00216_「赤字でなければOK」では済まない話:費用対効果のミエル化とは何か?

ある企業での話です。

株主総会の場で、社長がこう言いました。

「投資はペンディングで。100万円以上の支払いも、基本ストップ」

これを受けて、現場では新規契約・延長契約が止まってしまいました。

ただ、その後、社長からはこのような発言も出ます。

「いや、でも赤字でなければ、ブランドを維持するためにやってもいいのではないか」

つまり、
「止めろ」
という指示と、
「やってもいいんじゃないか」
という含みが、同時に存在してしまったのです。

これはまさに、
「判断軸」
がぶれている典型です。

現場が困るのも当然です。

では、どうすればいいのでしょうか。

まず、こうしたケースで検討すべきは、支出の
「費用対効果」
をどう捉えるかという点です。

たとえば、ある広告出稿が
「黒字」
だと判断されたとします。

・でも、それは「短期的に」黒字という意味でしょうか?
・それとも「中長期的に」黒字になるという見通しでしょうか?
・あるいは、その効果は「数字として見える」ものだけでしょうか?
・それとも「ブランド価値が高まる」といった定性的なものも含むのでしょうか?
・さらに言えば、その判断を「誰が」「どのタイミングで」下すのでしょうか?

ここに、企業経営における“費用対効果”の落とし穴があります。

たとえば、ある地方都市で、小規模ながら根強い人気を持つパン屋さんがありました。

毎朝、開店前から行列ができるほどの人気ぶりです。

ところがある年、原材料費の高騰と人件費の上昇で、経営が一気に苦しくなりました。

そこで社長は、全支出の見直しを始めました。

まず目をつけたのは、月に20万円かけていた
「地域情報誌への広告費」
でした。

「もう認知されているんだから、広告は一旦止めよう」
そう考え、即断で広告契約を打ち切りました。

するとどうなったと思いますか?

半年後、客足が目に見えて減っていったのです。

それまで広告をきっかけに遠方から来ていたお客様が、別の新しい店に流れてしまっていたのです。

売上は下がり、スタッフの士気も落ち、結局、広告費の20万円を削って節約した以上の損失が出てしまいました。

この例で重要なのは、
「広告費がその月に何人呼んだか」
という短期的な“定量”評価だけではなく、
「店の存在を忘れさせないための継続的なアピール」
「顧客との心理的なつながり」
という、数字には出ないけれど、たしかに効いていた“手応え”が見落とされていたということです。

要するに、“定性”的な効果が見落とされていたのです。

数字に出ない“効き目”を軽んじてはいけません。

経営とは、見える数字と、見えない価値のあいだで揺れ動くものです。

・短期で黒字なら良いのか?
・定量で+なら進めるべきか?

そうではありません。

判断の基準は、
「費用対効果をどの軸で見るのか」
という“合意”の中にしか存在しません。

そして、経営判断に必要なのは、
「数字」
を見る力だけではありません。

数字の意味を読み解き、価値に変えるための
「ミエル化」

「カタチ化」
の視点があってこそ、判断に確かな軸が通ります。

数字だけに頼るか。
感覚や理念も加味するか。

短期で判断するか。
長期で捉えるか。

誰がそのバランスを取るのか。

それが整理されていなければ、現場は動けません。

たとえシミュレーション資料を作ったとしても、その資料の
「使い方」
「位置づけ」
が共有されていなければ、ただの数字の羅列です。

そして、その整理ができるのは経営者しかいません。

判断軸を明文化し、関係者で共有すること。

その作業を
「言語化」
と呼びます。

意思決定の場では、
「判断するタイミング」
「評価する人」
「使う物差し」
がそろってはじめて、数字も、理念も、現場の行動も1つにつながっていきます。

数字と理念のあいだを行ったり来たりしながら、経営者は判断を重ねていくしかないのです。

そのプロセスが、経営のぶれない軸となって、会社を支えることになるのです。

著:畑中鐵丸