「借金はもう完済したし、『これでおしまい』という和解書にハンコも押してしまった」
「手元に当時の資料なんて何も残っていない」
多くの人が
「もう終わったこと」
として諦めてしまうこの状況。
しかし、法律のプロから見れば、そこにはまだ
「埋蔵金」
が眠っている可能性があります。
業者が提示した
「和解書」
は、鉄壁の蓋に見えますが、実は
「ある条件」
を満たせば、その蓋をこじ開け、過去の清算をチャラにできるのです。
本記事では、完済済み・和解済みの事案において、
「資料がない状態からのスタート」
と、
「和解という名の壁を突破する方法」
について、比喩を交えて解説します。
<事例/質問>
先生、実は恥ずかしい話なのですが、個人的な昔の借金についてご相談させてください。
デザイン事務所を立ち上げたばかりの10年以上前、資金繰りに詰まって、かなり高金利のノンバンクから、5年から10年ほど借り入れを繰り返していた時期があります。
今はもう完済しているのですが、最近、過払い金のニュースを見て、
「もしかして自分も?」
と思ったのです。
ただ、諦めるしかないかな、と思う理由が2つあります。
1つ目は、当時の契約書や明細書をすべて捨ててしまって、手元に紙切れ一枚残っていないこと。
2つ目は、完済する直前に、業者と
「これでお互い貸し借りなしにする」
といった趣旨の和解書にサインしてしまった記憶があることです。
「資料はない」
うえに、
「もう文句は言いません」
とハンコを押してしまった。
これでは、さすがに手も足も出ないですよね?
<弁護士畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
「武器(資料)がない」
「休戦協定(和解書)を結んでしまった」
この二重苦を前にして、多くの善良な市民は、戦わずして白旗を上げてしまいます。
しかし、プロの視点から言わせていただければ、
「勝負はまだ終わっていない、むしろこれからが本番」
です。
結論から申し上げます。
「記憶と直感しか残っていなくても、戦う術はあります」
その理由を、法律というゲームのルールブックに従って、紐解いていきましょう。
1 「手ぶら」で戦場に行っても武器は調達できる(取引履歴の開示)
まず、
「手元に資料がない」
という点ですが、これは全く問題になりません。
金融取引というゲームにおいて、情報は圧倒的に業者側に偏っています(情報の非対称性)。
これに対し、最高裁判所は、
「貸金業者は、借り手から請求があれば、過去の取引の全履歴を開示すべき義務がある」
というルールを確定させています。
たとえるなら、飛行機事故が起きた際、乗客がチケットを持っていなくても、航空会社は
「フライトレコーダー(ブラックボックス)」
を開示しなければならないのと同じです。
あなたが資料を捨ててしまっていても、業者の倉庫(あるいはサーバー)には、あなたがお金を借り、返したという
「歴史的事実」
が厳然として残っています。
弁護士という名の調査官を送り込めば、業者は渋々ながらも、そのブラックボックスを開けざるを得ないのです。
「手ぶら」
でも、堂々と相手の懐に飛び込んでいけばよいのです。
2 「目隠し」で押したハンコは無効にできる(錯誤無効)
次に、最大の難関と思われる
「和解書」
です。
確かに、和解とは
「お互いに譲り合って紛争を止める(清算条項付きの)」契約
ですから、一度ハンコを押せば、原則として
「あとからガタガタ言わない」
のがルールです。
しかし、もしそのハンコが、
「目隠しをされた状態で」
押させられたものだとしたらどうでしょうか?
業者が、本当は過払い金が発生していて
「借金どころか、お金が戻ってくる状態」
であることを隠し(あるいは取引履歴を見せず)、
「まだ借金が残っていますが、今ならまけてあげますよ。これでチャラにしませんか?」
と甘い言葉で誘導し、あなたが
「借金が残っているなら仕方ない」
と信じ込んで(勘違いして)サインをした場合。
これは、民法上の
「錯誤(さくご)」
にあたります。
つまり、
「前提となる重要な事実に勘違いがあった」
として、その和解契約自体を
「無効(最初からなかったこと)」
にできる余地が大いにあるのです。
「中身がゴミの福袋」
を、
「宝石が入っている」
と信じ込まされて買わされた契約は、取り消せるのと同じ理屈です。
業者が
「履歴」
という羅針盤を見せずに、あなたに
「和解」
という航路を選ばせたのであれば、その契約書はただの紙切れに戻せる可能性があります。
3 「10年」という賞味期限のカウントダウン
ただし、注意すべきは
「時間」
です。
過払い金を取り戻す権利は、永久不滅ポイントではありません。
「最後の取引(完済した日)」
から10年が経過すると、時効によって消滅してしまいます(消滅時効)。
どんなに正当な権利でも、賞味期限が切れてしまっては、腐った果実と同じで食べられません。
5年、10年と長く取引をしていた場合、途中で一度完済して、また借りて・・・という空白期間があると、
「どこを最後とするか」
で時効の計算が変わるというテクニカルな論点もあります。
だからこそ、急ぐ必要があります。
まとめますと、
「資料がない」
は、相手に出させればいい。
「和解書がある」
は、目隠しを理由にひっくり返せばいい。
唯一、どうにもならないのは
「時間の経過(時効)」
だけです。
「過去の亡霊」
だと思っていた借金話が、実は、あなたの会社の資金繰りを助ける
「埋蔵金」
に化けるかもしれません。
まずは、ブラックボックス(取引履歴)を取り寄せ、中身を精査することから始めましょう。
それが、経営者としての
「過去の自分への落とし前」
のつけ方というものです。
※本記事は、一般的な過払い金返還請求等の法解釈を解説したものであり、個別の事案における成否を保証するものではありません。
著:畑中鐵丸