00218_資料の説得力:オーナー視点で提案せよ─資料の本質を変える思考法

なぜあなたの資料は通らないのか?

「出世したい」
「稼ぎたい」
「評価されたい」

ビジネスの世界に生きる以上、そう思うのは自然なことです。

ところが、努力しているのに思うように評価されない。

「なぜアイツの資料は通るのに、自分のは通らないのか?」

そんな疑問を感じたことはないでしょうか。

その違いは、案外シンプルなところにあります。

それは
「オーナーだったらどうするか?」
という視点を、持っているかどうかです。

たとえば、ある投資案件の延長判断について、上司から資料の作成を求められたとしましょう。

あなたは言われた通り、数字を集め、合理性と緊急性をチェックし、既存のフォーマットに沿って記載を進めます。

見込み数字、合理性、緊急性、業界動向・・・。

必要な項目は埋まっているし、ミスもない。表現も丁寧に整えました。

しかし、それだけでは“通らない”のです。

何かが足りません。

そこに1つ、欠けているものがあるのです。

欠けているのは、「主観の入り口」

あなたの作った資料は、単なる通り一遍の
「報告資料」
であり、
「判断を促す資料」
ではないからです。

もちろん、客観性は必要です。

しかし、それだけでは、意思決定者を動かすには足りないのです。

経営判断の現場では、数字があることよりも、
「なぜこの判断が合理的なのか?」
「なぜ今やるべきなのか?」
「自分がこの判断に責任を持つとしたら、何を気にし、どこに懸念を抱くか?」
「どの点を強くアピールし、何を補足したくなるか」
そうした主観の入り口が、資料の中に垣間見えることで、読み手は初めて
「納得」
を感じるのです。

このような
「理屈をひねり出す力」
が試されるのです。

あなたの作った資料に欠けていたもの、それは、
「オーナーだったら、どう判断するか?」
という、主体的な意思です。

つまり、あなた自身が
「この案件のオーナーだったらどう考えるか?」
という、主体的な視点を持っているかどうか。

ここが、上司や意思決定者にとって、判断可能な材料となるのです。

経営判断に関わる資料には、数字の正しさやフォーマットの整合性だけではなく、
「大切な要素」
が必要なのです。

それが、
「この判断に、自分は責任が持てるか」
という視点なのです。

もしあなたが本当にその案件に投資するオーナーだったら、数字だけを見て
「まぁ、いけるでしょう」
などとは、決して言わないでしょう。

良くも悪くも、責任ある立場から、結果に対する覚悟を持って判断材料を見ようとするはずです。

・資料作成を任されている立場であっても、オーナーの目線で考えてみる。
・この案件がうまくいかなかったとき、自分はどう弁明するか。
・あるいは、うまくいったとき、自分はどのように価値を語れるか。
・つまり、人に説明するための理屈をひねり出せるかどうか。

そこにこそ、資料の説得力の差が現れます。

たとえば
「うまくいかなかったとき、どこが最初に責任を問われるか?」
「この仮説、突っ込まれたらどう答えるか?」
「相手の納得ポイントは何か?」
そうしたことを、自分の頭で先回りして想像する力。

