の産業界におけるリーダーとして君臨しています。

現在苦境にある日本のメーカーが過酷なグローバル競争を生き残るためには、アップル社の方向性(理念、哲学、戦略、戦術)に学ぶところが大きいのではないでしょうか。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.061、「ポリスマガジン」誌、2012年9月号(2012年8月20日発売)

00165_モノのマネジメント(1)_20120820

連載シリーズ
「仕事のお作法」
ですが、
「お仕事・各論編」
として、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントについてお話をしておりますが、今回から、
「モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)」
についてお話ししたいと存じます。

4 モノのマネジメント(製造・調達マネジメント)に関わるお仕事の作法

(1)モノつくり環境の変化

ア かつて“世界の工場ニッポン”と呼ばれた時代

もうすでにはるか昔の“歴史の話”になってしまうのですが、日本が
「世界の工場」
と呼ばれた時代がありました。

すなわち、冷戦時代においては、日本は、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な工業国家として、西側世界の生産機能の大半を引き受けていたのです。

経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

「作ったら売れる」
という環境において、日本は、ひたすら右肩上がりの成長を享受し、
「世界の工場」
の地位を築き上げたのです。

メーカー等でこの時代のことを知っている方の話を聞くと、皆さん、口を揃えて、
「昔は全員残業してフル稼働しても生産が追いつかなかった」
「人がたくさんいたし、いつも人手不足だった」
「どんどん設備を更新していたし、覚えるのが大変だった」
「たくさんの下請けを使っていたが、それでも捌き切れないほどの注文があった」
「とにかくメーカーが強くて、価格交渉もメーカー主導でできた」
など、今では信じられないようなことをおっしゃいます。

イ 冷戦の終結と大競争時代の到来

しかし、その後、冷戦が終結しました。

東西が仲直りして(というより東側世界が白旗を上げて、西側世界に擦り寄ってきて)、世界に平和が訪れました。

平和になった世界では、東とか西とかにかかわらず、世界中の国の企業が、1つになった市場に向かって能率競争(価格と品質による競争)を展開するようになったのです。

そして、東欧諸国や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で
「世界の工場」
という地位を日本から奪取しにかかります。

そのころ、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

やがて、世界中で供給過剰になり、モノが余ってだダブつき始め、低成長時代に突入する中、日本は、
「安くて便利で効率的な世界の工場」
から
「生産コストが高く、規制や言語や文化の特異性による障壁が高く、使いづらい老朽設備の工場」
というダメな国に変化していきました。

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
という工業国家ニッポンは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国」
に簡単に負けることを意味するようになりました。

 環境変化への対応が求められる時代

以上のような時代の変化にともなって、日本企業は、
「フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーの会社が生き残れない時代」
を迎えるようになったのです。

また、製品のライフサイクルも信じられないほど短くなりました。

どんなに斬新な商品であっても、販売直後から、世界中の企業がこぞって、さらに安くて良い物を作り出しはじめ、一瞬でコモディティ化する状況になっています。

このようにして、日本の産業界は大きな試練に直面します。

鉄鋼業界では生き残りをかけて合従連衡が頻繁に行われるようになり、自動車メーカーも日本というローカルマーケットを出て、今や完全な多国籍企業と化しています。

三洋電機はパナソニック(かつての松下電器)に吸収され影も形もなくなりました。

他方、吸収した側のパナソニックも、1929年の世界大恐慌の時ですらリストラしなかったにもかかわらず、大量のリストラを発表しています。

さらに、液晶テレビ製造で世界を席巻したシャープも、今や中国企業の子会社となりつつあります。

環境が激変する時代においては、企業は、生き残りのための変革を行い、環境適応しなければなりません。

そして、環境適応する際には、
「圧倒的なブランドやコアコンピタンス(絶対的差別化要因)を前提に、これをさらに磨き上げるか」
か、
「まったく新しい考えで、まったく新しいモノを作り、まったく新しい市場に参入すること」
が求められます。

言い換えれば、ブランドもコアコンピタンスもなく、新しい事業を興すこともなく、コモディティをひたすら作り続ける企業は、倒産を余儀なくされ、市場から強制的に退場させられる、という厳しい時代が到来したのです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.060、「ポリスマガジン」誌、2012年8月号(2012年7月20日発売)

00164_ヒトのマネジメント(4)_20120720

連載シリーズ
「仕事のお作法」
ですが、前回から、
「お仕事・各論編」
として、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話しております。

今回は、
「ヒトのマネジメント」
というお仕事の解説の最後として、解雇の仕方を解説します。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(4)従業員のクビを切る

