月刊リスクマネジメントBusiness 2005年4月号(ダイヤモンド国際経営研究所発行)
検証ファイル 第8回 NHK番組改変内部告発

弁護士・ニューヨーク州弁護士、コンプライアンス・ダイヤル社外役員 畑中 鐵丸

ここがポイント
1. 内部通報と内部告発の違い
内部通報は、従業員等が企業の不正を探知した場合に、企業の指定する窓口へ、自浄を期待し通報する制度である。一方、内部告発は、不正発見者が直接マスコミや行政機関など外部へ告発し、外圧によって不正を正そうとする動きである。通報者である長井氏は、当初NHKへ内部通報を行い、その後マスコミへの内部告発に踏み切った。
2. NHKの内部通報に対するフィードバックの遅れ
NHKは、裁判中という理由で、1カ月にもわたって長井氏への回答を怠っていた。フィードバックがきちんと行われなかったことが、マスコミへの公表につながった。

内部通報制度を作るメリット
 近年、内部告発によって明らかになった企業不祥事が、世間を賑わしたのは記憶に新しい。内部通報制度の導入に二の足を踏んでいた企業も、昨年頃から導入に向けて本格的に動きはじめている。
 企業が内部通報制度を取り入れる意義は、大きく分けて二点ある。
 一点目は、監視の目を社内にはりめぐらすことによって、不正を抑止する効果である。他人の目があれば、人は不正をするのをためらうものである。
 二点目は、内部告発を抑止する効果である。内部告発を通じた外部への不祥事の公表が乱発すれば、企業の評判は下がり、存続の危機に陥ることもある。そもそも法令違反があったかどうかは、しかるべき手続きを経て認定されるべきことであり、当事者が直接見聞きしたことと違反事実の存在はイコールではない。自浄を期待しての内部通報は奨励されるべきだが、内部通報もしくはこれに基づく社内調査等の適正な手続きを経ない外部への勝手な告発を、企業が処断する根拠は法的にも十分ある。ただ、その処断のためには、法令違反を関係部署の責任者やトップに直訴するチャンネル、つまり内部通報制度が社内に存在することが前提となる。
 内部通報制度の設計には、考慮すべき課題が多くある。例えば、通報者への報復の禁止や、匿名通報の許容性(通報者を報復から保護するため匿名での通報を認めるか、円滑な調査のため実名通報に限るか)の問題、さらに通報窓口を社内外どちらに設置するか、などが一例である。社外に窓口を設置する場合には、窓口と通報者との間の守秘義務、信頼関係の問題もある。調査・フィードバックまでの時間、進め方、通報者がフィードバック内容を不服とした場合に取る方法なども具体的に規定しなければならない。
 一方、通報窓口を経由しない内部告発を制裁する仕組みも必要である。内部通報制度を設けている企業であっても、外部に告発した際の取り扱いを就業規則に定めていなければ、処分は難しいのが現実であり、就業規則の未整備が原因で懲戒解雇の有効性が問題になった裁判例もある

フィードバックの目安は二十日

 長井氏は内部通報を試みたが、NHKの対応に不信感を募らせた結果、内部告発へと踏み切った。フィードバック方法や期限の設け方などに問題があったことは明らかである。通報したにもかかわらず動いてくれない、フィードバックの期間が決められていない、あるいは調査結果に自分の意見が反映されないなど、通報者の不満を企業は当然想定しておく必要がある。公益通報者保護法(来年四月施行予定)では、二十日以内に調査、フィードバックを終えることが目安とされている。よって、それに準じたかたちで、フィードバックをきちんと行い、その期限までを具体的に就業規則に定めることが求められる。
 NHK側の「裁判中だから」回答できないという言い分も、納得できるものではある。しかし、機密漏洩の不安があるのであれば、長井氏と別途守秘義務契約を結んだ上で調査内容をフィードバックするという方法も考えられた。会社にとって重要な機密を話すわけだから、守秘義務契約を締結するという手段の選択には合理性が十分ある。また事実調査の段階でも、会社の一方的なやり方ではなくある程度通報者の言い分も聞くことで、通報者のガス抜きができる。
 NHKが社外に内部通報窓口を設置していたことは評価できるが、窓口となった弁護士がNHKの顧問を務め、かつ、NGOがNHKを訴えた裁判でNHKの代理人を務めていたことは問題である。NHKは現段階では長井氏への処分は行わない方針だが、もし長井氏が懲戒を受けそれを不服としてNHKを訴える場合、この弁護士はNHKの代理人となることができない。長井氏から職務遂行上期待される信頼関係に基づいて相談を受けているにもかかわらず、そのようなかたちで得た機密を使ってNHKを防御すれば、利益相反となり、この弁護士はバッジを失う危険に陥ることになる。従って、社外に通報窓口を設ける際には、顧問弁護士とは別の弁護士やサービス会社に、トラブル処理の専属として依頼するのが無難であろう。

内部告発天国を予防するために
 
人も企業も機密を保つことによって、健全な活動が可能となる。戦前の防諜政策が実施されていた状況を想像すれば、密告を奨励する組織や社会の生産性の低さは明らかであろう。内部告発を野放しにすることは、企業社会の健全な発展に悪影響を及ぼす。
 公益通報者保護法では、通報者への処分が禁止される項目は規定されているが、処分する場合の具体的要件や手続きについては触れていない。告発者に懲戒を加えたとしても、告発者がこれを争って裁判となれば、時間もコストもかかる。そもそも処罰理由がない場合もあるし、行った行為と処分との均衡も考える必要がある。労働組合がついていれば、団体交渉という事態にも発展しかねない。懲戒処分をするには大変な苦労が伴うだろうが、他方適切な懲戒権の発動がなければ、組織の秩序は崩壊してしまう。規律なき軍隊が常に敗北するという定理は、歴史上十分証明可能である。内部通報制度への取り組み自体が重要であることは当然だが、「内部告発の抑止」という内部通報制度の意味や法的位置付けを十分に理解し、就業規則との連携化を含めた統合的な活用戦略を設計し、また実施することが必要である。

教 訓
1. 内部通報のルール明確化
コンプライアンス窓口を作るだけでは、社内秩序を保つことはできない。社内での内部通報の取り扱い、フィードバック方法、内部告発が容認される要件などを、社内規定に具体的に明記することで、内部告発の乱発を防ぐことができる。
2. 守秘義務の締結 
通報者へのフィードバックは、迅速に行うべきである。通報者と守秘義務を結ぶことで、社内機密にかかわるようなことでも、調査・フィードバックを可能にできる。
3. 外部窓口の委託先
顧問弁護士に、内部通報窓口を委託することは望ましくない。
利害関係がない委託先を、選定するべきである。