酒気帯び運転。
世間は厳しいです。
ニュースも厳しいです。
法律も重いです。
それならば、被害者は圧倒的に有利なのでしょうか。
裁判をすれば、思いどおりの賠償が取れるのでしょうか。
実は、ここに大きな錯覚があります。
・世論の層
・法定刑の層
・そして実務の層
この三層を分けて考えなければ、戦略を誤ります。
本稿では、酒気帯び事故を題材に、刑事手続という
「最強の交渉カード」
の賞味期限を、冷静にミエル化していきます。
<事例/質問>
先生。
私は信号待ち中に後方から追突されました。
相手は酒気帯び運転でした。
呼気検査の数値は基準値を超えていたようです。
ただし高濃度というほどではなく、初犯とのことです。
私は全治2か月のむち打ちです。
後遺障害は残らない見込みです。
警察の捜査は進んでいますが、在宅のままです。
検察の処分はまだ分かりません。
相手方の保険会社は、慰謝料や休業損害について一定額を提示してきましたが、正直、低いと感じています。
酒気帯びという重大な違反ですから、厳しく処罰されるべきだと思います。
また、民事訴訟を起こせば、より高額の賠償を取れるのではないかとも考えています。
1 刑事処分を待たずに民事訴訟を起こすべきでしょうか
2 酒気帯びであれば、賠償額は大きく増えるのでしょうか
3 示談と裁判、どちらを選ぶべきでしょうか
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
まず申し上げます。
怒りは当然です。
酒気帯びで追突される。
理不尽です。
しかし、怒りと回収は別問題です。
正義とキャッシュフローも別問題です。
ここを分けて考えましょう。
結論から言えば、
「刑事というカードが効いている間に示談でまとめる」
これが最も合理的です。
なぜか。
三層構造で整理します。
世論という層
酒気帯び事故に対する社会の目は厳しい。
会社への影響。
家族への影響。
免許取消の可能性。
加害者は不安です。
この不安は、交渉上のエネルギーになります。
しかし、世論はお金を払いません。
SNSの怒りは銀行口座に振り込まれません。
ここを混同してはいけません。
法定刑という層
道路交通法は重いです。
酒酔いなら3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。
酒気帯びでも2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金です。
条文だけ見れば厳罰です。
とはいえ、実務は個別事情で動きます。
・初犯
・数値は中程度
・被害は軽傷
・示談が成立
この条件であれば、罰金で終わる事案も少なくありません。
条文の重さと、運用の現実。
ここに落差があります。
そして、この落差が
「時間制限」
を生みます。
処分が確定する前。
前科の可能性が現実味を帯びている間。
この瞬間こそが、カードの効力が最大になる時間帯です。
実務という層
では民事訴訟はどうか。
裁判をすれば勝てるでしょう。
過失は明白です。
しかし、判決とは何か。
裁判所が
「支払え」
と書いた文書です。
文書それ自体が現金ではありません。
本件では任意保険が前面に出ます。
実際の支払主体は保険会社です。
保険会社は世論で動きません。
怒りでも動きません。
基準で動きます。
・自賠責基準
・任意保険基準
・裁判基準
後遺障害のないむち打ちであれば、慰謝料は数十万円から100万円前後が一応の目安です。
休業損害を加えても、青天井にはなりません。
裁判をしても、基準の範囲内に収まるのが通常です。
半年、1年かけて増える差額は限定的でしょう。
割に合うか。
そこを計算します。
戦略の整理
世論は追い風です。
法定刑は重いです。
しかし実務は冷静です。
この三層を俯瞰すると、答えは明確です。
「刑事が効いているうちに、示談をまとめること」
処分が確定すれば、加害者の恐怖は減ります。
罰金を払い終えれば心理的区切りがつきます。
その後に民事を提起しても、交渉力は落ちます。
民事訴訟は最後のカードです。
最初のカードではありません。
・請求額をミエル化する
・証拠をカタチ化する
・交渉条件を文書化する
・そして、最も効く瞬間にまとめる
それが、感情に流されず、実利を取る方法です。
著:畑中鐵丸