00223_オーナー社長企業_制度で動かす経営管理の未来像_6つのレイヤーの設計思考

企業を動かすとは、理想と現実のせめぎあいです。

とりわけ、オーナー社長が率いる企業においては、この緊張感はさらに際立ちます。

今回ご紹介するのは、あるオーナー社長企業の、未来型の経営体制構想です。

この体制は、国家の統治構造になぞらえて設計しています。

まず、その全体像を整理してみましょう。

国家になぞらえた、未来型オーナー社長企業の経営構造

1 オーナー社長
 …国家における「天皇」
 (最終ジャッジ、経営哲学=国家理念の発信者)
→ 冷静な経済合理性を担保しながらも、天皇の意志を常に読み取る

2 経営管理・監視機構(社外非常勤で構成されるコミッティー方式)
 …国家の「枢密院(*)」
 (合理性と合法性を冷静に検証する参謀組織)

*旧憲法(大日本帝国憲法)で、国家の大事(機密や政治上の重要な秘密)に関して天皇の諮問にこたえることを主な任務とした合議組織。

3 経営管理機構のサポート部隊
 …枢密院を支える「官僚組織」
 (政策実行の補佐、事務支援、若手育成)
→ 若手を育てつつ、自らもまた哲学を継承する立場として自覚を持つ

4 取締役会
 …国家の「内閣」
 (方針に基づき政策を実行する行政執行機関)
→ 現場との連携を腹に据えて動く

5 執行役員
 …各「省庁」の局長
 (部門ごとの運営・管理責任者)

6 従業員
 …国家公務員・現場実務官
 (具体的な政策実行、現場活動)

このように、国家統治機構をなぞらえながら、それぞれの役割と立ち位置が設計しています。


各階層の間に存在する「見えない壁」

理想とは裏腹に、現実社会では、それぞれの階層のあいだには、
「見えない壁」
が存在します。

「天皇」

「枢密院」
のあいだに。

「枢密院」

「官僚組織」
のあいだに。

「官僚組織」

「内閣」
のあいだに。

「内閣」

「省庁局長」
のあいだに。

そして、
「省庁局長」

「現場実務官」
のあいだに。

各階層のあいだに、意図せざる隔たりが生まれてしまうことがあるのです。

結果として、
「天皇」

「現場実務官」
のあいだには、幾重にも、
「見えない壁」
が生じ、それが企業の発展を阻むことになるのです。

これこそが、企業運営の難しさの正体です。

では、どうすればいいのでしょう。

「見えない壁」を知る

無意識にある
「見えない壁」
を、壊すことはできません。

しかし、乗り越えることはできます。

制度・仕組みさえ整っていれば、誰もが
「見えない壁」
を、意識せずとも乗り越えられることは可能なのです。

それには、まず、
「見えない壁」
を知ることが前提となります。

さらにいえば、
「意思に頼って乗り越えるものではない」
ということを理解することが前提となります。

意思ほど、不確実なものはありません。

「壁の存在を認め、理解できたので、あとは意思のチカラで乗り越えよう」
などと精神論を語っても、現場は動きません。

だからこそ、仕組みを整え、意識せずとも自然に乗り越えられる設計にしておくのです。

「見えない壁」を乗り越える制度や仕組み

■ 枢密院(=経営管理・監視機構)(社外非常勤で構成されるコミッティー方式)

【目的】
・オーナーのジャッジ負荷の軽減

【役割】
・御前会議にて報告と裁可
・参謀会議にて、報告徴求・状況把握、管理上の指示、報告事案の管理・整理、裁可案件の整理
・案件スクリーニング、決裁
・デイリーオペレーションのモニタリング
・計画策定・達成状況管理
・人事評価
・幹部候補OJT育成

【イメージ】
・経営管理事項に関する専門的知見
・私心や欲で判断を歪めない
・業界に対する愛と理解
・オーナー社長を敬愛しオーナー社長の経営哲学を理解

【実務に即した具体例】

1 案件スクリーニング会議の運用ルール化

(1) 会社に持ち込まれた取引案件・投資案件・契約案件などについて、「天皇」の裁可を仰ぐ前にまずは「枢密院」側でのふるい分けを行う
 (ア)金額が大きい案件
 (イ)相手先がリスクのある企業
 (ウ)契約条件に例外が含まれる
 (エ)新規性の高い事業展開を伴う など