それが、
「説得力」
の正体なのです。

本気で考えた跡が信頼になる

もちろん、完璧な予測はできません。

けれど、あなたの資料に、そのオーナー視点の汗がにじんでいるか。

言い換えれば、本気で考えた跡が見えるかどうか。

数字とロジックと意思とが、繰り返し、織り交ぜられている資料。

それが、資料の評価を分ける分水嶺になるのです。

ロジックを重ねては、現実に戻り、また練り直す。

「書く」
ことは、
「考える」
ことの延長です。

だからこそ、
思考と熱量が込められた資料は、必ず人の心を動かします。

「オーナーだったらどうするか?」を癖にせよ

「この資料は誰のためのものか?」
「この判断は誰の責任なのか?」

その原点に立ち戻ることで、あなたの資料はきっと、ひとつ上のステージに進化します。

いま、あなたが書いているその資料に、自分なりの
「覚悟」
を入れてみてください。

「私は、こう考えます」
その一言が、キャリアの歯車を回し始めます。

「オーナーだったら、どうするか?」

これは、何も資料作成に限った話ではありません。

日々の報告、会議の発言、社内の立ち振る舞い――
どんな場面でも、この問いを持ち続ける人が、信頼を集め、チャンスを得て、出世の道を切り拓いていくのです。

著:畑中鐵丸

00217_「価値観のすり合わせ」は金のなる木_考え方のミエル化・カタチ化にいち早く気づくには

「条件は揃った。でも、うまくいかなかった」

そんな案件をいくつも見てきたコンサルタントが語る、ビジネスに必要な
「本当のすり合わせ」
とは──。

成功するコラボと、途中で止まるコラボ。

その分かれ道は、金額でも、スケジュールでもありません。

ビジネスの核心にある
「考え方の翻訳」
について考えてみましょう。

あるコンサルタントの話

長年、企業のブランド戦略や商品開発の支援に携わってきた人物で、製品づくりの
「裏方」
として、無数の企画を動かしてきたと言います。

数年前、彼はひとつの案件を引き受けました。

国内の中堅キッチン家電メーカーと、ヨーロッパのデザイン事務所との間をつなぐという、意欲的なプロジェクトです。

「方向性」がズレたままでは、価値はカタチにならない

依頼の背景には、メーカー側の強い思いがありました。

「日本の製品力を世界市場へ届けたい」
「機能性だけではない、感性をまとったブランドラインを立ち上げたい」

それに対し、紹介されたデザイナーは、生活と情緒を重ねるようなプロダクトで知られる人物でした。

感覚と意味を織り込んだデザインに定評がありました。

両者が出会えば、これまでにない製品が生まれる──そう確信したのでしょう。

コンサルタント氏は、引き合わせの場を整えました。

初期の打ち合わせでは、互いの意図を尊重しようとするやり取りもありました。

過去の事例を紹介し合い、図やコンセプトを出しながら、インスピレーションを探る空気もありました。

会話のなかに潜む「ズレ」

ところが、どうも少しずつ、空気が変わっていったようです。

それは、両者が繰り返し使う
「言葉」
に、あらわれていました。

あの場では、噛み合っているように
「見えた」
のです。

しかし、言葉が互いの
「定義」
をすり抜けていた。

その場では、流れるような会話が交わされていましたが、後日、翻訳のために録音を聞き返すと──
そこには、いかんともしがたい
「すれ違い」
が、はっきりと浮かび上がっていたのです。

デザイナー側はこう語ります。

「家電とは、生活空間の象徴。自己表現の一部として、美しさや情緒を備えていなければならない」

それに対し、メーカー側はこう言います。

「日々の使用が前提の製品に、詩的な要素を求めすぎれば、機能性や価格のバランスが崩れてしまう。ユーザーに選ばれるためには、日常に根差した合理性が必要だ」

両者が見ていたのは、同じ
「商品」
でも、まったく違う役割と位置づけでした。

その違いは、打ち合わせを重ねるほどに、じわじわと浮かび上がってきたといいます。

ある会議では、デザイナーが提示したイメージボードに対し、メーカー側が
「これは使いにくそうに見えてしまう」
と指摘。

別の会議では、メーカーが求めるスペックに対し、デザイナーが
「感性を押し殺してまで応じる必要はあるのか」
と疑問を呈しました。

「資料の読み方ひとつで方向がねじれ、そして、気づけば、それを元に戻すことが難しくなっていた」
コンサルタント氏は、そう振り返っています。

調整役の役割は、言葉を整えるところから始まる

プロジェクトは、結局、立ち消えとなりました。

どちらかが間違っていたわけではありません。

むしろ、両者とも誠実でした。

ただ、最初の段階で、
「考え方のすり合わせ」
ができていなかった。

この一件をきっかけに、コンサルタント氏は、調整役の仕事をこう捉え直すようになったと言います。

「調整役とは、条件を揃える人ではなく、異なる立場の方向性を、通訳してつなぐ存在でなければならない。交渉ではなく、共有。合意ではなく、理解。出会ったあと、相手と組める状態に整えるのが、本来の仕事だったのだと」

「方向性のカタチ化」こそが、金脈の扉を開く

ビジネスの現場では、条件の確認が先に来ることが多くあります。

金額、スケジュール、契約条件。

それは当然、重要な論点です。

とはいえ、それだけで握ってしまうと、あとで問い直さなければならない局面が必ずやってきます。

「なぜ、このプロジェクトをやるのか」
「この取り組みに、どんな意味を込めるのか」

その問いに、最初から
「ミエル化し、言語化し、カタチ化」
しておくこと。

それが、コンサルタントにとって本当の
「準備」
だったのではないか。

予算は重要です。

数字の話から目をそらしてはいけません。

しかし、数字だけでは、価値観までは握れない。

ウィンウィンになるはずの関係が、気づけば、どちらかに
「ロス」
を残して終わっていた。

そうした場面は、決して珍しいものではありません。

だからこそ、プロジェクトのスタート地点でこそ大切なのは、
お互いの方向性を、カタチにして確かめるという営み。

言葉にならないまま進めば、それはいつか、
「齟齬」
となって現れます。

金脈は、最初からそこにあるとは限らない

この2者が、もし方向性のカタチ化に成功していたら──
この国のキッチン家電業界は、ガラリと塗り替えられていた可能性すらあった、ということです。

なぜなら、日本のメーカーが持つ
「技術力」

「実用性」、
そして、欧州のデザイナーが持つ
「感性」

「空間設計の美意識」。

この両輪が、バラバラではなく、一体となって商品に落とし込まれていたなら──
それは単なる高機能家電ではなく、
「住空間の価値を底上げする資産」
として、世界中のユーザーを虜にしていたかもしれません。

高級ワインセラーのように、高級家具のように、キッチン家電が
「空間の主役」
になる世界観。

単価は跳ね上がる。

ブランド価値も再定義される。

「生活家電」
というカテゴリーに、まったく新しい価格帯とターゲット層が生まれていた。

つまり、
「価値観のすり合わせ」
が成れば、
「金のなる木」
に化ける領域だったのです。

ただし、その金脈は、テーブルの上に最初から置かれているわけではありません。

丁寧に掘り起こし、すり合わせ、磨き上げていくプロセスの中で、
はじめて
「ミエル化」
されるのです。

だからこそ、次に同じようなプロジェクトに出会ったとき、
調整役としてすべきことは、ひとつ。

金額のすり合わせでもなければ、スケジュールの調整でもない。

「それぞれが何を金脈だと信じているのか」──
その考え方を、
「ミエル化し、言語化し、カタチ化」
していくこと。

そこまで掘り下げて初めて、交わらなかった関係は、組める関係へと変わるのです。

そしてそれは、単なる
「良い協業」
に終わらず、業界の構造を変えるほどの、新しい市場を生み出す起点になる。

調整役の本当の報酬とは、その未来をつくる最初の
「火種」
を扱う仕事である、ということかもしれません。

著:畑中鐵丸

00216_「赤字でなければOK」では済まない話:費用対効果のミエル化とは何か?