ア 採用は自由だが、解雇は不自由

労働法の世界では、解雇権濫用の法理といわれるルールがあるほか、解雇予告制度や即時解雇の際の事前認定制度等、労働者保護の建前の下、どんなに労働者に非違性があっても、解雇が容易に実施できないようなさまざまな仕組が存在します。

映画やドラマで町工場の経営者が、娘と交際した勤労青年に対して
「ウチの娘に手ぇ出しやがって。お前なんか今すぐクビだ、ここから出てけ!」
なんていう科白を言う場面がありますが、こんなことは労働法上到底許されない蛮行です。

そもそも、解雇権濫用法理(使用者の解雇権の行使は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することが出来ない場合には、解雇権の濫用として無効になる)からすれば、代表取締役の娘と従業員が交際した事実を解雇理由とすることは濫用の典型事例であり、解雇は明らかに無効です。

仮に解雇理由があっても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定を取らない限り、解雇は1カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払って即時解雇することしかできません。

したがって、上記のような解雇は、理由もなければ手続上も違法なものであり、法的効力は一切ありません。

婚姻関係が
「婚姻は自由だが、離婚は不自由」
と言われるのと同様、従業員雇用も
「採用は自由だが、解雇は不自由」
とも言うべき原則が働きますので、解雇は
「勢い」
でするのではなく、法的環境を冷静に認識した上で、慎重かつ合理的に行うべき必要があります。

イ 裁判所は、ダメ社員の味方

経営感覚と裁判例の大きなギャップを示す事件として、高知放送事件というものが挙げられます。

同事件(最判昭和52年1月31日)では、
「2週間の間に2度、宿直勤務の際に寝過ごし、定時ラジオニュースの放送事故を起こし、放送が10分間ないし5分間中断されることとなり、2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告を提出した際に、事実と異なる報告をしたアナウンサー」
に対する普通解雇について、
「解雇をもってのぞむことはいささか過酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない」
として解雇を無効としています。

「無断遅刻・無断欠勤などした従業員は解雇が当然」
と考えておられる経営者も多いかと存じますが、最高裁に言わせれば、
「無断遅刻無断欠勤くらいで、解雇だの、懲戒だの、とかガタガタ言うな。その程度で解雇なんぞするのは、不合理で、反社会的だ」
ということになってしまうようです。

 恋愛関係も雇用関係も、キレイに関係を清算するには、フるのではなく、フられるようにもっていく

では、スマートにクビを切るにはどのようにするか、というと、従業員側から退職届を出してもらうことに尽きます。

さまざまな規制が及ぶ
「解雇」
とは、あくまで
「嫌がる従業員を無視して、会社の一方的意思表示により雇用関係を消滅させること」
を意味します。

すなわち、会社の一方的都合でラディカルな行為が行われるから、さまざまな解雇の法規制が働くのです。

他方、従業員が自主的に雇用関係を消滅させることはまったく自由であり、そのような形での雇用関係の解消に法は介入しません。

男女の交際関係を上手に解消する手段として、
「こちらからフるのではなく、相手に愛想を尽かせて相手からフらせるようにもっていけ」
なんて方法が推奨されることがありますが、雇用関係の解消もこれと同様に進めれば、カドをたてず所定の目的を達成できる、ということになります。

(5)ヒトのマネジメント・まとめ

以上、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
というお仕事の作法を見て参りましたが、この種のお仕事の作法の基本は、ヒトという経営資源の特性をきちんと把握して、良い物を安く買い、買ったものをうまく使い倒し、不要になったら、モメないように綺麗に処分する、ということに尽きます。

そして、
「ヒトとモノの区別をきっちり付けないと、有益な資産を買ったつもりが、捨てるにあたってとんでもないトラブルを背負い込むになる」
ということも、マネジメントにあたって、頭に叩きこんでおく必要があります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.059、「ポリスマガジン」誌、2012年7月号(2012年6月20日発売)

00163_ヒトのマネジメント(3)_20120620

連載シリーズ
「仕事のお作法」
ですが、前回から、
「お仕事・各論編」
として、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話しております。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(3)採用した人間を如何にうまく使うか

 組織が末期になると、精神論で乗り切ろうとする

前回は、
「人の採用」
がテーマでしたが、今回は、
「採用した人をいかにうまく使うか」
というテーマについて述べてみます。

当たり前の話ですが、ヒトという経営資源を運用するには、
「どのようにして事業を展開すべきか」
という課題を達成するための合理的手段を、科学的な方法で組み立て、これを現実的な行動計画に落とし込み、現場の人間が判別可能な戦術を与えていくことが必要です。

