夫が家を出て行きました。
原因は、夫の浮気です。それでも生活は続きます。
子供の食費も、学校の費用も、待ってくれません。
ようやく裁判所に生活費の額を決めてもらったのに、今度は
「給料が下がったから減額してほしい」
と言ってきました。
自分で給料を決められる人間が、
「給料が下がった」
と言う。
──その言葉を、あなたはどこまで信じますか。
しかも、この夫には前歴があります。
裁判所での調停の場で、収入や財産を証明する資料──確定申告書や会社の株式資料など──の提出を頑として拒否していました。
そして裁判所が正式に
「毎月いくら払いなさい」
と決めた後も、何の連絡もなく支払いを滞らせ続けています。
その同じ人物が今、
「話し合いで減額したい」
と言ってきているのです。
給料とは、自分で決められないものだ──という思い込み
多くの人は、給料とは
「もらうもの」
だと思っています。
会社が決めて、毎月口座に振り込まれる。
自分にはどうにもできない。
そういう前提で、他人の給料の話も聞いています。
だからこそ
「給料が下がった」
と言われると、思わず信じてしまう。
でも、それは相手がサラリーマンの場合の話です。
自分が株主であり社長でもある
「オーナー社長」
にとって、役員報酬とは自分の意思で自由に動かせる数字に過ぎません。
蛇口をひねるように絞ることも、必要とあれば戻すことも、いつでもできる。
さらに言えば、役員報酬を下げたからといって、生活が苦しくなるとは限りません。
その分を会社の内部に蓄えておく、豪華な社用車や接待費を
「経費」
として会社に負担させる──右ポケットから左ポケットに移すだけで、本人の懐は痛まない。
「給料が下がった」
は事実かもしれないが、
「生活が苦しくなった」
は別の話なのです。
世間には、数字を操れる立場の人間がいる。
そしてその人たちは、必要なときに数字を動かすことを、当然のこととして知っています。
誠実な交渉は、誠実な相手にしか通じない
ここで1つ、冷静に考えてほしいことがあります。
この夫は、裁判所という公式の場で資料提出を拒否し、裁判所が決めた支払い義務すら無視し続けてきた人物です。
法律も、手続きも、約束も、自分に都合が悪ければ守らない。
それをすでに、行動で示しています。
そういう相手に対して
「ここはひとつ、常識的に話し合いましょう」
と臨むのは、どういうことか。
善意を見せた瞬間に、それは弱点になります。
誠実さとは、誠実な相手との間でしか武器になりません。
不誠実な相手との交渉では、むしろ
「こちらも一筋縄ではいかない」
と思わせることが、唯一の防御線になるのです。
「話し合いに応じる」かどうかは、こちらが決める
向こうが
「話し合いたい」
と言ってきたからといって、すぐにテーブルに着く義務はありません。
交渉とは、応じた時点で相手のペースに乗ることでもあります。
もし応じるとすれば、条件があります。
まず、裁判所が決めた未払い分を全額支払うこと。
約束を破り続けている人間が新しい約束を求めてくる、その矛盾をまず解消してもらう必要があります。
次に、調停の場で
「見せない」
と突っぱねた確定申告書などの収入資料を、今度こそ開示すること。
そして会社の収益・内部留保・経費の使われ方を含む財務状況、さらに個人の資産状況と生活水準も、すべてガラス張りにすること。
「それを全部見せてもらえれば、話し合いに応じます」
──この一言を、静かに、しかし揺るぎなく言い続ける。
隠しごとのある相手には、これが最も効く言葉です。
被害者の顔をしているのは、誰か
最後に、1つだけ忘れないでほしいことがあります。
今、相手は
「経済的に苦しくなった」
という顔をしています。
しかしそもそも、なぜこうなったのか。
夫の繰り返す不貞と、一方的な家出。家庭を壊したのは、夫自身の行動でした。
その事実は、何も変わっていません。
都合のいい数字だけを持ち出して、都合のいい結論を求める。
そのロジックに、乗ってあげる必要はまったくないのです。
結局のところ、話は単純です
「過去の清算」
と
「情報の完全開示」
を条件として突きつけ、それが満たされるまでテーブルに着かない。
それだけです。
不誠実な相手との交渉で唯一有効なのは、こちらも条件を持つことです。
感情的にならず、怒らず、ただ静かに
「先にこれを全部見せてください」
と言い続ける。
それだけで、相手の手の内は少しずつ見えてきます。
そして相手が本当に隠しごとを抱えているなら、その沈黙が、何よりも雄弁に語ります。
著:畑中鐵丸