ある企業での話です。

株主総会の場で、社長がこう言いました。

「投資はペンディングで。100万円以上の支払いも、基本ストップ」

これを受けて、現場では新規契約・延長契約が止まってしまいました。

ただ、その後、社長からはこのような発言も出ます。

「いや、でも赤字でなければ、ブランドを維持するためにやってもいいのではないか」

つまり、
「止めろ」
という指示と、
「やってもいいんじゃないか」
という含みが、同時に存在してしまったのです。

これはまさに、
「判断軸」
がぶれている典型です。

現場が困るのも当然です。

では、どうすればいいのでしょうか。

まず、こうしたケースで検討すべきは、支出の
「費用対効果」
をどう捉えるかという点です。

たとえば、ある広告出稿が
「黒字」
だと判断されたとします。

・でも、それは「短期的に」黒字という意味でしょうか?
・それとも「中長期的に」黒字になるという見通しでしょうか?
・あるいは、その効果は「数字として見える」ものだけでしょうか?
・それとも「ブランド価値が高まる」といった定性的なものも含むのでしょうか?
・さらに言えば、その判断を「誰が」「どのタイミングで」下すのでしょうか?

ここに、企業経営における“費用対効果”の落とし穴があります。

たとえば、ある地方都市で、小規模ながら根強い人気を持つパン屋さんがありました。

毎朝、開店前から行列ができるほどの人気ぶりです。

ところがある年、原材料費の高騰と人件費の上昇で、経営が一気に苦しくなりました。

そこで社長は、全支出の見直しを始めました。

まず目をつけたのは、月に20万円かけていた
「地域情報誌への広告費」
でした。

「もう認知されているんだから、広告は一旦止めよう」
そう考え、即断で広告契約を打ち切りました。

するとどうなったと思いますか?

半年後、客足が目に見えて減っていったのです。

それまで広告をきっかけに遠方から来ていたお客様が、別の新しい店に流れてしまっていたのです。

売上は下がり、スタッフの士気も落ち、結局、広告費の20万円を削って節約した以上の損失が出てしまいました。

この例で重要なのは、
「広告費がその月に何人呼んだか」
という短期的な“定量”評価だけではなく、
「店の存在を忘れさせないための継続的なアピール」
「顧客との心理的なつながり」
という、数字には出ないけれど、たしかに効いていた“手応え”が見落とされていたということです。

要するに、“定性”的な効果が見落とされていたのです。

数字に出ない“効き目”を軽んじてはいけません。

経営とは、見える数字と、見えない価値のあいだで揺れ動くものです。

・短期で黒字なら良いのか?
・定量で+なら進めるべきか?

そうではありません。

判断の基準は、
「費用対効果をどの軸で見るのか」
という“合意”の中にしか存在しません。

そして、経営判断に必要なのは、
「数字」
を見る力だけではありません。

数字の意味を読み解き、価値に変えるための
「ミエル化」

「カタチ化」
の視点があってこそ、判断に確かな軸が通ります。

数字だけに頼るか。
感覚や理念も加味するか。

短期で判断するか。
長期で捉えるか。

誰がそのバランスを取るのか。

それが整理されていなければ、現場は動けません。

たとえシミュレーション資料を作ったとしても、その資料の
「使い方」
「位置づけ」
が共有されていなければ、ただの数字の羅列です。

そして、その整理ができるのは経営者しかいません。

判断軸を明文化し、関係者で共有すること。

その作業を
「言語化」
と呼びます。

意思決定の場では、
「判断するタイミング」
「評価する人」
「使う物差し」
がそろってはじめて、数字も、理念も、現場の行動も1つにつながっていきます。

数字と理念のあいだを行ったり来たりしながら、経営者は判断を重ねていくしかないのです。

そのプロセスが、経営のぶれない軸となって、会社を支えることになるのです。

著:畑中鐵丸

00215_緊急決裁をミエル化する― 判断を支える3つのフレームと、“焦り”の正体

「決裁案件が急ぎで回ってきました。どうしますか?」
そんな問いかけを、経営者は経験しているのではないでしょうか。

「緊急」
「至急」
「今すぐ」
このような言葉を受け取るたびに、経営者は判断の速度を上げるよう(従業員等から)求められます。

しかし、そもそも、何が
「緊急」
なのでしょうか。

どのレベルの
「火急」
であれば、通常のルートを飛ばして、決裁を早回しさせてよいのでしょうか。

1 「緊急」とは、何をもって“緊急”なのか

たとえば、ある食品メーカーの加工工場で、現場から
「この機械を今すぐ修理しないと、生産ラインが止まります」
と、焦った声で電話連絡が入ってきました。

確かに、生産ラインの停止は一大事です。

納期が遅れれば、スーパーや卸先に迷惑がかかります。

売上も立たず、信用にも響くかもしれません。

でも、少し立ち止まって考えてみてください。

・その“ライン”は、今日・明日、今週中に出荷する商品を作っているのか
・それとも、まだ在庫に余裕がある来月納品分なのか
・他のラインで代替できる可能性はあるのか
・そもそも機械の不具合はどの程度で、修理の見積もりは妥当なのか
・手配先は信頼できる業者なのか
・修理しなければ本当に止まるのか
・ラインが止まると、どれだけのロスが生じるのか