ここで、いきなり歴史のお話をさせていただきます。

第二次世界大戦末期、旧日本軍は、魚雷に兵士を搭乗させてそのまま敵艦に突っ込ませて爆破させる攻撃方法(人間魚雷)や、航空機をそのまま敵艦に衝突させて爆破させる攻撃方法(特攻)を実施させたり、国民には、
「気合があれば、竹槍でB29を落とせる」
等と激を飛ばし、竹槍を扱う訓練をさせたり、と愚にもつかないことを行っていたそうです。

しかし、これは笑い事ではありません。

「ヒトを使う」
という点において、旧日本軍と同じようなことをやっている企業が、現代においても少なからず存在します。

すなわち、日本の多くの中小企業や、業績が低迷している上場企業においては、終戦末期の日本軍のように、科学的方法や合理的・現実的計画に基づかず、気合や根性や精神論で、従業員にできもしないノルマを与えるようなところが見受けられます。

イ 気合による営業が効果的だった時代

とはいえ、日本の戦後産業社会において、
「気合があれば、竹槍でB29を落とせる」
のと同じような激を飛ばし、気合や根性や精神論で従業員に営業活動を行わせることで
「何とかなった」
という時代も、あるにはありました。

30年ほど前までは米ソが冷戦真っ最中で、日本は、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な所業国家として、
「世界の工場」
の地位を築き上げました。

当時、経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

現在のように、マーケティングだの営業戦略だの細かいことをグダグダ考えなくても、気合を入れれば、なんとか需要家がみつかり、あとは押しの一手で在庫を持ってもらうことができる、そんな時代だったのです。

そういう時代においては、能書をたれるよりも、行動こそが重要で、まさしく
「営業は気合」
だったのです。

しかし、冷戦が終了し、世界市場が単一化し、供給が過剰になりはじめました。

東欧諸国や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で「世界の工場」という地位を日本から奪取しにかかります。

加えて、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

ウ もはや、気合だけでは売れない時代

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
というのは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国」
に簡単に負けることを意味するような時代になったのです。

この時代の到来とともに、日本の産業社会は、フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーに会社が生き残れない時代になったのです。

また、消費者規制が強化されるようになり、気合で売ろうとすると、逆に特定商取引法違反で逮捕される。

そんな時代になったのです。

その意味で、
「気合、根性、精神論で営業を展開する企業は、すでに20ないし30年ほど時代遅れの経営を行っているか、特定商取引法に無視ないし経営した経営を指向しているか、のいずれかまたは双方である」
と言えます。

エ ビジネスは気合からサイエンスに

低成長でデフレーションが顕著な現代においては、営業は、データと科学で緻密に戦略をたて、
「細かいことにこだわる戦術」
によって行うことが求められます。

一例を申しあげますと、
「売り上げ=潜在客数×来店率×成約率×客単価(+潜在客数×リピート率×成約率×リピート単価)」
と因数分解されます。

売り上げを伸ばすには、潜在客数を増やすか、来店率を上げるか、成約率を上げるか、客単価を上げるか、のいずれかの方法によるしかありません。

すなわち、売り上げが低迷している場合、
(ア)単価が減少しているのか、
(イ)成約率が悪いのか、
(ウ)来店率が悪いのか、
(エ)リピート率が下がっているのか、
(オ)潜在客数が減少しているのか、
(カ)そもそも市場自体が構造的に縮小傾向にあるのか、
を分析した上で有効な手を打つべきなのです。

科学的なアプローチを行って合理的な手順段取りで進めていかない限り、いたずらに
「気合」
「根性」
と叫んだところで、営業はまともに機能しません。

オ 人を動かすためには、指示は具体的に行うべし

かつて山本五十六は、
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
と言ったそうです。

海軍のような指揮命令系統が整備されていて、最終目標が
「純軍事上、敵に勝つ」
という単純明確な組織ですら、このような状況です。

「人にモノを買わせる」
という複雑で難しいミッションを有する企業においては、なおさら、現場への指示は、合理的で、細かく、具体的で、再現性がないと組織は動きません。

ハウステンボスを建て直したHISの澤田社長は、建て直しを行う際、
「『10%売り上げを上げろ』『利益を5%上げてこい』等という指示を出しても、現場には理解できない。現場への指示は明快で具体的であるべきだ。そこで『移動であれ、会議であれ、作業するのであれ、話をまとめるのであれ、すべて10%スピードアップをしてくれ』という指示を出したら、組織運営が効率的になった」
ということを言っておられました。

このように、ヒトという経営資源を効率的に活用する上では、精神論、根性論ではなく、
「現場に対して確実に伝わる、現実的で合理的な指示」
を行うことが重要なのです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.058、「ポリスマガジン」誌、2012年6月号(2012年5月20日発売)

00162_ヒトのマネジメント(2)_20120520

連載シリーズ「仕事のお作法」
は、前回から、
「お仕事・各論編」
の中で、ヒト・モノ・カネ・チエという各種経営資源マネジメントのうち、
「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
についてお話しております。

