遺産分割協議は、しばしば
「感情」
と
「勘定」
が入り乱れる泥沼の紛争となります。
特に、同族会社が絡む場合や、不動産の評価で意見が対立する場合、話し合いは平行線をたどりがちです。
本記事では、会社と個人の資産が混同され、不動産評価で揉めている相続事例を題材に、感情論を排して
「カネの論理」
で解決に導くための、思考の整理術と交渉のポイントを解説します。
<事例/質問>
先生、父が亡くなり、遺産分割協議を行っているのですが、収拾がつかずに困り果てております。
父は、著名な建築デザイナー(仮称:剣持龍三氏)であり、個人事務所(資産管理会社)を持っていたのですが、その経営と財産管理はすべて長男である兄が握っていました。
兄は、
「会社の金も父の金も一緒だ」
と言わんばかりのどんぶり勘定でやってきており、何が遺産で何が会社の資産なのか判然としません。
また、遺産には都内の収益マンションや、父が愛した軽井沢の別荘などがありますが、兄は
「マンションの評価はもっと低いはずだ(だから自分が安く引き取る)」
と主張する一方で、
「軽井沢は思い出があるから手放したくない」
などと感情的なことを言い出し、話が進みません。
さらに、父の死後に入金されているはずの印税やデザイン料についても、兄は
「会社の売上だ」
と言って開示しません。
このままでは、兄にいいようにやられてしまいそうです。
どのように論理を組み立てて、この泥沼の
「感情と勘定」
を整理すればよいでしょうか?
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
遺産分割協議という名の
「骨肉の争い」
において、最も厄介なのは、公私混同の
「感情」
と
「勘定」
です。
今回のケースは、まさしくその典型例と言えましょう。
お兄様は、
「自分に都合の良い価格」
で財産を評価し、
「自分に都合の良い理屈」
で会社の資産と個人の遺産を混ぜっ返しています。
この混沌とした状況を切り裂くには、
「法的な正義(あるべき姿)」
を振りかざすだけでは足りません。
「ここまでは譲れるが、これ以上は一歩も引かない」
という
「ギリギリの防衛ライン(譲歩の限界線)」
を設定し、ドライな
「カネの論理」
で相手を追い込む必要があります。
具体的には、以下の手順とロジックで戦線を整理します。
1 「混ぜるな危険」:法人と個人の峻別
まず、手を付けるべきは、
「剣持事務所(仮称)」
という法人と、
「お父様個人」
の財布の切り分けです。
お兄様がどう主張しようと、法人は個人とは別格の存在であり、独立して処理されなければなりません。
ここを曖昧にしたままでは、全ての計算が狂います。
特に、
「会社への貸し借り(役員貸付・借入)」
は、最初に精算させないと、後で数字を操作される温床になります。
また、
「死後に入金された印税やデザイン料」
や
「事務所にあるはずの父の通帳」
など、ブラックボックスになっている部分については、
「不明なものがある限り、ハンコは押せない」
という態度を貫き、徹底的な開示と精査を要求すべきです。
これは、
「疑っている」
のではなく、
「分けるべきものを分ける」
という、実務上の基本動作です。
2 不動産は「文句があるなら、お前がその値段で買え」と迫る
次に、揉めに揉める不動産です。
お兄様のように、
「評価額が高い、安い」
と口だけで文句を言うのは、
「不健全なオークション」
に過ぎません。
裁判所の考え方もそうですが、不動産の評価で揉めた場合のキラーフレーズはこれです。
「高いと言うなら、あなたがその値段で他に売れますか?」
あるいは、
「安いと言うなら、その値段でこちらが引き取りますが、いいですね?」
文句があるなら、根拠を示して具体的な精算条件を出すべきです。
「高い、安い」
という感想戦ではなく、
「だったら、こちらが○○円で引き受ける」
という
「代償分割の提案」
に持ち込むのです。
不動産を、
「単なるカネの塊(収益マンション)」
と見るか、
「主観的価値を含めた思い入れあるモノ(軽井沢の別荘)」
と見るかによって、戦い方は変わります。
収益物件であれば、
「物件価値+家賃収入-管理費」
という数式で、誰がどのような負担条件で取得するかをドライに計算します。
一方、別荘のような思い入れのある物件は、欲しい側がその
「主観的価値」
に見合う対価(代償金や維持管理費)を支払うのが筋です。
最終的に財産をもらい受ける人間が、そこから生じる果実(家賃)も、毒(管理コスト)も、すべて引き受けて精算する。
これが、最も理屈として通りやすい
「出口戦略」
です。
3 「正義」ではなく「妥結点」を目指す
最後に、マインドセットの問題です。
遺産分割において、
「特別受益の持ち戻し」
や
「相続税申告書通りの厳密な分配」
といった
「あるべき姿(正義)」
を追求するのは重要です。
しかし、相手がいる交渉事において、100%の正義を貫こうとすれば、解決まで10年、20年とかかり、その間に資産は腐ります。
重要なのは、
「譲歩に譲歩を重ねても、ここまでは絶対に譲れない」
「これ以上の譲歩は、不公平・不正義だ」
という、
「ギリギリのライン(ボトムライン)」
を自分の中で明確に設定することです。
例えば、現預金については、
「あるべき姿」
を踏まえた上で、
「兄75:弟25」
といった具体的な数字の落とし所を腹の中で決めておくのです。
この
「レベルの議論」
ができなければ、いつまでたっても泥仕合は終わりません。
まとめますと、
「どんぶり勘定」
には
「法人・個人の峻別」
というメスを入れ、
「不動産の評価」
には
「お前がその値段で買う覚悟はあるか」
という踏み絵を迫り、
「ギリギリの妥結ライン」
という冷徹な計算で対抗する。
これが、泥沼の相続を終わらせるための、プロの思考法です。
※本記事は、実際の法律相談や裁判事例を参考にしつつ、プライバシー保護の観点から事実関係に大幅な加工・修正を加えたフィクション(架空の事例)です。
記事の内容は、一般的な法解釈や交渉・実務上のポイントを解説するものであり、個別の事案における具体的解決や法的効果を保証するものではありません。
ご自身の抱える法的トラブルについては、具体的な事情により法的判断が異なりますので、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
著:畑中鐵丸