しかし、立ち止まって考えている間にも、現場からは矢継ぎ早に“緊急コール”が飛んできます。

「その部品はもうメーカーが生産していないので、別ルートで調達します」
「けどその業者は、今日中じゃないと手配が間に合わないんです」
「とにかく今すぐ!」
「今日中に決裁を!」

こうした焦燥感に満ちた訴えを前にすると、つい
「急がなければ」
と思ってしまいます。

けれど、少し冷静になってみてください。

その“緊急性”は、本当に構造的な問題なのでしょうか。

その“焦り”は、事実に基づく緊急性なのでしょうか。

それとも、
「遅れたら怒られるかもしれない」
「なんとなく不安だ」
といった、情緒的な要素が混ざってはいないでしょうか。

たとえば、
「この修理部品は、メーカー在庫が今日中にしか押さえられないらしい」
と言われても、“らしい”の中身はあいまいです。

もし急ぎの根拠が
「業者にそう言われたから」
だけだとしたら、判断材料としてはまだ不十分です。

もっと困るのは、
「とにかく業者が急げと言っている」
「何を買ったかよく分からないけど、とにかく急ぎ」
「言葉にできないけど、何かがヤバいらしい」
このような類の“緊急”です。

これはたとえるならば、
「どこの骨が折れているかも分からないのに、手術だけは急げ」
と言われているようなものです。

これでは、組織の意思決定の精度を落とすだけでなく、意思決定そのものが
「人任せ」
になってしまいかねません。

2 優先順位をつける“トリアージ”という考え方

医療の現場では、
「トリアージ」
という考え方があります。

すべての患者に同時に対応できないとき、どの人から優先して処置するかを判断する手法です。

3 決裁案件におけるトリアージ

(1)「費用」と「緊急性」──この2軸で整理する

決裁案件にも医療の
「トリアージ」
のような考え方を取り入れて、優先順位をつけることができます。
それが、
「費用」

「緊急性」
です。

これら2軸で案件を仕分けていくと、優先順位が自然と見えてきます。
・この出費は本当に必要なのか
・時間的にどれだけの余裕があるのか
・失ったときのリスクはどれだけか
・進めたときのリターンはどれくらいか

4 意思決定のための“評価対応”という視点

もうひとつ、大切な軸があります。

それが
「評価対応」
という考え方です。

「評価対応」に必要なのは、理想と現実です。

あるべき姿(あるべき)と、現状(現実)とも言えましょう。

要するに、案件を
「あるべき論」

「現実論」
の両面から見つめ直すということです。

(1)あるべき論

「そもそもこの案件は、必要だったのか?」
という視点です。

・費用対効果は検証されているのか
・代替手段、回避方法は検討されたのか
・外部の意見を聞いたのか
・責任者は明確か
・発注に至る経過は合理的だったのか

そして、その案件を
「進めた場合」

「やめた場合」

「プロコン(Pros and Cons)」(メリット・デメリット)
を比較します。

(2)現実論

このまま進めた場合、そして途中でやめた場合の
「プロコン(Pros and Cons)」(メリット・デメリット)
を洗い出していきます。

特に、途中でやめた場合のマイナス(契約解除によるペナルティや廃棄費用など)を定量的に把握することで、判断材料としての厚みが出てきます。

これが、“判断の構造”を持たせた意思決定の形です。

5 原則は「現場に書かせる」こと

そのためには、現場に書かせた一次資料に、評価者(責任者、監督・管理職従業員)の判断を加えて、社長や経営層に具申させるのです。

ここでの原則は明確です。

どんなに急いでいても、まずは現場に自らの言葉で書かせることです。

もしそれが書けないようであれば、その案件は
「語れるほどには咀嚼されていない」
と見なすべきです。

もちろん、どうしても急ぐ場合には、聞き取りによって資料を代筆するという方法もあります。

けれども、それはあくまで例外対応。

例外が常態化すると、組織の判断基盤がゆるんでしまいます。

6 「早く進めたい」の正体を見極める

現場が
「早く進めたい」
と言ってくる理由が、
「契約リスク」

「業務停止」
ではなく、ただの
「心配」
である場合は、実は少なくありません。

「相手の信頼を失いたくない」
「何となく怖い」
その気持ちは理解しつつも、会社としての判断は、もう一段冷静でなければなりません。

焦りに巻き込まれず、感情に引きずられず、裏づけを確認し、背景を洗い出し、判断に文脈と構造を持たせる。

そのために必要なのは、派手なテクニックや、裏技のような手法ではありません。

必要なのは、正しい順番で、正しい材料をそろえ、丁寧に判断を組み立てていくこと。

情報を集め、違う角度から見直し、リスクとリターンを冷静に比べること。

それらを一つひとつ、積み重ねていくことで、判断の輪郭が浮かび上がってきます。

奇抜な打ち手よりも、基本を押さえたプロセスこそが、最終的には組織を守る力になるのです。

7 まとめ──決裁は会社の意思である

決裁というのは、手続きであると同時に、会社の意思そのものです。

混乱の中でも、筋を通し、構造をもって判断する。

判断の質は、平時ではなく、まさに混乱の局面でこそ問われます。

判断とは、組織の顔であり、そこにトップの姿勢が透けて見えます。

言葉と構造で、会社──つまりトップの意思を支えさせる。

それが、“決裁のカタチ”です。

その積み重ねが、組織の信頼となり、やがて会社の顔になっていくのです。

著:畑中鐵丸

00214_親権や監護権をめぐる争い_調査官調査で家族の支援をどう伝える?――“関わり”を誤解なく届けるために

家庭裁判所で、親権や監護権をめぐる調停や審判が行われると、状況に応じて、調査官調査が実施されることがあります。

たとえば、親同士の主張が大きく食い違っていたり、
「子どもの心情や家庭環境の実態を把握する必要がある」
と裁判所が判断した場合などに実施されます。

一方、当事者間に大きな争いがなく、資料や面談だけで判断が可能と裁判所が判断した場合などは、調査官調査が行われないまま調停がまとまったり、審判が出されることもあります。

