日々の業務や生活の中で、
「恩を仇で返された」
と感じる瞬間に出くわすことがあるかもしれません。
親切心から手を差し伸べた、自分の持てる力を尽くして協力した。
にもかかわらず、その結果が、期待とはまったく異なるかたち――まるで裏切られたかのような対応で返ってきたとき、人は強い怒りや失望を感じるものです。
特に、仕事における
「信頼」
が重要な法務という領域に身を置く者にとって、こうした感情は、判断を曇らせ、対応を誤らせる原因にもなりかねません。
感情に飲み込まれると、仕事のパフォーマンスが落ちたり、何も手につかないような事態に陥ることさえあります。
私は、この
「恩を仇で返された」
と感じる瞬間こそ、自身の働き方、あるいは人間関係における
「仕組み」
をアップデートする絶好の機会だと捉えています。
感情に流されるのではなく、
「仕返し」
ではなく
「仕切り直し」
へと舵を切る。
そのための思考プロセスを、今回は皆さんと共有したいと思います。
私が、この種の状況に直面した際に必ず立ち返る、3つの問いかけをご紹介します。
(1)仇に見えたものは、本当に仇か?
感情のまっただ中にいると、出来事が必要以上に大きく、そして歪んで見えてしまうことがあります。
感情が大きく揺さぶられているときこそ、私たちは冷静に、そして徹底的に、事実を
「ミエル化」
する必要があります。
たとえば
「裏切られた」
と感じたとしても、それは本当に“裏切り”だったのでしょうか。
相手に明確な悪意があったのか。
それとも、無知ゆえの言動だったのか。
あるいは、単なる価値観のズレだったのか。
多くの場合、実は
「悪意」
ではなく、
「無知」
や
「認識のズレ」
による行動が、裏切られたように見えるだけ、というケースも少なくありません。
とくに法務が関わる場面では、相手が
「法的なリスク」
や
「契約上の重み」
を知らないまま行動している、あるいは、善意のつもりでとった行動が、法的な観点からは誤った対応だった、ということもあります。
あなたの中にある
「怒り」
は、どこから来たものなのか。
感情で過剰に受け取ってしまってはいないか、まずは冷静に、事実を見極める視点を取り戻すことが大切です。
状況を分析するプロの目を持ちましょう。
真の
「悪意」
と単なる
「ミス」
や
「無知」
とでは、次にとるべき対応が全く変わってきます。
(2)その関係は、これからも必要か?
「人脈は資産である」
とよく言われます。
たしかに、人とのつながりが新たな情報や機会を運んでくれることもあります。
しかし、すべての関係が資産とは限りません。
中には、時間を奪い、感情を摩耗させ、信用をすり減らす“関係のコスト” が潜んでいます。
もし(1)の分析の結果、それが
「悪意ある行動」
だったり、
「重大な認識のズレや無知」
であり、しかも今後も変わる見込みがないとわかったなら。
次に問うべきは、
「この関係を、今後も続ける必要があるのかどうか」
です。
無理をして関係をつなぐことで、自分の時間・感情・信用を消耗しないか?
その相手は、本当に
「これからも一緒に仕事をしたい」
と思える相手かどうか。
その関係は、自分の法務の仕事に、どんな価値をもたらしているか。
法務のプロとしての資源は、時間であり、集中力であり、そして何よりも
「信用」
です。
違和感を覚える関係に無理をしてエネルギーを注ぎ続けることは、貴重な資源の浪費に他なりません。
もし、ほんの少しでも違和感があるなら、それは“人脈の棚卸し”をするサインかもしれません。
消耗戦に陥らないためには、勇気を持って、関係そのものを潔く見直す判断も必要です。
関係は、見直すことができます。
縁は、再設計することができます。
そして、人脈は“更新できる資産”です。
そう考えると、感情に支配されずに、
「次の一手を考える」
余地が生まれてきます。
(3)感情に反応せず、条件を仕立て直す
腹が立ったとしても、すぐに言い返したくなっても、その衝動に従わないこと。
法務において大切なのは、“感情に応じること”ではなく、“条件を組み直すこと”です。
たとえば、
「怒りを表明する」
のではなく、
「条件面の確認として、対応を組み替える」。
「謝罪を求める」
のではなく、
「信頼関係の前提を検証し直す」。
こうした実務的なアプローチに切り替えるだけで、状況は大きく変わります。
信頼関係が壊れてしまったのであれば、もはや
「性善説」
に基づいた曖昧な協力関係は成立しません。
それでも関係を維持する必要があるなら、
「感情」
ではなく、
「仕組み」
を土台として再構築するしかないのです。
たとえば、
・信頼が壊れたなら:関係を見直す、あるいは距離を取る。
・関係を続けるなら:契約をより厳密にする。業務フローの承認プロセスを強化する。金銭的条件やペナルティを明確にする。
いずれの場合も、感情に流されず、事実に立ち戻るところから始めます。
それが、プロの
「仕切り直し」
です。
“仕返し”ではなく、“仕切り直し”。
文書とルールという
「事実」
を土台に、関係を再構築する。
それができる人だけが、
「恩を仇で返された」
と感じたその瞬間を、“自分の仕事の在り方をアップデートする最高の機会”に変えることができます。
その冷静な一手こそが、あなたの法務を、そして仕事の質を、大きく前進させるのです。
著:畑中鐵丸