3 ヒトのマネジメント(労務マネジメント)に関わるお仕事の作法

(2)どんな人間を採用すべきか

前回
「従業員を採用するということは、約3億2000万円の買い物をするのと、同じである」
というお話をしました。

買い物と同様、採用も、
「安くていい買い物ができる」
こともあれば、
「使えない物を高値掴みさせられる」
ということもあります。

そこで、今回は、
「企業として、どんな人間を採用することが発展につながるか」
ということをみていきたいと思います。

成長を続けるような企業は、採用の際、どのような点を意識しているのでしょうか。

皆様御存知のリクルートという企業があります。

1960年創業の同社は、就職情報サービス大手として成長し、現在、就職情報に限らず総合情報サービス産業として発展・成長を続けていますが、若手社員でも自由に事業を起こすことができる開放的な社風で有名な企業です。

同時に、起業家を輩出する企業としても有名で、多くの新興企業のトップや幹部にリクルート出身者が存在します。

「リクルートがこのように人材豊富な企業であり続けるのは、同社の採用方針に秘密があるのではないか」
と思い、ある酒席の場でリクルート出身の方に
「リクルートにおいて、採用の秘訣のようなものがあるのか」
と聞いたことがあります。

そのリクルートOBの方曰く
「リクルートとして、“このプロファイルの学生が来たら、絶対採用する”というスペックがある」
ということでした。

そして、その“絶対採用する学生のスペック”なるものを聞いたところ、
「まず、一番が、東大ボート部出身者。次が、東大陸上部で長距離をやっていた人間。これがリクルートの求める最高スペック」
というお話でした。

その理由を聞いたところ、
「企業でやっていくにはある程度アタマの良さは必要。ただ、大学生のアタマの良さなんて言ってもタカが知れているし、そんなものを振り回しても企業ではやっていけない。アタマの良さ、プラスアルファがいる。その意味では、難しい試験クリアして東大に入ったにもかかわらず、ボート部に入ったり、長距離走やっている連中って、『地アタマがいいのに、単純作業の繰り返しもできる』という、ある意味、すごい才能を持っている。こういう”振り幅の大きい人間”こそ、リクルートは求めている」
とのこと。

この方ご自身は随分前にリクルートをお辞めになっており、したがって、今でも同社において上記のような採用基準があるかどうかはわかりませんが、話自体は、なるほど、と思わせる内容です。

社会を渡っていくには、もちろん最低限の知性は必要になります。

しかしながら、社会には理不尽なことがそこらじゅうに蔓延しております。

学生時代に獲得した机上の知識など何の役にも立ちません。

そもそも、世の中において本当に重要なことは、本には書いていないことがほとんどであり、やっていくうちに体で覚えるようなことばかりです。

社会の理不尽なことに遭遇する度に、

「いちいち立ち止まって考えてしまう」
という姿勢では、企業という社会に適応できません。

その意味では、
「がむしゃらに勉強して東大に入学しておきながら、大学に入ったら、一転、これとは真逆の、『ひたすらボートを漕ぎ続ける生活』や、『ひたすら長距離を走り続ける生活』にシフトし、これを4年間、嬉々として続けられる」
という連中の柔軟性や適応能力の高さは、尋常ではありません。

その意味では、一見乱暴でいい加減に見える上記のリクルートの採用基準は、企業として採るべき採用戦略の本質を全く外していません。

会社の仕事というものは、企業毎に大きく異なりますし、部署によっても全く違います。

「会社でどういう仕事をするか」
ということは、市販の本をみても書いていませんし、仕事のマニュアルなど整備していない会社もザラにあります。

もちろん大学に行っても、例えば
「三菱商事生活産業グループ繊維本部・仕事概論Ⅰ」
なんて講座はあるはずもなく、学校では仕事のやり方など一切学べません。

その意味では、
「中途半端にアタマがよく、中途半端な知識があり、自分の乏しい経験や狭い常識で、物事を考えてしまう人間」
は、企業にとって有害無益なのです。

むしろ、ある程度の知能と要領があることは前提として、
「どんな環境における、どんな業務であっても、まずはやってみて、体で覚えて行き、しかも、これを楽しく取り組める」
という適応力の高さこそが、企業の仕事を遂行する上で重要な資質となります。

したがって、企業として、人材を採用するにあたっては、
「(最低限の)知能や要領を測定する」
という意味で学歴もそれなりの指標となり得ますが、学歴だけを頼りに採用を決定するのはあまりにも危険であり、適応性・柔軟性こそをきちんと評価すべき、と考えられるのです。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.057、「ポリスマガジン」誌、2012年5月号(2012年4月20日発売)