企業を動かすとは、理想と現実のせめぎあいです。
とりわけ、オーナー社長が率いる企業においては、この緊張感はさらに際立ちます。
今回ご紹介するのは、あるオーナー社長企業の、未来型の経営体制構想です。
この体制は、国家の統治構造になぞらえて設計しています。
まず、その全体像を整理してみましょう。
国家になぞらえた、未来型オーナー社長企業の経営構造
1 オーナー社長
…国家における「天皇」
(最終ジャッジ、経営哲学=国家理念の発信者)
→ 冷静な経済合理性を担保しながらも、天皇の意志を常に読み取る
2 経営管理・監視機構(社外非常勤で構成されるコミッティー方式)
…国家の「枢密院(*)」
(合理性と合法性を冷静に検証する参謀組織)
*旧憲法(大日本帝国憲法)で、国家の大事(機密や政治上の重要な秘密)に関して天皇の諮問にこたえることを主な任務とした合議組織。
3 経営管理機構のサポート部隊
…枢密院を支える「官僚組織」
(政策実行の補佐、事務支援、若手育成)
→ 若手を育てつつ、自らもまた哲学を継承する立場として自覚を持つ
4 取締役会
…国家の「内閣」
(方針に基づき政策を実行する行政執行機関)
→ 現場との連携を腹に据えて動く
5 執行役員
…各「省庁」の局長
(部門ごとの運営・管理責任者)
6 従業員
…国家公務員・現場実務官
(具体的な政策実行、現場活動)
このように、国家統治機構をなぞらえながら、それぞれの役割と立ち位置が設計しています。
各階層の間に存在する「見えない壁」
理想とは裏腹に、現実社会では、それぞれの階層のあいだには、
「見えない壁」
が存在します。
「天皇」
と
「枢密院」
のあいだに。
「枢密院」
と
「官僚組織」
のあいだに。
「官僚組織」
と
「内閣」
のあいだに。
「内閣」
と
「省庁局長」
のあいだに。
そして、
「省庁局長」
と
「現場実務官」
のあいだに。
各階層のあいだに、意図せざる隔たりが生まれてしまうことがあるのです。
結果として、
「天皇」
と
「現場実務官」
のあいだには、幾重にも、
「見えない壁」
が生じ、それが企業の発展を阻むことになるのです。
これこそが、企業運営の難しさの正体です。
では、どうすればいいのでしょう。
「見えない壁」を知る
無意識にある
「見えない壁」
を、壊すことはできません。
しかし、乗り越えることはできます。
制度・仕組みさえ整っていれば、誰もが
「見えない壁」
を、意識せずとも乗り越えられることは可能なのです。
それには、まず、
「見えない壁」
を知ることが前提となります。
さらにいえば、
「意思に頼って乗り越えるものではない」
ということを理解することが前提となります。
意思ほど、不確実なものはありません。
「壁の存在を認め、理解できたので、あとは意思のチカラで乗り越えよう」
などと精神論を語っても、現場は動きません。
だからこそ、仕組みを整え、意識せずとも自然に乗り越えられる設計にしておくのです。
「見えない壁」を乗り越える制度や仕組み
■ 枢密院(=経営管理・監視機構)(社外非常勤で構成されるコミッティー方式)
【目的】
・オーナーのジャッジ負荷の軽減
【役割】
・御前会議にて報告と裁可
・参謀会議にて、報告徴求・状況把握、管理上の指示、報告事案の管理・整理、裁可案件の整理
・案件スクリーニング、決裁
・デイリーオペレーションのモニタリング
・計画策定・達成状況管理
・人事評価
・幹部候補OJT育成
【イメージ】
・経営管理事項に関する専門的知見
・私心や欲で判断を歪めない
・業界に対する愛と理解
・オーナー社長を敬愛しオーナー社長の経営哲学を理解
【実務に即した具体例】
1 案件スクリーニング会議の運用ルール化
(1) 会社に持ち込まれた取引案件・投資案件・契約案件などについて、「天皇」の裁可を仰ぐ前にまずは「枢密院」側でのふるい分けを行う
(ア)金額が大きい案件
(イ)相手先がリスクのある企業
(ウ)契約条件に例外が含まれる
(エ)新規性の高い事業展開を伴う など
