00222_語らぬという判断:沈黙と情報を“握る側”の戦略

「それについては、お答えできません」
このひと言が持つ重みは、想像以上に大きいものです。

たとえば、囲碁や将棋の世界では――
あえて打たない
「空白の一手」
が、勝敗を分けることがあります。

・すぐに動かない
・すぐに開示しない
・むしろ“待つこと”で、相手の出方を見極め、全体の流れをコントロールする
・名人ほど、よく黙る
・プロほど、手を見せない

そこにこそ、真の戦略が宿ります。

ビジネスの現場も、これと似ています。

実際、企業経営の現場では、情報を
「どう出すか」
以上に、
「出さない」
という判断が、功を奏すことが少なくありません。

とりわけ、オーナー経営者が関わる意思決定においては、その判断が企業の運命を大きく左右することがあります。

だからこそ、意思決定者(=オーナー経営者)に近しい人間は、何かを問われたとき、その場で答えることが“誠実”とは限らないということを肝に銘じなければなりません。

「今は言わない」

それが、のちのち大きな信頼につながります。

黙ることが、未来を動かす起点になるのです。

このことは、著者が、企業経営の現場で何度も見てきた真実です。

・説明責任という言葉が先に立ち、つい口を開いてしまう
・あるいは、自分の意見を言うことで場を回そうとしてしまう

そこにあるのは“誤った親切”であり、もっともしてはいけない行動です。

なぜなら、情報は一度出てしまえば、もう戻せないからです。

沈黙とは、弱さではありません。

むしろ、状況をコントロールする側がとる“強さの表現”でもあります。

さて、ここからが、本題です。

そもそも、誰が“情報を握る側”に立つのか。

その立ち位置が曖昧なままでは、組織もプロジェクトも、どこかでほころびます。

だからこそ、意思決定者(=オーナー経営者)が
「誰に情報を預けるのか」
をはっきりさせることは、経営を守る土台になるのです。

意思決定者に近しい人間の心得として、情報を預かるというのは、ただ知っているだけでは足りません。

“守る力”と“伝える判断”がそろって、ようやくその役目を任されるのです。

一方で、“情報を持っていない側”の人々は、あの手この手、奥の手まで使って、
「少しでも情報に触れたい」
と寄ってきます。

表向きは相談、雑談、確認というかたちをとりながら――
その本音は、情報を
「引き出す」
ことにあります。

そのときこそ、距離感が試される場面です。

近づいてくる人が悪いのではありません。

・「誰に語らないか」を見極める目を持つこと
・そして、“語らないこと”を誤解なく伝える技術を持つこと

それが、情報を握る者に求められるもう一つの資質です。

情報は力です。

それは“開示して得られる力”ではなく、
“握っている者が持つ力”であることを忘れてはなりません。

「情報を制する者が、戦略を制する」

それは、表に出ている情報だけの話ではありません。

「出さない情報」
「まだ出さない情報」
もまた、戦略の一部です。

むしろ“もっとも戦略的な情報”かもしれないのです。

沈黙には、意味があります。

情報を預かるということは、それ自体がひとつの責任です。

それを軽々しく扱わず、持ちこたえる力があるかどうか。

それが、情報を握る者に求められる第一歩です。

さらにもう一つ。

その立場に立った者には、
「寄ってくる者」
との距離をどう取るか、その判断力も問われます。

誰と距離を置き、誰に語らないか――
その選択の積み重ねが、信頼される沈黙をかたちづくっていくのです。

著:畑中鐵丸