00264_ケーススタディ_「奴隷契約」を「パートナー契約」に変える魔法の言葉_“協議の上”と“努力義務”があなたを救う

圧倒的な力を持つ大企業から提示された契約書。

「スケジュールは当社の指示に従え」
「経費は込み込みで」。 

これにそのままハンコを押すのは、自ら首輪をはめに行くようなものです。 

本記事では、契約書におけるたった一言の追加・修正が、いかにして
「隷属」

「対等」
に変え、
「赤字」

「黒字」
に変えるか、その交渉の急所と、プロが使う
「柔らかな抵抗」
のテクニックについて解説します。

<事例/質問>

先生、またまた無理難題が降ってきました。

私、フリーランスで専門的な技術解説や実演(デモンストレーション)を行っているNと申します。 

このたび、業界最大手の巨大流通グループであるゼット社(仮名)から、新商品のキャンペーン・アンバサダーとして、全国の店舗イベントに出演してほしいというオファーをいただきました。

天下のゼット社と仕事ができるのは光栄なのですが、送られてきた契約書(ドラフト)を見て愕然としました。

1 スケジュールの拘束 
「甲(ゼット社)が指定する日程・場所において、乙(私)は出演業務を行うものとする。乙はスケジュール調整に最大限協力する」
→これでは、私が他の仕事を入れていても、ゼット社の一声でキャンセルさせられそうです。

2 ギャラと経費 
「出演料は1回あたり10万円とし、これ以外の金銭的請求(交通費、宿泊費等を含む)はいっさいすることができない」 
→北海道や沖縄に行かされたら、交通費だけで赤字になりそうです。

3 広報活動 
「乙は、本キャンペーンの広報活動(SNS投稿、取材対応等)について、甲の指示に従い協力するものとする」
→タダ働きで宣伝マンまでやらされそうです。

相手は巨大企業です。

「文句があるなら他の人に頼むよ」
と言われそうで怖いです。 

この
「奴隷契約」
のような条項を、角を立てずに、しかしこちらの身を守れるように修正するには、どう切り返せばよいでしょうか?

<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>

Nさん、それは契約書ではありません。 

あなたがいうように
「奴隷奉公の誓約書」
ですね。

そのままハンコを押せば、Nさんはゼット社の都合のいい駒として全国をドサ回りさせられ、最悪の場合、 
「働けば働くほど貧乏になる(交通費倒れ)」 
という、資本主義のバグのような状態に陥ります。

相手が巨大企業であっても、恐れることはありません。 

彼らは
「ジャイアン」
のように振る舞っていますが、契約書という土俵の上では、対等な
「甲」

「乙」
です。

以下の3つの
「魔法の杖」
を使って、この召集令状を、ビジネス契約書に書き換えましょう。

1 「奴隷」から「人間」へ戻る魔法の言葉:「協議の上」

まず、最大の問題である
「スケジュールの拘束」
です。 

相手が一方的に決めて、こちらは最大限協力する(=断れない)。

これは主従関係です。

ここに、魔法の言葉を挿入します。

 「甲および乙の協議の上」 

この7文字を入れるだけで、世界が変わります。

「やむをえない事情のある場合は、この期間を、“甲および乙の協議の上”変更することができる」
 「作業日程は、“甲および乙の協議の上”定めるものとする」

こう書き換えることで、 
「お前、明日来い」 
という命令が、 
「明日、どうですか?」
「いや、明日は先約があるので来週で」 
という
「相談(交渉)」
に変わります。

Nさんの立場上、相手主導でのスケジュール調整が必要なのは事実でしょうが、少なくとも
「拒否権」

「調整権」
を確保しておくことが、人間としての尊厳を守る最低ラインです。

2 「赤字」を防ぐ防波堤:「実費は別」

次に、お金の問題です。 

「出演料10万円(交通費込み)」
というのは、近所の公民館でのイベントなら良いでしょう。 

しかし、全国展開のキャンペーンであれば、これは
「毒まんじゅう」
です。

もし、急遽
「明日は沖縄でイベントだ」
と言われたらどうしますか? 

往復の航空券と宿泊費で、10万円など一瞬で消し飛びます。 

Nさんは、タダ働きどころか、
「ゼット社のイベントにお金を払って出演させてもらう」
という、謎のスポンサーになってしまいます。

ここは、毅然とこう修正しましょう。 

「なお、甲は、乙に対し、別途、本件業務に要する交通費等の実費を支払うものとする」

もし相手が
「予算の都合で込み込みにしたい」
と言ってきたら、
 「では、交通費込みで妥当な額(例えば20万円)に増額してください」 
と返しましょう。 

「商品の値段(出演料)」

「送料(交通費)」
をごっちゃにしてはいけません。

3 できない約束はしない:「努める(努力義務)」への軟化

最後に、広報活動や追加の作業についてです。 

「協力するものとする」 
と書かれると、これは法的な
「義務」
になります。 

もし協力できなかったら、契約違反で損害賠償請求されかねません。

しかし、相手との力関係で、真っ向から
「嫌だ」
とは言いづらい。 

そんな時に使うのが、大人の逃げ道、 
「努める(つとめる)」 
です。

「~に応じるよう“努める”ものとする」

こう書き換えることで、これは
「努力義務」
になります。 

「頑張ります(でも、できなかったらごめんね)」 
という意味になり、法的な強制力は格段に落ちます。

結論

Nさん、契約交渉とは、喧嘩ではありません。

「長く良好な関係を続けるための、ルールのすり合わせ」
です。

「御社のお仕事に全力で貢献したいからこそ、無理が生じないように調整させてください」 
というスタンスで、 
「協議の上」
「実費は別」
「努める」 
この3点を修正案として投げ返しましょう。

それでも
「一字一句変えられない」
と言うような相手なら、その仕事は断った方が、Nさんの未来のためです。 

「名誉ある撤退」
もまた、プロフェッショナルの重要な決断です。

著:畑中鐵丸