00020_ビジネス・プロフェッショナルの仕事術(1)~報告する~

仕事を行う上では、
「『ホウレンソー』が大事だ」
とよくいわれます。

報告・連絡・相談の頭の一文字をとって、報(ホウ)・連(レン)・相(ソー)というわけです。

1 報告の前提としての正確で客観的な状況認識

報告というと、
「そんなの簡単。バカでもできんじゃん」
とかいわれそうですが、プロのビジネスパースンとして行う
「報告」
は、フツーの方が考えるほどカンタンではありません。

主観や思い込みや伝聞や、根拠(ソース)のない噂話は、
「報告」
とはいえません。

したがって、適切に
「報告」
するためには、正確で、客観的かつ批判的な観察や調査が前提となります。

ローマの政治家ユリウル・カエサル(英語読みはジュリアス・シーザー)は
「人間なら誰でもすべてが見えるわけではない。多くの人は自分が見たいと欲することしか見ていない」
といったそうですが、これは状況認識の本質をよく言い表しています。

仕事の経験のない人間に、特定の状況を観察ないし認識させ報告をさせてみても、まったく出鱈目なことを書いて寄越します。

物事を客観的に認識するには、観察力や批判的な考察する能力が必要であり、これは経験により獲得されるスキルなのであり、見逃し・漏れ・抜け・チョンボをやらかしてその度に上司に怒られるなどして痛い目に遭わないとなかなか身につかないものです。

そんな痛い目を繰り返し、
「なぜこの点確認しないんだ」
「こういう場合にはどういうシナリオになるんだ」
「どうしてそんなことがいえるんだ? 根拠は何だ?」
という上司の小言や罵倒をリアルタイムで想定できるようになり、はじめて正確で客観的な状況認識ができるようになるのです。

2 報告の具体性

また、
「報告」
には具体性が必要です。

すなわち、報告の内容として、いわゆる
「六何の原則(何時、誰が、どこで、誰に対して、何を、どのようにした、という点を明らかにする。5W1Hの原則ともいわれる)」
を過不足なく充足している必要があります。

この点、仕事がデキない人間の報告をみると、
「何時」

「誰」

「場所」
等の要素が欠けていることが散見されます。

例えば、
「今後、先方担当者からしかるべき対応を取っていただく予定である」
という書きぶりの報告ですが、
「今後」
とは何時のことを指し、
「先方担当者」
とは一体誰のことで、
「しかるべき対応」
とはどのような行為を示すのか、まったく不明です。

こういう
「昔、昔、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」
のと同じレベルの報告をやっていると、報告者の知的水準が疑われます。

この種の
「日本昔話型報告」
は、聞き手のストレスを極限にまで高めます。

むかしむかし→何時やねん!
あるところ→何処やねん!
おじいさんとおばあさん→誰やねん!
何も、わからやんけ!アホか、ボケ!

というツッコミをしたくなりますし、その前に、この種の無価値な報告をしてくる人間と関わりを持ちたくなくなります。

そもそも、この
「日本昔話型報告」
をする人間は、調査が不足しており、手抜き調査でお茶を濁そうという本音が透けて見え、そういう不誠実さも相まって、真面目に仕事を進めようとする人間の忌避を買うのです。

過去に発生した事象は、思い出すだけでも大変です。

10日前の昼飯を何を食べたか、正確に思い出せますか?

普通は無理です。

よしんば曖昧に思い出せても、正確に想起し、これを、言語化、文書化、フォーマライズするとなると、相応に実務的知性と時間と労力が必要になります。

逆に、
「日本昔話型報告」
をする人間は、実務的知性か、時間と労力を投入するだけの誠実さか、そのいずれかまたは双方が欠如しており、これを誤魔化すために、曖昧な報告をしているのであり、自ら仕事を軽く考えている姿勢を表明していることにほかなりません。

いずれにせよ、報告を行うにあたっては、六何の原則にしたがって、端的で正確な報告を心がけるべきです。

3 報告のタイミング

食べ物に
「旬」
があるように、報告の価値も報告タイミングとの関係で常に変動します。

客観的で具体的な報告をしようとして時間をかけて報告書を作成するのも結構ですが、報告書を作成している間に、状況が変わってしまい、前提状況が崩れ、報告が無意味になることがあります。

「報告の価値は報告資料の厚さに反比例し、報告のタイミングの迅速さに比例する」
というルールがあるそうですが、効率よくビジネスを進めている企業ほど、弁解がましいレポートより、カンタンなメールやメモで(ときには口頭で)要点を簡潔に報告することを好む傾向にあるようです。

4 報告で用いる表現

報告で用いる文章ですが、平易で簡潔な表現ほど好まれます。

ビジネスの現場ではスピードが価値そのものであり、本質をわかりにくくするような修飾語は、報告の価値を劣化させるだけです。

「繁文縟礼(はんぶんじょくれい)」
という言葉がありますが、報告内容が乏しかったり、原因の特定や責任の所在を曖昧にしたいときほど、用いられる表現は難解になり、報告書ボリュームが増えていく傾向にあるようです。

最後に、報告においても、禁句というものが存在します。

デキない人間の報告には
「検討する」
という言葉がよく見受けられますが、
「検討する」
とは
「対応を取らない」
という意味であり、こういう言葉を多用すると、仕事の能力を疑われることになります。

(つづく)

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.039、「ポリスマガジン」誌、2010年11月号(2010年10月20日発売)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です