「悪いことをされたのだから、裁判で訴えれば、損害を取り戻せるはずだ」
そう信じて疑わない経営者や法務担当者は少なくありません。
しかし、日本の民事裁判の実態は、被害者にとって
「残酷なまでに冷淡」
なシステムであることがあります。
本記事では、少額の損害賠償請求を巡る攻防を通じて、
「裁判」
を
「投資」
として捉えることの危険性と、プロの弁護士が考える
「喧嘩の作法」
について解説します。
<事例/質問>
先生、至急、訴訟の準備をお願いしたい案件があります。
当社(仮称:株式会社コスミック・ソリューションズ)は、元取引先の代表者(個人)に対して、業務委託費の前払い金など約100万円の損害賠償を求めています。
相手は、のらりくらりと支払いを逃れており、誠意のかけらも見られません。
詐欺を念頭に警察に相談しましたが、
「民事不介入」
を盾に動いてくれず、刑事告訴は厳しい状況です。
刑事事件化をチラつかせて示談で回収するプランが崩れた今、民事訴訟で白黒はっきりさせたいと考えています。
ついては、以下の点について教えてください。
1 民事訴訟を起こした場合の勝算と、回収の見込み。
2 正直、100万円を取り戻すのに高額な弁護士費用はかけられません。できるだけ安く(成功報酬のみなど)お願いできないでしょうか?
3 損害賠償請求の相場は、実損の100万円程度という認識でよろしいでしょうか?
相手の不誠実な態度が許せません。法的な正義の鉄槌を下してください。
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
社長、お怒りはごもっともです。
しかし、冷水を浴びせるようで恐縮ですが、プロの法律家として、残酷なまでの
「現実」
をお伝えしなければなりません。
結論から申し上げます。
「投資対効果(ROI)を考えるなら、泣き寝入りをして、その時間とエネルギーで株や金(ゴールド)でも買っていた方が、よほど儲かります」
その理由を、日本の司法制度というゲームのルールブックに従って、紐解いていきましょう。
1 日本の民事裁判は「加害者の楽園」?
まず、民事訴訟の見通しですが、勝訴判決(「被告は原告に100万円支払え」という紙切れ)を取ること自体は可能でしょう。
しかし、判決文は「打ち出の小槌」ではありません。
相手に支払う意思がなく、めぼしい財産もなければ、ただの
「記念品」
です。
強制執行をかけるにも、相手の財産(隠し預金など)はこちらで見つけ出さなければなりません。
さらに言えば、日本の民事裁判システムは、
「被害者に冷淡、加害者に有利な、『やり得』容認型」
の構造になっています。
相手がのらりくらりと逃げ回れば、裁判は長期化し、こちらの精神的・時間的コストばかりが嵩んでいきます。
「正義の鉄槌」
どころか、被害者が
「疲弊という名の二次被害」
を受けるのがオチなのです。
2 「100万円の回収」は「投資」としては大失敗
社長は
「費用を安く」
とおっしゃいますが、法的事件というプロジェクトは、一般の事業投資とは異なります。
「投資対効果」
という概念で割り切れるものではありません。
100万円を取り戻すために、弁護士費用を払い、社員の時間を使い、社長の精神的リソースを割く。
経済的に見れば、どう計算しても
「赤字プロジェクト」
です。
もし、この訴訟を
「損害をカバーするための金策」
と考えているなら、即刻中止すべきです。
「泣き寝入り」
は、敗北ではなく、
「これ以上の損失(弁護士費用と時間の浪費)を防ぐための、賢明な損切り(ロスカット)」
という高度な経営判断になり得るのです。
3 それでも戦うなら「道楽」としてやれ
では、この訴訟に意味はないのか?
いいえ、1つだけあります。
それは、
「多少の面倒やコストは覚悟でも、法に照らして、きちんとケジメをつけたい」
という、社長の
「意地」
や
「プライド」、
あるいは
「教育的指導」
という名の
「明確な非経済的動機」
がある場合です。
「カネの問題じゃない。あいつを許さないことが目的なんだ」
と腹を括れるなら、喜んでお手伝いしましょう。
ただし、それは
「投資」
ではなく、社長の心を晴らすための高級な
「道楽(消費活動)」
です。
4 「安かろう悪かろう」は法務でも同じ
最後に、費用についてです。
「難易度やリスクとバランスが取れた費用」
をご負担いただけないなら、信頼関係の構築は不可能です。
「費用面で劇的に廉価なサービス」
をお求めであれば、他の弁護士や法テラスなどを探していただくのも1つの選択です。
しかし、
「劇的な廉価となれば、却ってクオリティ上の不安が発生する」
のが、プロフェッショナル・サービスの常識です。
「100円の寿司に、銀座のQ兵衛のネタとサービスを求める」 ようなことは、社長の美学に反するのではないでしょうか。
結論
今回の100万円は、
「高い勉強代」
として損金処理し、本業に邁進されるのが、最も経済合理性の高い選択です。
それでもなお、
「カネをドブに捨ててでも、相手に一撃加えたい」
という情熱がおありなら、正規のフィーをお支払いいただいた上で、徹底的にやりましょう。
どちらの道を選ばれるか、それは経営者である社長の
「生き様」
の選択です。
著:畑中鐵丸