(2)ルール化する
(ア)どんな案件を対象にするのか(例:契約金額500万円以上)
(イ)誰が出席するのか(例:法務・経理・営業・外部顧問)
(ウ)どんな観点で確認するのか(例:経済性・法的妥当性・オーナー哲学)
(エ)何曜日に開催するのか(例:毎週水曜10時〜)
2 一定金額以上の取引案件に対する「3点チェック」制度の導入
(1)経済合理性
(2)法務的妥当性
(3)オーナー哲学への適合性
3 「オーナー専権事項」リストを明文化し、介入しない範囲の明確化
4 社内で起案される文書に「裁可要否」欄を設けることで、判断の前提ラインを揃える
■ 官僚組織(=経営管理・監視機構事務局)
【役割】
・参謀本部佐官級の補佐集団としての仕事
・「枢密院」のサポート
・秘書役
・事務全般
・幹部候補として徹底した経営管理技術を身につけ、かつ、「天皇」の経営哲学の伝承者として「天皇」のスピリッツを涵養する
【イメージ】
・イメージ=入社3~5年目で、向上心旺盛で勉強が苦にならない(OJTでのスキルアップのほか、休日等に自己能力開発を積極的に行うほか、ネットワークを広げられる社交性も涵養)
・私心や欲で判断を歪めない
・業界に対する愛と理
・「天皇」を敬愛し「天皇」の経営哲学を理解
【選抜方式】
・履歴書、職務経歴書、日経TESTを受験させスコア提出
・PCスキル検証
・「枢密院」全員の面接によってトライアルし、その後本格稼働
【実務に即した具体例】
1 幹部候補向けの「経営管理勉強会」の定期開催
(1) OJTの補完として、理論と実務の橋渡しとなる研修を毎月実施
テーマ例
・月次経営指標の読み方
・社外取締役の視点を体験する模擬案件審査
・経営哲学にまつわるケースディスカッション
2 経営哲学の内製教材の整備
(1) 読み物形式で、オーナー社長の経営観をわかりやすく文書化(語録集)
(2) 類型化された失敗事例の収集・編集(「この判断のどこにズレがあったか」解説つき)
(3) 定期更新とバックナンバーのアーカイブ化
3 議事録作成を通じた育成制度の構築
(1) 週次・月次会議に出席し、サマリー・要点抽出力を訓練
(2) 議事メモに対して「枢密院」からのフィードバックを必須とする
(3) 1年後には、判断材料の提示や整理まで担うフェーズへ
4 人材評価項目に「哲学理解度」や「管理補佐の適正」などを定性項目として組み込む
■ 内閣(=取締役会)
【役割】
・組織統治の要として、「枢密院」と「省庁局長」の接続点を担う(「枢密院」と「省庁局長」の“翻訳者”として機能する)
・単なる承認機関にとどまらない
・形式上のマネジメント、実際は現場指揮・統括
【本来の意図】
取締役が現場の声を直接ヒアリングし、それを経営管理・監視機構にフィードバックすることで
・経営管理・監視機構が「取締役も現場の状況を理解してくれている」と感じる
・経営判断に現場感覚が反映されているという納得感が生まれる
・結果として、「執行役員」層の判断や行動に“迷いがなくなる”
【実務に即した具体例】
1 部門横断的な「現場ヒアリング」の定例化
(1) 月1回以上、「内閣」が部門横断で現場リーダーとの対話の場を持つ(=現場温度を把握する)
(2) 課題・懸念・提案などを収集し、現場と取締役会の判断との間に“納得の接点”をつくる
(3) ヒアリング内容は「官僚組織」へ報告し、判断の材料として還流させる
2 「翻訳力」を測る評価制度の導入
(1) 年1回の役員評価に、次のような“接続力”項目を含める。
(ア) 現場の言葉を経営の文脈に置き換えて伝える力(=「上位層との接続状況」)
(イ) 経営判断をわかりやすく現場に伝える力(=「現場連携度」)
(ウ) 双方向の対話を継続する姿勢と頻度
3 情報接続ミーティングの制度化
(1) 月次で「枢密院」と「内閣」メンバーによる接続会議を実施する(=組織階層間の“対話の場”を創出)。
(2) 議論内容を要約・翻訳したレポートを作成する。
