<事例/質問>
妻には、過去、母親としてネグレクトを疑わせるような行動がありました。
妻が出て行くまでは、子どもの世話は、私の方がしていましたし、お恥ずかしい話ですが、妻とは、そのことで、言い争ったことはあります。
そんな妻が、ある日突然、子どもを連れて家を出ていきました。
連絡はつかず、居所もわかりません。
私は、立ち上げたばかりの仕事を放りだすわけにもいかないギリギリの状況のなかで、妻と子どもを探すのに奔走しました。
妻と子どもは、親せき宅に居ることはわかり安堵したものの、連絡が取れない日が続きました。
ほどなくして妻から
「DVがあった」
との申し立てがなされました。
私は子どもとの接触を禁じられました。
もちろん、私は、裁判所に申し立てました。
DVなんて、事実無根だからです。
すると、そのDV申立ては、取り下げられました。
にもかかわらず、子どもは今も母親側に囲い込まれたままです。
「母性優先」
や
「継続性の原則」
という言葉を盾に、現状のままが維持されています。
妻は、家を出て以降、婚外男性との交際を平然と続けており、昼夜かかわらず、たびたび外出しています。
子どもの面倒を見る人もはっきりしません。
それなのに、裁判所は
「現状を変えるのは好ましくない」
「継続性が大事」
「母子関係は重要だ」
といった理由で、母親を監護者として認めようとしています。
父親として、納得できるはずがない。
私は、自分が養育する方がはるかに安全だという自負があります。
しかも、私の両親が近くに住んでおり、健康で、サポート体制も整っています。
それでも、
「今、監護しているのが母親なのだから」
という一点だけで、すべてが押し切られそうな空気があります。
このままでは、違法に子どもを連れ去った妻の思うがまま、になってしまう・・・。
こんな状況、いったいどう考えればいいのでしょうか。
<弁護士 畑中鐵丸の回答・アドバイス・指南>
まず、これは典型的な
「連れ去り型監護紛争」
です。
先に子どもを囲い込んだ側が、あたかも
「すでに養育している正当な親」
であるかのように振る舞い、それを既成事実として認めさせようとするものです。
そのときに使われる言葉は、決まっています。
「継続性の原則」
「母性優先」
「子どもにとっての安定」
いずれも、耳ざわりは良いし、正義めいた響きさえ、あります。
これらの言葉は、もともと
「適正な監護環境の中で、子どもが成長してきた場合に限って」
尊重されるべきものです。
違法に連れ去られた状況にまで、自動適用されるべきではありません。
今回のケースで問題となっているのは、
“その継続”が、どのような経緯で作られたか――です。
虚偽のDV申立て。
突発的な連れ去り。
不法な手段によってつくられた
「現状」
を、まるで最初から安定していたかのように扱う。
それは、法の原理原則を真っ向からねじ曲げる判断と言わざるを得ません。
日本の法制度としては、民法第766条の改正審議が行われた衆議院法務委員会で、当時の法務大臣が、
「子を違法に連れ去った者が、そのことによって監護権の指定上有利に扱われることはない」
という趣旨の答弁をしています。
この答弁は、単なる一つの見解にとどまりません。
「違法な連れ去りによって作られた既成事実は、法的に保護されない」
という、日本の司法における重要な原則を確立したものです。
クリーンハンドの原則(後述)の根幹にある考え方を、日本の法制度の中で明確に示しているのです。
しかし、残念ながら、現実の家庭裁判所の中には、この明確な立法趣旨が軽視され、形式的な
「現状維持」
が優先されてしまうケースが少なくありません。
裁判所が見落としているもの
米国法には
「クリーンハンドの原則」
という考え方があります。
「自ら法を尊重し、義務を履行する者だけが、他人に対しても、法の履行を要求できる」
要するに、
「法を守らない者には、他人に法を守れとは言えない」
虚偽のDV申立て。
裁判所の信頼を悪用した偽装の主張。
子どものネグレクト。
婚外の交際。
育児環境の不透明性。
こうした“汚れた手”で、監護権や養育費を求めること自体が、すでに法の冒涜なのです。
それなのに、裁判所がその手を“見なかったことにする”。
これはもはや、裁く側の“クリーンハンドの不在”です。
家庭裁判所が、事実認定や判断を“楽な方に流している”実態を映し出していると言わざるを得ません。
感情ではなく事実で立ち向かえ
では、どうすればよいのか。
感情的な主張や、単なる妻の悪口では、裁判官の心は動きません。
必要なのは、あなたの主張の正当性を客観的に示し、
相手の悪意を「ミエル化」し、
その不当性を徹底的に「文書化」することです。
これが、
「法のお作法」
であり、あなたの戦い方です。
(1)相手の「不法性」を言語化せよ
まず、相手が行った一連の行為を、客観的事実として整理し、その不法性を明確に指摘する必要があります。
相手は、あなたに
「DVがあった」
と訴えました。
しかし、すぐに取り下げた。
なぜか。
証拠がなかったからです。
そして、なかった理由は、DVなど存在しなかったからです。
この流れを論理的に
「言語化」
してください。
虚偽のDV申立ては、明白な不法行為です。
それによって得られた“現状”が、いかに不当か――その成り立ちの不法性を背景事情とともに、書面で、明確に、裁判官に突きつけるのです。
(2)あなたの「優位性」をカタチにせよ
あなたは、妻(母親)がたびたび外出し、子どもの世話を誰がしているか不明だと把握しています。
これは、母親が主張する
「健全な監護環境」
が、実体をともなわない空疎なものだという証拠です。
この事実を、
「カタチ」
として示す必要があります。
たとえば、
・外出記録のログ
・子の放置状況を示す客観的証拠
・監護実態のない生活時間表
日時、場所、滞在時間、交際相手の存在――こうした情報を、細かく
「文書化」
してください。
それが、母親側の主張を事実レベルで突き崩す“爆薬”になります。
また、あなた自身の養育環境の優位性も
「ミエル化」
しましょう。
たとえば、
・健康な両親が近くに住んでいる
・日常の家事や送迎、食事の提供体制が明確である
・育児時間を確保できる就業状況である
こうした事実を1つずつ丁寧に
「文書化」
し、
主観ではなく“数値と構造”で優位性を示す。
「一人で育てる環境」
と
「支援体制のある育児環境」
を対比させ、定量的な違いを裁判官に理解させるのです。
(3)相手の「制度悪用」を暴け
もっと言えば、これは制度を逆手に取った“囲い込みビジネス”です。
子どもを確保すれば、養育費が発生する。
実際に育児しているかどうかは関係ない。
養育費を得るために子を囲い込む――その手口を、制度悪用のモデルとして暴いてください。
「母性」
や
「継続性」
は、本来、子どもを守るための言葉です。
それを、親の支配欲や損得勘定の道具にするなど、あってはなりません。
この一連の行為は、まさにクリーンハンドの原則に反しています。
汚れた手で、法の救済を求めることはできない。
「このままでは、違法に子どもを連れ去った妻の思うがまま」
その危機感は、決して誇張ではありません。
しかし、あなたには法という正当な手段があります。
その手段をどう整え、どう示すか。
それが、あなたの子どもの未来を守ることにつながります。
著:畑中鐵丸