さて、調査官調査に話を戻します。

調査では、親としての適性だけでなく、その人を支える身近な支援者――とくに祖父母の存在や関わり方が、重要なポイントとして見られます。

実際、祖父母が日常的にどのように子どもと関わっているか、また、その支援がどれくらい継続的に期待できるかという点は、調査官の関心が向きやすいところです。

ある相談では、依頼者の両親が子どもたちの近くに住み、日々の生活を支えているというケースがありました。

このような状況では、調査官調査に祖父母も同席してもらうことで、子育ての環境が整っていることを直接伝えることができます。

支援がきちんと機能していることが、調査官に具体的に伝わるという点でも、有効な方法です。

ただし、祖父母に調査への協力をお願いするには、慎重な検討が必要です。

家庭裁判所の調査官とのやりとりは、祖父母にとっては非日常の場面であり、強い緊張や不安を伴うこともあります。

また、善意で話したつもりの言葉が、調査官には違う意味に受け取られてしまうこともあります。

たとえば、ある祖母のケースでは、調査官に
「お孫さんとどのように関わっていますか」
と聞かれて、笑顔でこう話されました。

「息子は忙しいですからねえ。私が代わりに、学校の送り迎えや夕飯の用意をしています。もう、私がいないと生活が回らないんですよ」
この言葉を聞いた調査官は、
「父親が子育ての中心ではなく、祖母が実質的に監護しているのではないか」
と受け取りました。

実際には、父親である依頼者が毎日帰宅後に子どもと過ごし、教育やしつけも担っていました。

しかし、祖母の発言だけを聞くと、父親の監護力が弱く、祖母に頼り切った家庭のように映ってしまったのです。

同じような誤解は、他の親族の発言からも起こり得ます。

たとえば、母親の弟、つまり子どもにとっての叔父にあたる方が、調査官との面談でこう話したことがありました。
「最近は、夜遅くまでスマホをいじってるみたいですよ」
そのつもりはなかったのですが、調査官には、
「家庭内のルールが緩く、生活リズムが乱れている」
と受け取られてしまったのです。

また、ある祖父が、
「あの子は、もうちょっと叱ったほうがいいんじゃないか」
と口にした場面では、調査官から
「虐待が疑われる可能性もある」
との評価が下されたことがありました。

祖父本人としては、しつけの大切さを伝えたかっただけでしたが、発言の受け止め方ひとつで、大きく意味が変わってしまうことがあります。

どちらも、子どもを大切に思うからこその発言です。

悪気があるわけでも、間違ったことを言っているわけでもありません。

しかし、その一言が、特に、親同士の主張が大きく食い違っている場合には、調査官の家庭環境に対する評価に大きく影響してしまうことがある、という現実があります。

このような認識のズレは、当事者とその人を支える身近な支援者間の事前の打ち合わせや準備が不十分であればあるほど、起こりやすくなります。

また、調査当日の段取りや移動手段、時間の制約など、実務的な負担も考慮しなければなりません。

祖父母の年齢や健康状態によっては、長時間の対応が身体的にも大きな負担になることがあります。

一方で、調査官調査への同席を見送れば、祖父母への負担やリスクは避けることができます。

しかしその場合、調査官から
「支援が限定的なのではないか」
「そもそも、本当に祖父母の支援があるのか」
と、見られてしまうおそれもあります。

だからこそ、それをどう補っていくかが、大切なポイントになります。

そこで有効なのが、祖父母による支援の実態を具体的に整理し、わかりやすい言葉で説明できるように準備し、それを資料や文章としてカタチにしておくことです。

さらに、写真や記録を活用し、面談の中で丁寧に説明することで、同席しなくても、家庭としての支援体制をきちんと伝えることができます。

そして、もうひとつ大事な視点は
「調停や審判の手続きの中で、その内容をどのように伝えるか」
ということです。

ただ情報を並べるのではなく、調査官や裁判官が求めているのは、
「その家族がどんなふうに子どもを育てているのか」
が、伝わるカタチになっているかどうかです。

どこまで伝えるか、どう伝えるか。

ほんの少しの工夫が、相手の受け取り方を大きく変えることがあります。

その家庭に合ったやり方で、わかりやすく、そして誤解のないように伝えていくこと。

結局のところ、その積み重ねしか、調査官や裁判官には届かないのです。

著:畑中鐵丸

00213_ケーススタディ_「増員要求」にどう向き合うか ―欠員見直しを考えるとき、経営者が忘れてはいけない視点

<事例/質問>

先生、少しご相談させてください。

「経理の担当者が1人退職する。だから人を補充してほしい」
と、経理部長が言ってきました。

理由を聞くと、
「人がいないと今の業務量では回らない」
「この機会に効率化も考えたいが、やはり時間がかかる。だから今は人を入れてほしい」
と。

正直、私はモヤモヤしています。

「今回は欠員補充だから仕方ない」
と割り切るべきなのか。

でも、それを認めた瞬間、
「仕事が多ければ人を増やせばいい」
という考え方が、この組織に染みついてしまうのではないか――そんな気がしてならないのです。

だから、簡単に首を縦には振れません。

この場面で、経営者としてどう判断するのが正しいのか。

畑中先生なら、どう考えますか?

