00185_チエのマネジメント(5)_20140420

連載シリーズ
「仕事のお作法」

「お仕事・各論編」、
「チエ」
すなわち、情報、技術、ブランドといったソフト資産全般の経営資源マネジメント(知的財産マネジメント)の5回目です。

6 チエのマネジメント(知的財産マネジメント)に関わるお仕事の作法

 前回
「チザイ」
の代表選手である特許について、特許庁(行政庁)で散々冷たい目でこき下ろされて晴れてようやく特許権になったと思ったら、裁判所(司法府)ではさらに無茶苦茶な取り扱われ方をされており、
「知的財産を重視する国家戦略」
というお題目などまるで無視されている、ということをお話しました。

(6)ニッスイ事件

ここで、
「『審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権』をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチを食らうような形で裁判所から突然『特許無効』と宣言され、最後に泣きを見た、という事例」
についてお話します。

1998年、日本水産(ニッスイ)は、冷凍の塩味茹枝豆に関する特許を取得しました。

特許といっても、製法や材料や味や保存期間等の画期的技術についてではなく、枝豆の塩分濃度や解凍後の枝豆の硬さなど、性質や機能を数値で表現したものに特許権が与えられたものでした。

ニッスイは、特許取得後、同じく冷凍塩味茹枝豆を販売しているニチロ、ニチレイ、マルハなどに特許使用料を要求する交渉を開始しましたが、各社はこれに猛反発します。

2002年2月にニチロが特許庁にニッスイの特許の無効審判請求をしました。

要するに、ニチロとしては、
「ニッスイが、取得した、と騒いでいる特許は、何ら画期的な発明ではなく、特許要件を満たさないものだから、そんなものは無効だ」
と特許庁に訴えたわけです。

特許無効審判は
「せっかく苦労して東大に合格したのに、いきなり合格が取り消されるくらいションボリする話」
です。

苦労して取得した特許権をそんな風にケナされてニッスイ側としても黙っているわけにはまいりません。

ニッスイ側は、この対抗措置として、自社の特許権を侵害したとして、ニチロの冷凍塩味茹枝豆の販売差止などを求めて、東京地裁に提訴しました。

しかしながら、結果は、東京地裁が
「ニッスイの特許技術に進歩性はない」
と判断し、ニッスイ側の完全敗訴となりました。

ニッスイ側は、控訴も断念し、ここに冷凍塩味茹枝豆の特許をめぐる冷凍食品業界の仁義なき抗争が終結しました。

(7)“なんちゃって”特許

特許が成立するのは、それまで冷凍食品業界においてまったくなかったような高度な発明で、かつ従来技術からは思いもつかないような進歩的な発明でなければなりません。

人間の食に対する意識は結構保守的で、変わった食品や変わった製法の食品を敬遠する向きも多く、その意味で、一般に
「食品業界では特許が成立しにくい」
などと言われます。

特許権があるからといっても、裁判所からみたら、ニッスイの特許権は
「下駄をはかせてもらい、インチキで取得した『“なんちゃって”特許』とも言うべき代物」
です。

こんな
「“なんちゃって”特許」
で、強気に訴訟提起したら最後、ニチロから無効審判請求の申立てや、特許法104条の3の抗弁(キルビー抗弁)が出され、鵜の目鷹の目で徹底的に調べ上げられ、たちまち無効とさせられる危険が生じる、というわけです。

裁判で負けたら、販売差止に失敗するだけではなく、今度はライセンスしている他の食品会社からも
「ガセ特許をネタに高いロイヤルティをふんだくりやがって、特許が無効になった以上、これまでインチキで払わされたロイヤルティを全部返せ」
ということを言われる可能性もあります。

ですので、ニッスイとしては、あまり物騒な展開にせず、なるべく早く大人の話し合いで、双方にとって体面が保てる幕引きをし、
「“なんちゃって”特許」
が化けの皮を剥がされないようにすべきであった、といえますね。

ニッスイ事件の解説としては以上のとおりですが、次回以降、行政と司法の役割、という少し大きな国家システムの話をいたします。

といいますのは、チザイをよく理解するには、特許庁(行政府)と裁判所(司法府)との役割の違いを理解しておかないと本質が理解できませんし、ビジネスを行う上では、このような我が国の法運用システム一般について基本を抑えておくべきことも必要ですので、やや壮大な話になりますが、こちらもこの場を借りて解説させていただきます。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.080、「ポリスマガジン」誌、2014年4月号(2014年3月20日発売)