(2)ルール化する
 (ア)どんな案件を対象にするのか(例:契約金額500万円以上)
 (イ)誰が出席するのか(例:法務・経理・営業・外部顧問)
 (ウ)どんな観点で確認するのか(例:経済性・法的妥当性・オーナー哲学)
 (エ)何曜日に開催するのか(例:毎週水曜10時〜)

2 一定金額以上の取引案件に対する「3点チェック」制度の導入

(1)経済合理性
(2)法務的妥当性
(3)オーナー哲学への適合性

3 「オーナー専権事項」リストを明文化し、介入しない範囲の明確化

4 社内で起案される文書に「裁可要否」欄を設けることで、判断の前提ラインを揃える

■ 官僚組織(=経営管理・監視機構事務局

【役割】
・参謀本部佐官級の補佐集団としての仕事
・「枢密院」のサポート
・秘書役
・事務全般
・幹部候補として徹底した経営管理技術を身につけ、かつ、「天皇」の経営哲学の伝承者として「天皇」のスピリッツを涵養する

【イメージ】
・イメージ=入社3~5年目で、向上心旺盛で勉強が苦にならない(OJTでのスキルアップのほか、休日等に自己能力開発を積極的に行うほか、ネットワークを広げられる社交性も涵養)
・私心や欲で判断を歪めない
・業界に対する愛と理
・「天皇」を敬愛し「天皇」の経営哲学を理解

【選抜方式】
・履歴書、職務経歴書、日経TESTを受験させスコア提出
・PCスキル検証
・「枢密院」全員の面接によってトライアルし、その後本格稼働

【実務に即した具体例】

1 幹部候補向けの「経営管理勉強会」の定期開催

(1) OJTの補完として、理論と実務の橋渡しとなる研修を毎月実施
    テーマ例
   ・月次経営指標の読み方
   ・社外取締役の視点を体験する模擬案件審査
   ・経営哲学にまつわるケースディスカッション

2 経営哲学の内製教材の整備

(1) 読み物形式で、オーナー社長の経営観をわかりやすく文書化(語録集)
(2) 類型化された失敗事例の収集・編集(「この判断のどこにズレがあったか」解説つき)
(3) 定期更新とバックナンバーのアーカイブ化

3 議事録作成を通じた育成制度の構築

(1) 週次・月次会議に出席し、サマリー・要点抽出力を訓練
(2) 議事メモに対して「枢密院」からのフィードバックを必須とする
(3) 1年後には、判断材料の提示や整理まで担うフェーズへ

4 人材評価項目に「哲学理解度」や「管理補佐の適正」などを定性項目として組み込む

■ 内閣(=取締役会)

【役割】
・組織統治の要として、「枢密院」と「省庁局長」の接続点を担う(「枢密院」と「省庁局長」の“翻訳者”として機能する)
・単なる承認機関にとどまらない
・形式上のマネジメント、実際は現場指揮・統括

【本来の意図】
取締役が現場の声を直接ヒアリングし、それを経営管理・監視機構にフィードバックすることで
・経営管理・監視機構が「取締役も現場の状況を理解してくれている」と感じる
・経営判断に現場感覚が反映されているという納得感が生まれる
・結果として、「執行役員」層の判断や行動に“迷いがなくなる”

【実務に即した具体例】

1 部門横断的な「現場ヒアリング」の定例化

(1) 月1回以上、「内閣」が部門横断で現場リーダーとの対話の場を持つ(=現場温度を把握する)
(2) 課題・懸念・提案などを収集し、現場と取締役会の判断との間に“納得の接点”をつくる
(3) ヒアリング内容は「官僚組織」へ報告し、判断の材料として還流させる

2 「翻訳力」を測る評価制度の導入

(1) 年1回の役員評価に、次のような“接続力”項目を含める。
 (ア) 現場の言葉を経営の文脈に置き換えて伝える力(=「上位層との接続状況」)
 (イ) 経営判断をわかりやすく現場に伝える力(=「現場連携度」)
 (ウ) 双方向の対話を継続する姿勢と頻度