<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>

まず、大前提として伝えたいのは、
「忙しいから人を増やしてほしい」
という話は、仕事の本質からズレている、ということです。

忙しい理由の多くは、
「考えずに手を動かしているから」
です。

想像してみてください。

昼のピーク時に
「もう無理だ、店員を増やしてくれます!」
と騒いでいるラーメン屋があります。

でも、本当に繁盛している店は違います。

一番忙しい時間帯こそ、
「どうすれば今の人数で回せるか」
を真剣に考え、工夫を重ねています。

その積み重ねが、店の力になっているんです。

今日の話も、本質はまったく同じ。

「苦しいから助けてほしい」
「考えたくない」
「現状をそのまま認めてほしい」
・・・要するに、
「泣き言」
なんですよね。

したがって、社長としてやるべきことは1つです。

業務をすべて洗い出させ、効率化の可能性を検討させた結果「どうしても人員が必要だ」というのであれば、プロコン含めてその内容を報告させることです。

「苦しいから人が欲しい」
という気持ちは、もちろん理解できます。

でも、それを理由に人を増やすのは、経営としては間違っています。

増員を求めるなら、
「なぜ今の体制では回らないのか」
「どこに業務が集中しているのか」
「そもそもその業務は本当に必要なのか」
ここまで考え抜いた結果、論理的に説明できる状態になって初めて、議論のテーブルに乗せるべきでしょう。

そして、この考え方はチーム全体にも徹底させるべきです。

「苦しいから人を増やす」
そんな甘えは、今ここで断ち切らなければなりません。

増員は、最後の最後の手段です。

まずは
「業務の棚卸し」
そして
「効率化の提案」
そこから始めることです。

そのプロセスを経て、どうしても必要だというなら、その時、会社の未来にとってプラスかどうかを基準に、経営として判断すればいいのです。

著:畑中鐵丸

00212_脅しのカラクリと、それを無力化する方法

世の中には、脅しを武器にしてカネを巻き上げようとする連中がいます。

反社会的勢力も犯罪グループも、さらには労働基準監督署でさえも、その根っこは同じです。

「脅してカネを取る」
という目的に違いはありません。

脅しが成り立つのは、相手が怖がるからです。

彼らが一番得意とするのは、相手が恐れをなしてすぐに従うこと。

しかし、この手法には決定的な弱点があります。

それは、証拠を残されると一気に勢いを失うことです。

脅す側にとって、録音や記録を取られるのは最悪です。

なぜなら、
「言った言わない」
の曖昧な状況だからこそ脅しは成立するもの。

証拠が残れば、それは単なる不正行為の記録になり、もう力づくで押し切ることはできません。

だからこそ、録音や記録を取られた瞬間、彼らは急におとなしくなるのです。

とはいえ、脅しが通じないからといって、すぐに諦めるわけではありません。

ここで重要なのは、彼らが最も困るのは、反発されることではなく、時間をかけてグズグズされることだという点です。

たとえば、あなたが突然、高額な請求を受けたとしましょう。

脅す側は、
「いますぐ払え」
「お前のためにならないぞ」
と畳みかけてきます。

ここで
「わかりました」
と言ってしまえば、彼らの思うツボ。

しかし、
「ちょっと考えます」
「確認してから返事します」
と時間を引き延ばした途端、彼らはイライラし始めます。

なぜなら、彼らにとって最も大切なのは
「早くカネを取ること」
だからです。

時間が経てば経つほど、(彼らから見ての)相手の警戒心は強まり、弁護士や第三者に相談する余裕も生まれます。

さらに、時間が長引けば、
「この案件にこれ以上時間をかけてもメリットがない」
と判断し、彼らは手を引くことすらあります。

これは、いわば
「持久戦」。

彼らはスピード勝負で成果を上げるビジネスモデルで動いているため、じわじわと時間をかけられると、収益性がどんどん悪化していくのです。

反社会的勢力でも、犯罪グループでも、労働基準監督署でも、脅しのビジネスにとって最大の弱点は
「時間をかけさせられる」
ことなのです。

つまり、彼らに対抗する最も効果的な方法は、
「急がない」
こと。

「すぐに答えを出さない」
「考える時間を確保する」
「第三者に相談する」

こうした対応をすることで、相手の戦術は崩れていきます。

焦って行動するのではなく、じっくりと構えることです。

それこそが、脅しに対する最強の防御策なのです。

著:畑中鐵丸

00211_成果を出す人の共通点:「ゴールデザイン」の極意 – 成功するプロジェクトの条件とは?

何かを成し遂げるには、単なる行動だけでなく、しっかりとした
「ゴールデザイン」
が必要です。

ただ目標を決めるだけでは不十分で、それをどう実現し、どのように影響を長く残すのか――この戦略が極めて重要になります。

今回は、ゴール設定の際に押さえておくべきポイントについてお話しします。

1 長く記憶に残る戦略を

まず、大切なのは
「人々の記憶に長く残る仕組みを作ること」
です。

単発の活動では、どれだけ大きなインパクトを残したとしても、時間とともに忘れ去られてしまいます。

継続的に注目を集めるためには、広く、強く、組織的に、系統立った活動が欠かせません。

2 「他人を利用する」とはどういうことか?

