「お金は払いたくない。でも、プロと同じクオリティの仕事をしてほしい」。
そんな虫のいい要求に対し、プロフェッショナルはどう対峙すべきでしょうか?
本記事では、担保抹消手続きを題材に、専門家が提示する
「松・竹・梅」
のサービスランクの定義と、
「アドバイス(口頭)」
と
「実務(作業)」
の境界線を曖昧にしようとする相手に対し、毅然と
「善意の限界」
を突きつける交渉術について解説します。
<事例/質問>
先生、厚かましい相談者に困り果てております。
私は不動産賃貸業を営むKと申します。
所有する物件に、昔の古い
「抵当権」
がついたままになっており、これを消す手続き(時効の援用と抹消登記)について、先生にご相談させていただきました。
先生からは、費用を抑えたいという私の要望を汲んでいただき、以下の3つのプランをご提示いただきました。
1.【無料プラン】
先生が雛形(テンプレート)をくれる。
私が自分で作成し、先生は「ここをこう直せば?」と口頭でアドバイスだけする(あくまで責任は私)。
2.【●万円プラン】先生が私の名前で書類を作ってくれる(代書・起案)。
3.【●万円プラン】弁護士の先生を紹介してもらい、代理人として全部やってもらう。
私は1円も払いたくないので
「1」
を選びました。
しかし、いざ自分で書こうとすると、難しくて書けません。
そこで、先生に
「雛形だけだと不安なので、書くべき文章を全部先生が考えて、電話で口頭で言ってくれませんか? それを私がメモして書きますから。これなら『口頭のアドバイス』だから無料ですよね?」
とお願いしたところ、急に連絡が冷たくなりました。
私は何か間違ったことを言ったのでしょうか?
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
Kさん、ズバリ申し上げます。
「あなたは、試食コーナーで『腹一杯になるまで肉を焼け』と店員に命じているのと同じです」
ご提示した3つの選択肢は、料理店で言えば
「松・竹・梅」
のメニューです。
あなたは
「梅(セルフサービス)」
を選んでおきながら、
「松(フルサービス)」
の料理を要求し、さらに
「代金は梅(タダ)でいいよね」
と言っているのです。
プロとして、改めて
「メニューの違い」
と
「善意の限界」
について解説しましょう。
1 プロが提供する「松・竹・梅」の境界線
私が提示した選択肢は、以下のように明確に
「労力」
と
「責任」
が区分されています。
• プラン1(梅:ボランティア):食材提供
私は
「食材(書式)」
を渡します。
料理(作成)するのはあなたです。
味見(バックチェック)をして
「もう少し塩を足せば?」
と言うくらいは、私の善意(ボランティア)でやります。
しかし、料理の責任はシェフである
「あなた」
にあります。
• プラン2(竹:代書):調理代行
私が
「料理(文書作成)」
を作ります。
ただし、看板(名義)はあなたの店として出します。
これには調理の手間賃(●万円)がかかります。
• プラン3(松:代理):フルコース
プロのシェフ(代理人弁護士)が、自分の看板で、責任を持って料理を提供し、客(相手方)への配膳まで行います。
これには正規の料金(●万円)がかかります。
2 「口頭で全部言え」は「仕事(作業)」である
さて、Kさんの要求を分析しましょう。
「文章を全部考えて、口頭で伝えてくれ」
これは、
「アドバイス」
ではありません。
「口述筆記による文書作成業務」
です。
私の頭脳を使って文章を構成し、私の時間を使って読み上げさせる。
これは立派な
「労働(プラン2以上の作業)」
です。
あなたは、
「口頭ならタダだろう」
と思っているようですが、プロが売っているのは
「紙」
や
「インク」
ではありません。
「知恵と時間」
です。
それを
「タダでよこせ」
と言うのは、泥棒と変わりません。
3 「善意」は「感謝」という燃料でしか動かない
申し訳ありませんが、私の善意で対応するにも限界があります。
私は、Kさんの
「安く済ませたい」
という事情を汲んで、本来なら有料のノウハウを
「プラン1」
として無料で提供しようとしました。
しかし、Kさんはそれに対する
「感謝」
や
「敬意」
を払うどころか、
「ボランティアなんだから、もっと働け」
と、権利のように要求を重ねてこられました。
当方の立場に立ってお考えください。
「あまり感謝するお気持ちのない方に、本来の義務や業務の範囲を超えて、ひたすら善意で手を差し伸べる」
ということが、常識的に考えて可能だと思われますか?
結論
「善意」
という商品は、在庫切れとなりました。
今後、当方が提供できるのは、
「正規料金をお支払いいただいてのビジネスライクな対応」
のみです。
ご自身で勉強して書くか、●万円払って依頼するか。
あるいは、他を当たってください。
プロフェッショナルとは、値引きはしても、タダ働きはしない生き物なのです。
著:畑中鐵丸