3 情報接続ミーティングの制度化

(1) 月次で「枢密院」と「内閣」メンバーによる接続会議を実施する(=組織階層間の“対話の場”を創出)。
(2) 議論内容を要約・翻訳したレポートを作成する。
(3) そのレポートは「枢密院」側がレビューし、誤解なき意思伝達を確保する。

4 「意思決定プロセス図」を部署ごとに作成し、責任と裁量の境界をミエル化(=議事録と説明責任の強化)

(1) 取締役会議事録において、「何を判断し」「なぜそうしたか」の背景を明記。
(2) その記録が執行側にも配信され、納得感と透明性を担保する。
(3) 会議体の記録が「翻訳の証拠」として機能することで、組織内の信頼が醸成される。

■省庁局長(=執行役員)

【役割】
・計画遂行の責任者として、各部門におけるタスクの設計・推進・育成を統括する実行責任者層
・現場に最も近い立場で、上位の意図と現場の行動を“構造として接続”する役割も担う
・部下育成のハブとなることが求められる

【実務に即した具体例】

1 部門別KPIのレビュー制度

(1) 四半期ごとに、各部門の数値・非数値のKPI(定量・定性)を整理し、達成度を自己点検。
(2) 未達の場合は原因分析と対応策を明記し、取締役会と共有する。
(3) レビュー結果を基に、翌期の戦略・戦術の修正案を策定するプロセスを制度化。

2 「役割分担マップ」の導入と定期更新

(1) 部門内で「誰が」「何を」「どこまで」担っているかをミエル化する(=機能別の責任分担の可視化)。
(2) このマップは月1で更新され、人事異動や担当変更時の引継ぎにも活用する。
(3) 役職名や上下関係ではなく、「果たすべき機能」で分担を設計することが原則(=「役割分担マップ」)。

3 部下育成と日常業務の接続制度

(1) 執行役員が自部門の若手を対象に、毎月1テーマの育成セッションを実施(例:ケーススタディ/業務設計講座)。
(2) 人事評価には、「部下の成長を促すフィードバックの実施回数」や「指導記録」も反映させる。
(3) 育成内容と業務実績を関連づけた「育成ポートフォリオ(育成+業務実績セット)」を作成・共有。

4 改善提案制度と月次共有会

(1) 部門内に「現場からの改善提案制度(小さなアイデアのミエル化)」を整備する。
(2) 提出された提案のうち、実行されたもの・却下されたものを毎月レビューする。
(3) 月末の部門会議で「今月の改善シェア会」を開催し、成功例をチーム内で共有する。

■ 現場実務官(=従業員層

【役割】
・現場の最前線として、業務タスクを実行し、活動を報告し、気づきを発信する存在(現場情報の供給源としての自覚を持つこと)
・“組織の目と耳と手足”として機能することが求められる

【実務に即した具体例】

1 簡易な行動レポートの定着

(1) 日次または週次での作業内容・所感の記録(所定フォーマットで)
(2) 直接の上長だけでなく、一定期間後に枢密院側も確認する
(3) 「業務プロセスのミエル化」として活用

2 イントラでの「気づき共有欄」の運用

(1) 誰でも自由に書き込める「今月の気づき」コーナーをイントラに設置
(2) 優良投稿には簡易な表彰制度(例:食事券、全社メルマガ掲載)
(3) 集まった投稿は月ごとにカテゴリー化・分析され、枢密院へ報告

3 “壁”の吸い上げと共有の仕組み

(1) 月1の階層別ミーティングで「最近感じた“壁”」をテーマに話す場を設定
(2) その内容を部門長→取締役→枢密院へと吸い上げるルートを明文化
(3) 同時に「どう乗り越えたか」も共有し、制度改善への素材とする

意思に頼らず、制度で超える

このように、誰かの意思に頼るのではなく、誰がその場にいても自然に動けるように、制度と仕組みでカタチをつくるのです。

「見えない壁」
を壊すのではなく、越えさせる。

そのために必要なのは、意思ではなく、設計です。

判断の前提を揃えること。
役割の境界をミエル化すること。
現場の声を、声として届くようにすること。

こうした構造があってこそ、腹落ちが生まれ、行動が自分ごとになるのです。

意思に頼らず、制度で越える。

それが、オーナー経営における
「見えない壁」
の正しい乗り越え方であり、組織の未来をひらく、本当の統治構造なのです。

著:畑中鐵丸