社員が業務中にトラブルに巻き込まれ、大怪我を負った。
会社として全面的にバックアップしたいと考えるのは当然ですが、実はここに法的な落とし穴があります。
「労災の手続き(事務)」
は会社が代行できますが、
「加害者への慰謝料請求(喧嘩)」
を会社が代行すると、弁護士法違反(非弁行為)となるリスクがあるのです。
本記事では、傷害事件を題材に、
「会社ができる支援」
と
「やってはいけない支援」
の境界線、そして顧問弁護士を
「社員個人の武器」
として活用する際の
「利益相反」
という地雷について解説します。
<事例/質問>
先生、大変なことが起きました。
当社の東京営業所の所長であるX(35歳)が、業務中に社用車を運転していたところ、通行人の男とトラブルになり、顔面を殴打されるという傷害事件が発生しました。
場所はスーパーの前で、駐車車両を避けようとしたところ、手押しの自転車で向かってきた50代の男に因縁をつけられ、口論の末に暴行を受けたようです。
Xは救急搬送され、
「左眼窩底骨折」
という全治不明の大怪我を負いました。
手術も必要で、後遺症の恐れもあるとのことです。
会社としては、被害に遭ったXを全面的にバックアップしたいと考えています。
当然、労災申請は進めますが、X個人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料などを加害者に請求する件についても、会社が間に入って交渉してあげたいと考えています。
X本人にはそうした知識も経験もないからです。
つきましては、会社がXの代理として加害者と交渉しても問題ないでしょうか?
また、それが難しい場合、先生の事務所でXの個人的な相談に乗っていただけないでしょうか?
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
それは災難でしたね。
X所長のお身体と、御社の動揺、お察しいたします。
結論から申し上げます。
「会社が加害者と交渉してはいけません。それは『非弁行為』という法律違反になります。その代わり、私が顧問料の範囲内で、X所長個人の代理人として徹底的にガードしましょう」
ご質問にある通り、ここには一般の方が誤解しやすい
「2つの戦場」
と
「超えてはいけない一線」
があります。
状況を整理し、X所長を救済するプランを提示しましょう。
1 「労災申請」はOKだが、「慰謝料請求」はNG
まず、X所長の
「会社でやってよ」
という気持ちも、御社の
「やってあげたい」
という親心もわかります。
以下の2つを明確に区別しなければなりません。
• A:労災保険の申請(事務手続き)
これは「従業員の権利」に基づく申請ですが、会社には証明や手続きを手伝う「助力義務」があります。
したがって、会社(総務・人事)が主導して進めるべき「適法な事務」です。
• B:加害者への損害賠償・慰謝料請求(喧嘩)
これは、「殴られて痛い思いをしたXさん個人」が、加害者に対して持つ権利です。
ここが重要なのですが、この「個人の喧嘩(交渉)」を、弁護士資格のない会社が本人に代わって行ってしまうと、「非弁行為(弁護士法72条違反)」という犯罪になってしまいます。
つまり、会社は
「労災(A)」
の手続きはできても、
「慰謝料請求(B)」
の代行は、法律上やってはいけないのです。
「やってあげない」
のではなく、
「やってあげたくても、やると犯罪になるからできない」
のです。
会社ができる福利厚生としては、
「会社が手出しできない『喧嘩』を代行してもらうために、プロ(顧問弁護士)をX所長個人のために無償(会社負担)で貸し出すこと」 があげられます。
2 法律よりも「眼」が大事:意外なコネクションの活用
さて、法律論の前に、大事なのはX所長の眼です。
眼窩底骨折となれば、顔の変形や視機能障害など、一生に関わる後遺症が残る可能性があります。
実は私、この分野の権威である某大学病院の眼科学教授と懇意にしております。
もしX所長が高度な治療をご希望なら、私の紹介で、教授の診察を受けられるよう手配いたしましょう。
わが法律事務所の場合、仕事は、裁判だけではありません。
「困ったときに、最適な専門家(医者含む)につなぐコンシェルジュ」
としての機能も、顧問料に含まれているとお考えください。
3 「対・加害者」においては、最強の用心棒を用意する
次に、加害者への対応です。
相手に資力(お金)があるなら、民事上の損害賠償請求で徹底的に絞り上げます。
しかし、こういう手合いは得てして
「無敵の人(お金がない人)」
であるケースも多い。
その場合は、以下のフルコースで攻め立てます。
• 刑事告訴: 警察を動かし、刑事罰を与えて社会的制裁を加える
• 各種給付金: 相手から取れないなら、労災保険はもちろん、国の「犯罪被害者給付金」など、あらゆるセーフティネットからお金を回収する
X所長が泣き寝入りすることのないよう、ありとあらゆる
「財布」
を探し出します。
4 「労災」であるがゆえの「利益相反」の境界線
ただし、法務担当者様、1つだけ
「絶対に越えてはいけない一線」
があります。
それは、
「会社とX所長がケンカになる場合」
です。
今は
「会社とX所長 vs 加害者」
という構図で共闘しています。
しかし、万が一、X所長が
「会社が安全配慮義務を怠ったからこんな目に遭ったんだ! 会社も責任を取れ!」
と言い出し、
「対・会社」
の構図になった場合(労災上乗せ請求など)。
その瞬間に、私はX所長の味方を辞めます。
なぜなら、私はあくまで
「御社(会社)」
の顧問弁護士だからです。
会社と利益が対立する相手(たとえ社員であっても)の代理人を務めることは、弁護士法上の
「利益相反」
となり、禁じ手となります。
ですから、
「加害者と戦う分には、ウチの顧問弁護士が全力で味方する。ただし、労災などで会社と揉めるような話になったら、先生は会社の代理人だから、君の味方はできなくなる。その時は別の弁護士を紹介する」
という点だけは、最初にX所長に釘を刺しておいてください。
結論
まずは治療優先。
動けるようになったら、X所長を私の事務所によこしてください。
あるいは、私の携帯番号を教えて、直接連絡させても構いません。
「会社は法的に『喧嘩の代行』はできない。その代わり、会社が雇っている『最強の用心棒』をお前のために用意した」
と伝えて、彼を安心させてあげてください。
*本記事は、実際の法律相談や裁判事例を参考にしつつ、プライバシー保護の観点から事実関係に大幅な加工・修正を加えたフィクション(架空の事例)です。
記事の内容は、一般的な法解釈や交渉・実務上のポイントを解説するものであり、個別の事案における具体的解決や法的効果を保証するものではありません。
ご自身の抱える法的トラブルについては、具体的な事情により法的判断が異なりますので、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
著:畑中鐵丸