大きな目標を達成するには、一人の力では限界があります。

しかし、ただ
「誰かに頼る」
のではなく、
「他人を利用する」
という視点が必要です。

ここで言う
「利用する」
とは、相手にメリットを提供することで、こちらの目的にも協力してもらうということ。

例えば、政治家には
「票」

「知名度」、
マスコミには
「視聴率」

「話題性」、
学者には
「研究成果」、
弁護士には
「仕事」、
行政には
「権限拡大」

「制度成果」
など、それぞれが求めるものがあります。

これらを理解し、自然な形で
「相手が得をする」
構造を作ることが大切です。

その際、
「タカる他人」
ではなく、
「正当なメリットを得て合理的に動く他人」
を選ぶことが重要です。

ここを間違えると、余計なトラブルに巻きこまれたり、活動自体が停滞してしまうこともあります。

3 運動家とは距離を置く

また、活動自体を目的にしている人や、特定のイデオロギーに染まった人(いわゆる「運動屋」)とは一線を画すべきです。

彼らは現実的な成果よりも、自分たちの主義主張を優先しがちだからです。

成功の女神は、リアリストにしか微笑みません。

4 世間の支持を得る方法

世間の支持を得るためには、
「自分の本心をストレートに伝えない」
という戦略も必要です。

人々が何となく感じているモヤモヤした不満や疑問を、言葉や形にして示すことが重要です。

ここで大切なのは、
「自分の言いたいことを言う」
のではなく、
「世間が共感しやすい表現を使う」
こと。

つまり、ミエル化・カタチ化・言語化が求められます。

5 目的のためには手段を選ばない

成功する人は、みな
「人たらし」
です。

時には誤解を利用し、ウソも方便として使います。

目的は手段に優先する――これは、現実の世界で成果を出すための鉄則です。

また、大きなプロジェクトを進めると、必ず足を引っ張る人が現れます。

しかも、それは外部の敵ではなく、内部の
「味方の顔をした人間」
だったりします。

大きな組織を立ち上げるには、内部抗争を乗り越える覚悟が必要です。

考えの違う人間を排除する決断ができないなら、最初から組織作りに手を出さない方がいいでしょう。

6 成功のカギは、明確な未来像と参加者のメリット

成功確率を高めるためには、
「未来の形を明確にし、具体的なメリットを提示すること」
が不可欠です。

ゴールがぼんやりしていたり、関わる人にメリットがなかったりすると、いずれ誰もついてこなくなります。

通常、この境地に至るには10年、20年という歳月がかかります。

その間にエネルギーを使い果たし、取り組み自体が忘れられ、結局は何も残らないというのが一般的な流れです。

しかし、驚くべきスピードで、正しい環境認識ができる人もいます。

政治家、マスコミ、協力団体、学者、弁護士――必要な要素が、驚くべきスピードで揃う場合もあります。

とはいえ、正しい認識があり、条件が揃っていても、最後に必要なのはリーダーの覇気と努力です。

どれだけ準備が整っていても、最終的に動かすのは
「人」
です。

そして、その人が持つ
「情熱」

「行動力」
こそが、成功を決定づけます。

だからこそ、最後に問われるのは
「そのリーダーに覚悟と行動力があるか?」
なのです。

著:畑中鐵丸

00210_事業責任者から「社長(仮)」は育つのか?社内育成 vs. 外部登用、その最適解

会社を経営する上で、
「人材の育成」

「組織の運営」
は避けて通れない課題です。

特に、事業責任者となる人材を社内で育成するか、それとも外部の優秀な人材に任せるかは、経営方針によって大きく変わります。

ある会社では、
「時間がかかっても、すべての事業責任者は社内で育成する」
という方針を掲げ、たとえ未熟でも、まずは「社長(仮)」としてコックピットに座らせ、操縦桿を握らせるという決断をしました。

しかし、その結果、会社がどのような状況に陥るのか、現実的な懸念もあります。

1 事業責任者が担うべき業務とは?

事業責任者として最低限必要な業務は、大きく分けて2つあります。

(1)ルーティン・オペレーション

・ヒト・モノ・カネ・ノウハウの管理
・売上予算や行動計画の策定・承認
・各スタッフへの行動目標設定と進捗フォロー
・組織の監視・監督・助言
・異常事態の発見と対処

(2)事業の高度化・効率化、新規取組の推進

・事業環境の認識と分析
・未来のビジョン設計(ゴールデザイン)
・資源調達(予算・人員・内製or外注)の検討
・費用対効果の検証と意思決定
・実施と試行錯誤を繰り返し、最適解を見つける
・結果に応じた評価・報酬調整

こうした業務を、
「社長(仮)」
に求めることになります。

しかし、それがまともに機能していない場合、
「時間がかかる」
どころか、
「いつまで経っても形にならない」
という事態に陥るでしょう。

2 放牧状態の事業ユニット

各事業ユニットが放牧状態であるとするならば、事業責任者としての役割を果たせる人材が育っているとは言い難い状況です。

例えば、次のようなタイプの人材が事業責任者になった場合、本当に会社を運営できるのかという問題があります。

・タイプA:「何もしてこなかった」+「新しい体制を妨害する元部長」
・タイプB:「他所で食い詰めて、仕方なくこの業界、この会社に流れ着いた中途社員」
・タイプC:「知識・経験不足で、処遇にも不満を持ちながらも、受け身で従い続ける若手・新卒」

彼らに事業を任せた場合、本当に大丈夫なのでしょうか?

