「よく気がつく人が、やってくれたらいい」
「できる人に任せれば大丈夫」
「○○のことなら、あの人が知っているから、安心だ」
職場で、こんな言葉を聞いたことはありませんか。
たしかに、臨機応変な対応ができる社員がいると、その場はうまく回ります。
一見すると、
「協力し合う風土」
のようにも見えます。
けれども、それは本当に
「良い会社」
と言えるのでしょうか。
経営者として、また、日々いろいろな会社の相談を受けている弁護士として、これまで多くの現場を見てきました。
その中で、何度も感じたことがあります。
それは、
「その場しのぎ」
でまわっている組織には、ある“共通点”がある、ということです。
一見、うまくいっているように見える。
でも実際には、がんばっている人が無理をして、どうにかギリギリ持ちこたえているだけ。
そんな組織が、驚くほど多いのです。
要するに、
「がんばる人が穴を埋める」
ことが前提になってしまっているのです。
それは、設計段階から仕組みがないまま走り出している、ということなのです。
がんばりが前提になってしまう組織の“欠陥”
たとえば――
毎月の報告資料、誰が作成するか決まっていない。
その時どきで、「手が空いている人」「わかる人」がやっている。
期限もあいまいで、「なんとなく月末までには」くらいの共通認識。
その結果、誰かの残業や土壇場の踏ん張りで、かろうじて回っている。
こういう状態が長く続くと、どうなるか。
ある日、
「がんばっていた人」
が疲れ果ててしまいます。
誰にも頼れず、負担を抱えたまま、静かに職場を去っていくのです。
そして残された人たちは、こう言います。
「あの人がやってくれてたから、成り立ってたんだな」
しかし、それでは遅いのです。
それは“仕組みの不在”に誰も気づかないまま、ただ誰かに寄りかかっていた結果です。
属人的な努力は、持続しない
人の努力には限界があります。
経験や勘、慣れに頼ってまわる業務は、一見スムーズに見えても、
「再現性」
がありません。
その人がいなくなった途端、止まってしまうのです。
これは、企業にとって極めて大きなリスクです。
なぜなら、
「人に依存する仕組み」
は、
「仕組み」
とは言えないからです。
たとえば、マニュアルがなく、口頭でしか引継がれていない業務。
あるいは、資料の作り方がブラックボックス化しているプロジェクト。
こうした
「属人化の温床」
は、日常のなかにひそんでいます。
そして、現場で最も起きがちな勘違いがこれです。
「今、まわっているから、大丈夫だ」
実際には、まわってなどいないのです。
“人が無理してまわしている”だけです。
“属人化”の 落とし穴――入社式をめぐる混乱
ある企業の人事部では、毎年4月に行う
「入社式」
の準備を、ベテラン社員のCさんが10年近く担当してきました。
式次第の作成、座席表、記念品の手配、来賓案内、役員コメントの調整等、細かな手配や関係部署との連絡も含めて、Cさんが
「過去の勘」
と
「社内調整力」
で動かしていたのです。
社内には正式なマニュアルや引継ぎ資料はなく、他のメンバーは
「今年もCさんがリーダーをやってくれるだろう」
「Cさんに聞けばなんとかなる」
「数時間の式だから大丈夫だろう」
くらいに受け取っていたようです。
ところが年末に、Cさんが家庭の事情で急きょ休職することになりました。
年明けて、誰も引継ぎを受けていなかったことが判明しました。
「過去はどうやってたのか」
「誰が何を担当するのか」
「どこに連絡を入れればいいのか」
記録も引継メモもないため、準備は一向に進みません。
新担当者はCさんに連絡をとってはみたものの、現場を離れたCさんから的確な回答はかえってきません。
式直前には、来賓の座席がダブルブッキングしていたり、祝辞の原稿が一部未手配だったりと、ミスが重なり、社内外から苦情が続出しました。
一過性のことだからと、たかをくくっていたのしょうか。
誰でもできると、皆が思い込んでいたのでしょうか。
他のメンバーがサボっていたのでしょうか。
Cさんが記録や引継を怠けていたのでしょうか。
むしろ、Cさんは長年、組織を支えてきた功労者でした。
式典が終われば、すぐに平常の仕事に戻らなければならず、組織は、単に、
「Cさんのがんばり」
に乗っかっていただけだったのです。
要するに、その努力が
「ミエル化」
「カタチ化」
されないまま放置されていたということです。
それこそが、構造的な問題だったのです。
こうして、大混乱の現実のあとに、
「属人化の危うさ」
が、ようやく社内で可視化されました。
「仕組みで回す」とは、どういうことか
どうすれば
「がんばらなくてもまわる」
状態をつくれるのでしょうか。
答えはシンプルです。
仕組みとは、
「誰が」
「いつ」
「何を」
「どのように」
やるか、を明文化したもの。
言い換えれば、
「行動の前提」
を、あらかじめカタチにしておくことです。
たとえば、
・資料作成はAさん、月末3営業日前までに完了
・テンプレートは共有フォルダの「資料ひな形」内に保存
・確認は部長が行い、修正はBさんが対応
このように、関係者の役割と流れを
「固定」
しておくのです。
もちろん、細部の調整や例外対応は出てきます。
しかし、ゼロから考えるより、最初の土台があれば対応は格段に速くなります。
仕組みとは、
「人の判断」
を減らすことです。
人が迷わなくなるだけで、業務は加速します。
がんばる人が報われる組織にするために
たとえば、リーダーが
「自分の背中を見て育て」
方式を続けている会社。
あるいは、
「できる人」
に業務が集中しすぎている部署。
こうした職場は、いずれ崩れます。
努力している人ほど、疲れて去っていく。
がんばっている人ほど、評価されにくい。
そんな組織は、間違いな
「仕組みのミス」
です。
人は、仕組みで守られなければ持続できません。
がんばりが組織に貢献するには、
「ミエル」
ように設計しなければならないのです。
だからこそ、必要なのです。
「属人化している仕事」
を洗い出し、
「手順」
や
「役割」
に落とし込んでいく作業。
この作業は、とても地味です。
しかし、これこそが、組織を持続させ、誰かのがんばりを
「価値」
として残す道です。
がんばりを“構造に変える”という発想
結局のところ、
「知っている」
だけでは、会社は変わりません。
「がんばっている」
だけでも、限界があります。
だからこそ、
・知識も努力も、仕組みに落とす。
・属人化を防ぎ、業務をミエル化する。
・仕組みをつくり、役割を明確にする。
こうしてはじめて、個人のがんばりが“組織の力”へと転換されるのです。
あなたの会社で今、
「誰かのがんばり」
によってかろうじて保たれている業務はありませんか。
その努力を、仕組みに変える時が来ています。
著:畑中鐵丸