(3) そのレポートは「枢密院」側がレビューし、誤解なき意思伝達を確保する。
4 「意思決定プロセス図」を部署ごとに作成し、責任と裁量の境界をミエル化(=議事録と説明責任の強化)
(1) 取締役会議事録において、「何を判断し」「なぜそうしたか」の背景を明記。
(2) その記録が執行側にも配信され、納得感と透明性を担保する。
(3) 会議体の記録が「翻訳の証拠」として機能することで、組織内の信頼が醸成される。
■省庁局長(=執行役員)
【役割】
・計画遂行の責任者として、各部門におけるタスクの設計・推進・育成を統括する実行責任者層
・現場に最も近い立場で、上位の意図と現場の行動を“構造として接続”する役割も担う
・部下育成のハブとなることが求められる
【実務に即した具体例】
1 部門別KPIのレビュー制度
(1) 四半期ごとに、各部門の数値・非数値のKPI(定量・定性)を整理し、達成度を自己点検。
(2) 未達の場合は原因分析と対応策を明記し、取締役会と共有する。
(3) レビュー結果を基に、翌期の戦略・戦術の修正案を策定するプロセスを制度化。
2 「役割分担マップ」の導入と定期更新
(1) 部門内で「誰が」「何を」「どこまで」担っているかをミエル化する(=機能別の責任分担の可視化)。
(2) このマップは月1で更新され、人事異動や担当変更時の引継ぎにも活用する。
(3) 役職名や上下関係ではなく、「果たすべき機能」で分担を設計することが原則(=「役割分担マップ」)。
3 部下育成と日常業務の接続制度
(1) 執行役員が自部門の若手を対象に、毎月1テーマの育成セッションを実施(例:ケーススタディ/業務設計講座)。
(2) 人事評価には、「部下の成長を促すフィードバックの実施回数」や「指導記録」も反映させる。
(3) 育成内容と業務実績を関連づけた「育成ポートフォリオ(育成+業務実績セット)」を作成・共有。
4 改善提案制度と月次共有会
(1) 部門内に「現場からの改善提案制度(小さなアイデアのミエル化)」を整備する。
(2) 提出された提案のうち、実行されたもの・却下されたものを毎月レビューする。
(3) 月末の部門会議で「今月の改善シェア会」を開催し、成功例をチーム内で共有する。
■ 現場実務官(=従業員層)
【役割】
・現場の最前線として、業務タスクを実行し、活動を報告し、気づきを発信する存在(現場情報の供給源としての自覚を持つこと)
・“組織の目と耳と手足”として機能することが求められる
【実務に即した具体例】
1 簡易な行動レポートの定着
(1) 日次または週次での作業内容・所感の記録(所定フォーマットで)
(2) 直接の上長だけでなく、一定期間後に枢密院側も確認する
(3) 「業務プロセスのミエル化」として活用
2 イントラでの「気づき共有欄」の運用
(1) 誰でも自由に書き込める「今月の気づき」コーナーをイントラに設置
(2) 優良投稿には簡易な表彰制度(例:食事券、全社メルマガ掲載)
(3) 集まった投稿は月ごとにカテゴリー化・分析され、枢密院へ報告
3 “壁”の吸い上げと共有の仕組み
(1) 月1の階層別ミーティングで「最近感じた“壁”」をテーマに話す場を設定
(2) その内容を部門長→取締役→枢密院へと吸い上げるルートを明文化
(3) 同時に「どう乗り越えたか」も共有し、制度改善への素材とする
意思に頼らず、制度で超える
このように、誰かの意思に頼るのではなく、誰がその場にいても自然に動けるように、制度と仕組みでカタチをつくるのです。
「見えない壁」
を壊すのではなく、越えさせる。
そのために必要なのは、意思ではなく、設計です。
判断の前提を揃えること。
役割の境界をミエル化すること。
現場の声を、声として届くようにすること。
こうした構造があってこそ、腹落ちが生まれ、行動が自分ごとになるのです。
意思に頼らず、制度で越える。
それが、オーナー経営における
「見えない壁」
の正しい乗り越え方であり、組織の未来をひらく、本当の統治構造なのです。
著:畑中鐵丸