そもそも、
(1)事業責任者としての仕事を独力で遂行できるような人材が、社内から誕生するのか?
(2)万が一、そんな能力を獲得した人材が出てきたとして、その人が会社に忠誠を誓うのか? 悪さをしたり、出て行ったりしないか?
といった懸念が生じます。

3 「社長(仮)」の監視と管理

「社長(仮)」
にコックピットを任せるという方針は、育成の観点からは正しいのかもしれません。

しかし、それだけでは会社が正しく運営される保証にはなりません。

もし、事業責任者が業務を適切に遂行できなかった場合、後部座席から激しく指摘を入れなければなりません。

「お前、運転下手だな。何やってんだ!  ほら、はよ行け! ……バカ、そこは止まれよ!  てめえ、免許持ってんのか?  何ワイパー動かしてんだ!  ウィンカーは逆! ほら、エンストだ!  うわ、酔いそう。ガシャン! 何?  ブツケた? もうダメだな。代行呼ぶよ!」

このように、適切な監視と管理がなければ、事業責任者が好き勝手に暴走し、会社全体が崩壊するリスクもあるのです。

4 育成か即戦力か?

「社内でじっくり育てる」
という方針は、決して間違いではありません。

しかし、育てる環境が整っておらず、適切な管理体制もないままに責任だけを与えると、組織は機能しなくなります。

したがって、
「社長(仮)」
に任せるなら、
育成」+「監視
をセットにする必要があります。

もしくは、
「『育成』にこだわらず、最初から優秀な人材を外部から確保する」
という選択肢も考えるべきでしょう。

どちらが正解なのかは、会社の文化や経営理念によります。

しかし、どの道を選ぶにしても、
「放任しすぎるリスク」
だけは避けるべきです。

著:畑中鐵丸

00209_ケーススタディ_仕事のオファー、断るべきか_断る前に知っておくべき「業務受託のステップ」

<事例/質問>

私はWEB専門のコンサルタントです。

自分の会社を経営しながら、依頼があるとWEBチームの活性化をサポートしています。

そんな私に、ある会社から業務管理の話が持ちかけられました。

その会社は既存の業務を縮小し、新しい事業の立ち上げを計画中です。

社内の多くの従業員は新事業に回され、既存業務は少数のメンバーで担当することになりました。

私は、経験上、こういう話には
「何か大変なことが隠れている」
ことが多いと、感じています。

だからといって、面談を断るということは、仕事そのものを断ることにもつながり、今後の関係性に影響が出るかもしれません。

何と言って、断ればいいでしょう?

<鐵丸先生の回答/コメント/アドバイス/指南>

「断ること」
を前提に相談されていますが、本当に断るべき案件なのでしょうか?

多くの人は、相談者と同じような状況になると、
「面談=業務の承継」
と考えてしまいがちです。

しかし、この考え方は
「業務の全体像を掴む前に、承継することが前提になっている」
状態であり、無理な決断を強いられることになります。

つまり、
「現状を知る前に、責任を負わされるかもしれない」
と身構えてしまうのです。

しかし、面談は
「業務を承継する前提」
ではなく、まずは
「状況を把握するための機会」
だと考えるべきです。

業務受託にはステップがある

「時は金なり」
という言葉のとおり、多くの人は時間を最適化しようとして、プロセスの統合や省略をしがちです。

しかし、常にそれが正しいとは限りません。

特に業務受託においては、正しい手順を踏むことが重要です。

「アセスメント → 関与条件設計 → 条件交渉 → 受託 → 実施」

この流れを飛ばしてしまうと、後から
「こんなはずではなかった」
と後悔することになりかねません。

業務の詳細を調査しないまま
「面談、即、業務承継」
として進めると、途中で問題が発生したり、委託者・受託者両者の認識のズレが生じたりする原因になります。

たとえば、レストランで
「おまかせコース」
を頼むとき、メニューを確認せずに
「何でも食べられるから大丈夫」
と思ったら、苦手な食材が出てきて困ることがありますよね。

事前に
「どんな料理が出ますか?」
と聞いたら、避けられるはずです。

「やりたくないから、面談もしない」は本末転倒

したがって、
「この業務はやりたくないから、そもそも面談もしない」
という考え方は、適切な判断とは言えません。

なぜなら、業務を正しく評価しない限り、本当にその業務が
「やるべきではないもの」
なのか、
「判断して価値があるもの」
なのかをすることができないからです。

新しい仕事の話が来たとき、
「とりあえず詳細を聞いてみよう」
と思うのと、
「興味がないから話すら聞かない」
と決めるのでは、選択肢の広がりが全く違います。

これは、旅行の計画を立てるときにも言えることです。

「この国には興味がないから、ガイドブックも見ない」
と決めつけてしまうのは、もったいない話です。

実際に調べてみると、予想以上に魅力的な場所があったり、自分の興味に合った観光スポットがあるかもしれません。

仕事の受託も同じで、
「面談=受託確定」
ではなく、
「情報を集めて判断するための機会」
と考えるとよいでしょう。

まとめ

面談は業務を即座に引き継ぐためのものではなく、業務の状況を把握するためのプロセスです。

「やりたくないから面談もしない」
という考えでは、そもそも正しい判断はできません。

まずは情報を集め、正しい判断ができるようにすることが、結果的に正しい選択につながるのです。

著:畑中鐵丸