「条件は揃った。でも、うまくいかなかった」
そんな案件をいくつも見てきたコンサルタントが語る、ビジネスに必要な
「本当のすり合わせ」
とは──。
成功するコラボと、途中で止まるコラボ。
その分かれ道は、金額でも、スケジュールでもありません。
ビジネスの核心にある
「考え方の翻訳」
について考えてみましょう。
あるコンサルタントの話
長年、企業のブランド戦略や商品開発の支援に携わってきた人物で、製品づくりの
「裏方」
として、無数の企画を動かしてきたと言います。
数年前、彼はひとつの案件を引き受けました。
国内の中堅キッチン家電メーカーと、ヨーロッパのデザイン事務所との間をつなぐという、意欲的なプロジェクトです。
「方向性」がズレたままでは、価値はカタチにならない
依頼の背景には、メーカー側の強い思いがありました。
「日本の製品力を世界市場へ届けたい」
「機能性だけではない、感性をまとったブランドラインを立ち上げたい」
それに対し、紹介されたデザイナーは、生活と情緒を重ねるようなプロダクトで知られる人物でした。
感覚と意味を織り込んだデザインに定評がありました。
両者が出会えば、これまでにない製品が生まれる──そう確信したのでしょう。
コンサルタント氏は、引き合わせの場を整えました。
初期の打ち合わせでは、互いの意図を尊重しようとするやり取りもありました。
過去の事例を紹介し合い、図やコンセプトを出しながら、インスピレーションを探る空気もありました。
会話のなかに潜む「ズレ」
ところが、どうも少しずつ、空気が変わっていったようです。
それは、両者が繰り返し使う
「言葉」
に、あらわれていました。
あの場では、噛み合っているように
「見えた」
のです。
しかし、言葉が互いの
「定義」
をすり抜けていた。
その場では、流れるような会話が交わされていましたが、後日、翻訳のために録音を聞き返すと──
そこには、いかんともしがたい
「すれ違い」
が、はっきりと浮かび上がっていたのです。
デザイナー側はこう語ります。
「家電とは、生活空間の象徴。自己表現の一部として、美しさや情緒を備えていなければならない」
それに対し、メーカー側はこう言います。
「日々の使用が前提の製品に、詩的な要素を求めすぎれば、機能性や価格のバランスが崩れてしまう。ユーザーに選ばれるためには、日常に根差した合理性が必要だ」
両者が見ていたのは、同じ
「商品」
でも、まったく違う役割と位置づけでした。
その違いは、打ち合わせを重ねるほどに、じわじわと浮かび上がってきたといいます。
ある会議では、デザイナーが提示したイメージボードに対し、メーカー側が
「これは使いにくそうに見えてしまう」
と指摘。
別の会議では、メーカーが求めるスペックに対し、デザイナーが
「感性を押し殺してまで応じる必要はあるのか」
と疑問を呈しました。
「資料の読み方ひとつで方向がねじれ、そして、気づけば、それを元に戻すことが難しくなっていた」
コンサルタント氏は、そう振り返っています。
調整役の役割は、言葉を整えるところから始まる
プロジェクトは、結局、立ち消えとなりました。
どちらかが間違っていたわけではありません。
むしろ、両者とも誠実でした。
ただ、最初の段階で、
「考え方のすり合わせ」
ができていなかった。
この一件をきっかけに、コンサルタント氏は、調整役の仕事をこう捉え直すようになったと言います。
「調整役とは、条件を揃える人ではなく、異なる立場の方向性を、通訳してつなぐ存在でなければならない。交渉ではなく、共有。合意ではなく、理解。出会ったあと、相手と組める状態に整えるのが、本来の仕事だったのだと」
「方向性のカタチ化」こそが、金脈の扉を開く
ビジネスの現場では、条件の確認が先に来ることが多くあります。
金額、スケジュール、契約条件。
それは当然、重要な論点です。
とはいえ、それだけで握ってしまうと、あとで問い直さなければならない局面が必ずやってきます。
「なぜ、このプロジェクトをやるのか」
「この取り組みに、どんな意味を込めるのか」
その問いに、最初から
「ミエル化し、言語化し、カタチ化」
しておくこと。
それが、コンサルタントにとって本当の
「準備」
だったのではないか。
予算は重要です。
数字の話から目をそらしてはいけません。
しかし、数字だけでは、価値観までは握れない。
ウィンウィンになるはずの関係が、気づけば、どちらかに
「ロス」
を残して終わっていた。
そうした場面は、決して珍しいものではありません。
だからこそ、プロジェクトのスタート地点でこそ大切なのは、
お互いの方向性を、カタチにして確かめるという営み。
言葉にならないまま進めば、それはいつか、
「齟齬」
となって現れます。
金脈は、最初からそこにあるとは限らない
この2者が、もし方向性のカタチ化に成功していたら──
この国のキッチン家電業界は、ガラリと塗り替えられていた可能性すらあった、ということです。
なぜなら、日本のメーカーが持つ
「技術力」
と
「実用性」、
そして、欧州のデザイナーが持つ
「感性」
と
「空間設計の美意識」。
この両輪が、バラバラではなく、一体となって商品に落とし込まれていたなら──
それは単なる高機能家電ではなく、
「住空間の価値を底上げする資産」
として、世界中のユーザーを虜にしていたかもしれません。
高級ワインセラーのように、高級家具のように、キッチン家電が
「空間の主役」
になる世界観。
単価は跳ね上がる。
ブランド価値も再定義される。
「生活家電」
というカテゴリーに、まったく新しい価格帯とターゲット層が生まれていた。
つまり、
「価値観のすり合わせ」
が成れば、
「金のなる木」
に化ける領域だったのです。
ただし、その金脈は、テーブルの上に最初から置かれているわけではありません。
丁寧に掘り起こし、すり合わせ、磨き上げていくプロセスの中で、
はじめて
「ミエル化」
されるのです。
だからこそ、次に同じようなプロジェクトに出会ったとき、
調整役としてすべきことは、ひとつ。
金額のすり合わせでもなければ、スケジュールの調整でもない。
「それぞれが何を金脈だと信じているのか」──
その考え方を、
「ミエル化し、言語化し、カタチ化」
していくこと。
そこまで掘り下げて初めて、交わらなかった関係は、組める関係へと変わるのです。
そしてそれは、単なる
「良い協業」
に終わらず、業界の構造を変えるほどの、新しい市場を生み出す起点になる。
調整役の本当の報酬とは、その未来をつくる最初の
「火種」
を扱う仕事である、ということかもしれません。
著:畑中鐵丸